表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/98

時は流れる

何もする気になれず、ソファーに横たわったまま、時間だけが過ぎていく。もう昼だ。両親は土日も仕事。したがって土日の食事は自分で作らなければいけない。だるい。デリバリーでも頼むか。これからやらないといけない面倒事に思い煩っていると、インターフォンが鳴った。


「お食事のお届けでーす」と明るい声が響く。親が予約注文していたのだろうか。


重い体を引きずるように歩き、ドアを開ける。


「愛情いっぱいの、絶品料理のお届けでぇーす」


軽やかな声で微笑む、鍋を両手で抱えたミニスカメイドさんがそこに居た。


ばたんとドアを閉める。


疲れてんな、俺。あんな幻覚を見るなんて。カップ麵食って寝よ。


「ちょっとー、無視しないで下さいよー。せっかく料理作ってきたのにー」


幻聴までしてきやがった、さっさと寝よ。


「開けてー。開けてー。開けてくれなきゃいたずらしちゃうぞー」


季節感ないな、この幻聴。ハロウィンは半年先だ。


二階の自室に行き、ベットに入ろうとしたその時である。窓から見知った集団が目に入った。近所でも有名な情報屋のおばさん達だ。


やばい。玄関先で泣き叫ぶミニスカメイドにゴシップメーカー。最悪の組み合わせだ。俺は全速力で駆け降りた。



「あ、やっと開けてくれた。ひどいです。きゃっ、なんでひっぱるんですか」


「いいからさっさと入れ」


残りカウント7。ミッション・コンプリート。……疲れた。


「びっくりした。あ、お鍋外に置いたまま。とってきますね」


「待てい。今、外にでるな。井口のおばさん達がいる。自分の格好、考えろ」


ミニスカメイド服だけでもインパクトあるのに、ホワイトプリムに猫耳までつけてやがる。こんな姿見られたら……。


「大丈夫です。さっきOLさん達が通りましたけど、『デリバリー』とか言ってました。レストランとかの配達って思われてますよ」


Noooooooooo――――。  違う!それ違うデリバリーや!


俺は肩を落とした。いいんだ、いいんだ、どうだって。親の留守中に出張を呼ぶ奴だと思われたっていいんだ。




「お前、今日は帰るって言わなかったか」


「帰るとは言いましたが、もう来ないとは言ってませんよ。 なんて、本当は来るつもりなかったんです。けど帰る時、樹さんの顔を見て『ああ樹さん、疲れて何も出来なくて、食事も満足にとれないんだろうな』って思ったら、つい……ね……」



……ほんとにこいつは卑怯な奴だ……。



「まあ、助かる。ありがたく頂くよ」


「はい!温かくて食べやすい物がいいと思って、シチューを作ってきました。温め直しますね」


さっきまでの憂い顔は消え、暖かい笑顔が芽生えた。


つぐみの料理は言葉通り絶品だった。ざらつきの無い優しい味で、なめらかなホワイトソースも自家製だろう。体の隅々まで温かくなるようだった。


「男性を捕まえるのは胃袋からって言いますもんね」


悪戯っぽく、つぐみは言った。

よく言うよ。本当に思っていたら、そんな台詞口にしないだろうに。まったくこいつは。




食後のカモミールティーを飲んでいると、洗い物を終えたつぐみがとことことやって来た。俺の左横にちょこんと座り、俺の腕に両手を絡める。


「懐かしいですね。昔はいつもこうやっていましたね」


こいつが小学生の頃、お互い両親の帰りが遅いので、いつも二人でこうしていたっけ。こうしていれば、暗くなっていく空も、怖くなかった。


「昔みたいに、『兄さん』って呼んでもいいですか」


そう呼ばれるのは何年ぶりだろう。懐かしい響きだ。


「好きにしろ」


気持ちを押し殺し、平坦に答えた。


「ありがとうございます」


静かに、しかし喜色を滲ませながらつぐみは言った。



午後の柔らかい日差しが俺たちを包んでいく。

不安も焦燥も削りとられた、優しい光だ。

雀のさえずりも心地よい響きとして染みてくる。

こんなに穏やかに過ごすのはいつ以来だろう。

時がゆっくりゆっくり歩いていった。



10分ほどそうしていると、つぐみはゆっくりと立ち上がった。


「あんまり長居しては休めないでしょう、帰ります。安心して下さい、今日はもう来ませんから」


つぐみがいなくなった左腕が、肌寒く感じた。


「それじゃあ、おやすみなさい、……兄さん」


兄さん、つぐみはその言葉をかみしめるように、取り戻した宝物を掲げるように、別れの言葉を口にし、去っていった。


この家、こんなに広かったかな。ぽっかりとした空洞を感じながら、俺は眠りについた。


連載二日目、これからも毎日投稿頑張ります。


頑張る後押しに、ブックマーク、いいね頂ければ嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