独り武者
島からの長旅を終え、あてがわれた自室で一息ついていた時だった。
「――ですので、こんな急ごしらえな施設ではなく、もっとセキュリティが整い、人里離れた施設に移すべきです!」
ホールから男の叫ぶ声が響いてきた。
何事だろうと部屋を出る。すると隣の部屋からつぐみも飛び出してきた。俺たちはお互いに頷き、ホールへと足を進める。
「私の管理するG県の研究施設に移送しましょう。あそこなら襲撃にも逃亡にも十分対処できます」
「……お主、心得違いをするでないぞ。逃亡とは何事じゃ。あやつらは物でもなければ動物でもない。自由意思で行動する人間じゃ。儂らはあやつらを拘束しておる訳ではない。あくまで保護しておるだけじゃ!」
ナギと男が言い争っていた。
男は30代半ば。190センチはある堂々とした体格で、どこか暴力的な匂いを漂わせていた。
「碓井 定道。急進派の雷豪 皆人派閥の幹部よ」
西條が腕を組み、気だるげに立ち、忌々しそうに言い捨てた。
「俺たちをあいつに引き渡すのか?」
俺は批難を込めた目で西條を見た。
「まさか。比丘尼さまを見ればわかるでしょう。そんなことはあり得ない」
俺たちは二人の会話を見守った。
「災いの芽は、小さいうちに摘み取るのが一番ではないのですか」
「その事については何度も申しておるであろう。マイナスの可能性だけで物事を排除しては、未来はない。プラスの可能性を引き出す事こそ上に立つ者の責務じゃぞ」
「まるで五行家の脳天気連中のような言い分ですな」
ナギと碓井の言い合いは続いた。
「すまんかったの。あやつも悪い奴ではないんだが、目的のために大事な事を見失うきらいがあっての」
ナギは疲れたように俺に謝罪する。
長い言い合いのあと、碓井は諦めて引き揚げていった。
帰り際俺のほうを見つめ、『化け物が』といった言葉は忘れない。
人はいい所もあれば悪い所もある。組織も一緒か。
翌日、俺は二週間ぶりに会社に出社し、同僚たちと久々に再会した。
リモートで話はしていたが、直に会うのはまた違うものだった。
「いいねえ、真っ黒に日焼けしやがって。ロリ社長のお供でリゾート地の視察に行ったんだって?うらやましい限りだ」
仙道がにやけ顔で話しかけてくる。
「おい、西條のやつも一緒だったんだろ。南の島であいつの水着姿は拝めたのか?どうだった?すごかったのか?」
小鳥遊が男子高校生みたいなことを言ってくる。
こういう無駄話はリモートでは出来なかったことだ。
日常に戻ってきたんだとひしひしと感じさせられた。
「神代くん、T社の打合せに同席してくれるか。先方、きみの意見を聞きたいそうだ」
書類作成をしていると課長から呼びかけられた。
「承知いたしました。ちなみに打合せはいつですか?」
「今すぐだ。タクシーを拾っていくぞ」
課長は書類をまとめ、出発の準備をする。
「えっと、それなんですがね……」
俺はきまり悪そうに頬を掻く。
10分後、俺と課長は車の後部座席中央に並んで座っていた。
乗っている車は、例の防弾使用の車だ。
課長の顔は引き攣っている。
無理もない。乗ってみるとわかる。ドアの開閉音も内装の重厚感も一般車とはまるで違う。下手なイキった車に乗るよりよっぽど恐い。
普通こんな車に乗せられたら『なんだ、これは』と聞いてくるもんだが、課長は『この車で行きます』と言ったら『ああ、うん』と言っただけで何も聞いてこない。人間あまりに恐いと関わり合いになりたくないと防衛本能が働くみたいだ。周りの車も只ならぬ気配を感じるのか、この車に近寄ろうとしない。平穏な日々は遠くになりにけり。
片側二車線の大きい道路で、その割には交通量が少ない所に来た時だった。
対向車線から一台の車が逆走してきた。
車は横を向けて止まり、俺たちの進路を塞ぐ。
後ろから二台の車がスピードを上げて近づいてくる。
おかしい。この状況ならブレーキをかけて止まるはずだ。
「このまま突っ切る!摑まっていろ。口を閉じろ。舌を噛む」
