ぶぶ漬けでもどうどす
その黒すぎる髪はオレンジのライトを浴びて妖しく光り、鋭く刺すような目は冷たく燃えていた。骨細で華奢な体からは想像できないような力で長大な剣を軽々と持ち、しゃらんと錫杖を振るように虚空を切る。
「當願衆生 十方一切 邪魔外道 魍魎鬼神 毒獣毒龍 毒蟲之類 聞錫杖聲 摧伏毒害 發菩提心 具修萬行 速證菩提」
なにか物騒なことを唱えている。
「火野家次期当主のお出ましか。光栄だね。相手にとって不足なし。『独り武者』清原 宗信、お相手仕る」
清原は拳を握りしめ、肘をぐっと後ろに引き、力を溜め、じっと発射の時をうかがう。
額からも胸からも血が滴り落ちている。
だが彼は嬉しそうだ。強者と語り合えるのが楽しみでしかたないといった童の目をしている。
火野の目がきらりと光った。刹那、彼女の脚がぐっと沈み、爆発するように体が飛び出した。
大太刀を重力を感じさせない動きで鞭のように振るう。
彼女の剣のもと、血の雨が降った。
その足元には死屍累々と峰打ちで倒された男たちが転がっていった。
「……あれ?」
清原が間の抜けた声をだす。
「おりゃー。おんどら、なに勝手なことしでかしとんやー。あほんだらー」
襲撃してきた男たちにお仕置きをする羅刹がそこにいた。
血しぶきの舞うなか、草木を刈るように男たちを倒していくセーラー服の美少女。
虫けらを見るような蔑んだ目。
イケナイ性癖に目覚めそうだ。
敵は壊滅した。壊滅だ。立っている者は誰もいない。
彼女はハアハアと肩で息をしている。肉体的疲労ではないのだろう。だってさっきまで嬉々として平然と暴れ回っていたもん。
彼女は血振りをして血を振り払い、清原に近づいていく。
そしてぺこりと頭を下げる。
「ほんまにかんにんえ。うっとこの跳ねっ返りが暴走してもうた。怪我はあらしまへんか」
こうして見ると普通の可憐な美少女だ。返り血をびっしょり浴びたセーラー服と右手に持つ禍々しい剣に目を瞑ればだけど。
清原は格好をつけた名乗りが宙に浮き、所在なさげに頬を掻く。
「ああ、かすり傷だ。えっと、火野 柚月さんだっけ」
「ええ、お初にお目にかかります。清原はんどしたか。あんたはん、えらいお強いんどすなぁ」
この口調で言われると、煽られているように感じるのは何故だろう。
「……君ほどじゃないよ。で、こいつらは君のところの人間かい?」
清原は顎で倒れた男たちを指す。
「半分正解で半分間違いどすなぁ。この半分はあんたはんのとこのもんどすえ」
「やはりそうか。道理で僕への対処が適切だった訳だ」
「どういうことか、俺にも説明してくれるか」
俺は車から降り、彼らのもとへ向かった。今更隠れていてもなんの意味もないだろう。
「……おたくはんが例の内包者はんどすか。えらい大事にされてはるなぁ。まるでお姫さまみたいやわぁ」
うん、これは喧嘩を売られているな。
「はは、おおきに。あんたはんこそヒーローみたいにええところで現れはって、えらい丁寧な仕事してはりますなあ(来るのが遅いわ、ボケ)」
ま、これくらいはいいだろう。
彼女は目をぱちくりと開け、遅れて楽しそうに笑い出した。
「言いはりますねぇ。えらい肝がすわったお人やわあ。おもしろおすなあ」
どうやら友好的ムードになったようだ。なんでかね。
「順を追うて説明するなぁ。今朝、うちんとこに情報が入ってきたんや。『昨日内包者が島から帰ってきた。それを狙って八百比丘尼と対立する急進派が強奪に動く。困ったことに五行家の不満分子がそれに呼応し協力する模様』ってね。ほんま、かなんわぁ。ほんでうちが出張ってきたという訳や。 Do you understand?」
I see。
「それでこれからあんたはどうするんだ。俺の強奪任務をあいつらから引き継ぐのか」
俺は警戒しながら質問する。
「うちのおたくはんに対するスタンスは不干渉。任務はこれで終了。こっから先は次の任務に移行することになるんや」
「そっか。じゃあここでお別れだな。さいなら。きぃつけてなぁ」
俺はほっとした気持ちで別れの言葉を告げる。
「ところが、そうはいかへんのや。うちの次の任務は、おたくはんが昨日から住んどる所が舞台。道中ご一緒させてもらいます」
俺の背中に嫌な汗が流れる。
「あんたの次の任務って……」
「水瀬 芽衣の回収や」
やっぱりか。これ、めんどくさい事になるぞ。
「ほな、いこか」
血塗れの女王さまに導かれるように、俺たち二人は帰路についた。