時は流れる
何もする気になれず、ソファーに横たわったまま、時間だけが過ぎていく。もう昼だ。両親は土日も仕事。したがって土日の食事は自分で作らなければいけない。だるい。デリバリーでも頼むか。これからやらないといけない面倒事に思い煩っていると、インターフォンが鳴った。
「お食事のお届けでーす」と明るい声が響く。親が予約注文していたのだろうか。
重い体を引きずるように歩き、ドアを開ける。
「愛情いっぱいの、絶品料理のお届けでぇーす」
軽やかな声で微笑む、鍋を両手で抱えたミニスカメイドさんがそこに居た。
ばたんとドアを閉める。
疲れてんな、俺。あんな幻覚を見るなんて。カップ麵食って寝よ。
「ちょっとー、無視しないで下さいよー。せっかく料理作ってきたのにー」
幻聴までしてきやがった、さっさと寝よ。
「開けてー。開けてー。開けてくれなきゃいたずらしちゃうぞー」
季節感ないな、この幻聴。ハロウィンは半年先だ。
二階の自室に行き、ベットに入ろうとしたその時である。窓から見知った集団が目に入った。近所でも有名な情報屋のおばさん達だ。
やばい。玄関先で泣き叫ぶミニスカメイドにゴシップメーカー。最悪の組み合わせだ。俺は全速力で駆け降りた。
「あ、やっと開けてくれた。ひどいです。きゃっ、なんでひっぱるんですか」
「いいからさっさと入れ」
残りカウント7。ミッション・コンプリート。……疲れた。
「びっくりした。あ、お鍋外に置いたまま。とってきますね」
「待てい。今、外にでるな。井口のおばさん達がいる。自分の格好、考えろ」
ミニスカメイド服だけでもインパクトあるのに、ホワイトプリムに猫耳までつけてやがる。こんな姿見られたら……。
「大丈夫です。さっきOLさん達が通りましたけど、『デリバリー』とか言ってました。レストランとかの配達って思われてますよ」
Noooooooooo――――。 違う!それ違うデリバリーや!
俺は肩を落とした。いいんだ、いいんだ、どうだって。親の留守中に出張を呼ぶ奴だと思われたっていいんだ。
「お前、今日は帰るって言わなかったか」
「帰るとは言いましたが、もう来ないとは言ってませんよ。 なんて、本当は来るつもりなかったんです。けど帰る時、樹さんの顔を見て『ああ樹さん、疲れて何も出来なくて、食事も満足にとれないんだろうな』って思ったら、つい……ね……」
……ほんとにこいつは卑怯な奴だ……。
「まあ、助かる。ありがたく頂くよ」
「はい!温かくて食べやすい物がいいと思って、シチューを作ってきました。温め直しますね」
さっきまでの憂い顔は消え、暖かい笑顔が芽生えた。
つぐみの料理は言葉通り絶品だった。ざらつきの無い優しい味で、なめらかなホワイトソースも自家製だろう。体の隅々まで温かくなるようだった。
「男性を捕まえるのは胃袋からって言いますもんね」
悪戯っぽく、つぐみは言った。
よく言うよ。本当に思っていたら、そんな台詞口にしないだろうに。まったくこいつは。
食後のカモミールティーを飲んでいると、洗い物を終えたつぐみがとことことやって来た。俺の左横にちょこんと座り、俺の腕に両手を絡める。
「懐かしいですね。昔はいつもこうやっていましたね」
こいつが小学生の頃、お互い両親の帰りが遅いので、いつも二人でこうしていたっけ。こうしていれば、暗くなっていく空も、怖くなかった。
「昔みたいに、『兄さん』って呼んでもいいですか」
そう呼ばれるのは何年ぶりだろう。懐かしい響きだ。
「好きにしろ」
気持ちを押し殺し、平坦に答えた。
「ありがとうございます」
静かに、しかし喜色を滲ませながらつぐみは言った。
午後の柔らかい日差しが俺たちを包んでいく。
不安も焦燥も削りとられた、優しい光だ。
雀のさえずりも心地よい響きとして染みてくる。
こんなに穏やかに過ごすのはいつ以来だろう。
時がゆっくりゆっくり歩いていった。
10分ほどそうしていると、つぐみはゆっくりと立ち上がった。
「あんまり長居しては休めないでしょう、帰ります。安心して下さい、今日はもう来ませんから」
つぐみがいなくなった左腕が、肌寒く感じた。
「それじゃあ、おやすみなさい、……兄さん」
兄さん、つぐみはその言葉をかみしめるように、取り戻した宝物を掲げるように、別れの言葉を口にし、去っていった。
この家、こんなに広かったかな。ぽっかりとした空洞を感じながら、俺は眠りについた。
連載二日目、これからも毎日投稿頑張ります。
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