運転席でハンドルを握りながら清原が叫ぶ。
筋骨隆々の姿が今は頼もしい。
車は加速していく。
ぐゎしゃん。派手な音をたてて逆走車を吹き飛ばす。
思ったより大きな衝撃はなかった。さすが防弾使用車!隣では課長が泡を吹いている。ごめんなさい。
車はスピードを上げ逃走を図る。後ろから二台の車が追ってくる。
進路方向にトンネルが見えてきた。
俺たちは暗闇に突っ込んだ。
「あいつらは一体……」
俺は後ろの車を見ながら、運転席の清原に問いかける。
「わからん。五行家のやつらか、それとも……。どっちにしろ僕から離れるな。救難信号は出した。じき応援がくる。それまで凌げればこっちの勝ちだ。きみは僕が必ず守る!」
あら格好いい。惚れそうだわ。
オレンジ色の光の中、進路方向を塞ぐ物が見えた。横づけされた車が数列も重なり、男たちが二十人くらい待ち構えている。
「やはりそうきたか」
清原は呟き、ブレーキを踏み、車を止める。
「……降伏するのか」
流石に多勢に無勢。今すぐ殺されることはないだろう。生きてさえいれば、奪還してもらえる望みはある。
「降伏?冗談だろう。これから打って出る。僕が車から出たら、しっかり鍵をかけてこの中で待っていてくれ」
「あの人数をあんた一人で?」
無茶だ。時間稼ぎで死ぬつもりか。
「僕の二つ名を知っているかい。『独り武者』と謂うんだ。いわゆる『ワンマンアーミー』。あのぐらいの人数、なんの問題もなし!」
白い歯をきらめかせながら清原は親指を立てる。
その姿に俺の心の恐怖心はすぅっと溶けていった。
「はっはっはっ。きみたち、口上は無用。語り合おうじゃないかこいつで」
清原は拳を振り上げ、敵中に真っすぐ突っ込んでいく。
敵はたじろぐ。しかし状況を正しく理解し、『馬鹿か、こいつは』という視線を向け、小銃を打ち放つ。
「効かんよ、そんなもの。剣斗さんに比べたら、射線は見え見え、攻撃は単発で連動性がない……はっきり言って甘いな」
そう言いながら、清原は銃弾を躱し敵に近づいてゆく。
人間技じゃねぇ。敵からしたらホラーだぞ、これ。
「セレクターを単発から連射に切り替えよ。弾幕を張れ。これより目的を制圧から殲滅に変更する。躊躇するな、相手は化け物だ!」
敵指揮官の怒号が飛ぶ。物量作戦をとるみたいだ。これちょっとやばくない。
「少し遅かったみたいだね。事前の敵戦力把握は大切だよ。タイムイズマネー。初動の遅れは致命的だ」
清原はギアをあげて加速し、指揮官に肉薄する。
他の男たちはスピードの変化についてこれず、銃弾は清原の後ろで跳ねる。
あいつ、わざとスピード抑えていやがったな。
「グッナイト」
指揮官に辿り着くと清原は拳を腹に突き立てる。
指揮官は胃液を吐きながら地に倒れる。
「さて、こっからが面倒なんだよな」
清原はハァッと溜息をつく。
指揮官が倒れ、残された者は撤退するかと思ったが、そうはならなかった。
彼らは恐怖に震えていたが、それでも怯まず清原に一斉射撃を続けた。
「まいったね、これは。連携がとれてないので読みにくい。躱してやり過ごす手もあるが、そうするとこいつらは樹くんを襲う。どうしたもんかね……」
次第に銃弾を避けられなくなってきた。かすめた銃弾が清原の体から血を流させてる。
そんな時である。奥から長い黒髪をたなびかせ、ひとつの影が近づいてきた。
右手には三尺はある大太刀。その武骨な刀を持つは黒いセーラー服を纏った華奢な少女。
彼女は戦場に足を踏み入れ、透き通る声で名乗りをあげた。
「五行家筆頭、火野家次期当主、火野 柚月、参る」
彼女はゆっくりと刀を振り下ろした。
投稿間隔が空いて申し訳ありませんでした。「スノーホワイトは増殖する」を書いていてこちらに手が回りませんでした。これからはなるべく間隔を空けません。
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