表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/98

リスタート

南国での夢のような日々が優しく過ぎていった。

つぐみと、ナギと、西條と、お互いわかり合えたと思う。

この世に、悪意など存在しないように感じられた。

だがそんな日々も、ついに終わりを迎えることとなる。


二週間が経った。今日は本土に帰る日だ。

波止場で船に乗り込もうとする俺たちに、駄々をこねる奴がいた。

水瀬である。



「もう帰るんですか?まだ奥義をモノにしてないのに。あと一週間、いえせめて三日まってください!」


こいつは何をしに来たんだ。


「しらん。そんなに残りたいなら、勝手にここの子供になりなさい!」


「何言ってんですか。流石にそれは裏切り行為で、粛清対象にされちゃいます。見捨てないで、最後まで面倒見てくださいよ~」


勝手に押しかけて何言ってやがる。こいつこの二週間でやった事といえば、昼間は剣斗さんとひたすらバトルし、夜は疲れ果ててぐ~すか寝てやがった。俺たちの監視なぞこれっぽっちもしてやがらねえ。


「うう、ようやっとタコ師匠に有効打を入れれるようになったのにー。もう少し師匠と特訓を続けたかったのにー」


こいつ、バトル漫画の特訓編をしてるつもりになっている。囚われの姫君を助けに来たんじゃなかったのか。なに敵ボスと仲良く修行してるんだ。


「ししょ~」


水瀬は情けない声で剣斗さんに呼びかける。


「キュルルー」


剣斗さんは優しい目で水瀬を見つめ声をかける。


「……『基本的なことは教えた。後はお前がどう昇華させるかだ。研鑽を積め。己を高めよ』……。ししょう――――」


わかるのかよ、あの言葉が。本能で生きている奴は強いわ。


水瀬は肘を曲げた右腕をゆっくりと前に出す。

剣斗さんも触手の先をちょこんと曲げ、水瀬に近づける。

二人の腕ががっしりとクロスする。


「ありがとうございました。師匠、お元気で!」

「クルルル――」


なんぞ、これ。……シュールだ。


俺たちは船に乗り、島を後にする。遠くで剣斗さんがブンブンと触手を振っている。……なんだかなぁ、もう。





長い船旅を終え、上陸する。地面が揺れるような感覚に戸惑ってしまう。

ロビーに目を引く集団がいた。20人ほどのサングラスをかけた黒服の男たちだ。彼らは整然とした動きで俺たちに近づき、ぐるりと取り囲む。


「お疲れ様です、比丘尼さま、清原さん、西條さん。お車のご用意をしています。こちらへどうぞ」


リーダーと思しき男が深々と頭を下げて話しかけてきた。どうやら俺たちの護衛のようだ。

案内されロータリーに行くと、黒塗りで同じ車種の車が6台止まっていた。俺とつぐみとナギが同じ車に乗り、他の3人も違う車に乗り込んだ。前後を護衛の車に挟まれ、出発した。


「てっきりリムジンとかでお出迎えと思っていたけど、流石にそれはないか」


俺は軽口を叩く。


「たわけ。あんな小回りのきかん車、襲撃されたとき逃走するのに役に立たんじゃろう。言っとくがこの車、防弾レベルEN-B7の最高レベルで、『7.62x51mm NATO弾』や『徹甲弾頭(てっこうだんとう)』にも耐えられるシロモノじゃぞ。下手なリムジンなんぞより、よっぽど金がかかっておるわ」


えらい車でした。


「これからどこに行くんだ?」


機密保持のためと言って、俺やつぐみにも行き先を教えてくれてなかった。


「儂らの新たな拠点じゃよ。この車同様、万全のセキュリティを施しておる」


車列は静かに、厳かに進んでいった。


一時間ほど経っただろうか、目的地に到着した。途中追跡を警戒し、迂回ルートをとっていたようだった。

重厚な門が開き、車が一台ずつ入っていく。

門をくぐると大きな庭だった。車がゆうに二十台は止めれそうな広さで、その先に三階建てのコンクリートの武骨な建物があった。不自然に感じたのは、建物の大きさに対して入り口が狭い事と、窓が少ない事だった。


「さあ、着いたぞ」


俺たちはナギに先導され、建物の中に入っていく。

入り口は人が二人並んで通るのが精一杯という広さだ。しかし中に入ると玄関は十畳ほどの広さでゆったりとしている。先に進む。廊下はまたも入り口と同じ位の狭さで、おまけにすぐ突き当りになって、曲がりくねっている。まるで敵を阻む、城の虎口(こぐち)のようだ。


これを二週間で作ったのか。俺は驚嘆し、周りを見渡す。するとある物が目に飛び込んできた。

それは何の変哲もない柱であった。だがそれには無数の深い傷がついていた。その傷を俺は見たことがある。テレビの歴史番組で紹介された、戦闘による刀傷である。


「ナギ、聞きたいことがある」


「なんじゃ、恐い顔をして」


「これは何かな?」


俺は怒りに満ちた優しい笑顔で柱を指差す。


「……傷じゃな」


「何か鋭い物で切りつけられたような傷だな。……例えば刀とか」


「……そのようにも見えるな」


「この建物、いつ手に入れた?前の持ち主はどんな奴だ?」


ナギはふぅっと観念したような息を吐き、答える。


「……手に入れたのは(ぬし)のことが発覚してすぐじゃ。これ程防御に適した建物もそうもなく、二週間で主を迎えるには、この施設が必要だったのじゃよ。前の持ち主には()()()()お願いして譲ってもらった。前の持ち主は……聞かんほうがよいと思うぞ」


ああ、言わなくても見当はつくよ。道理でこの家に入る時、通行人が遠巻きにヒソヒソと話をしていたはずだ。あの黒づくめの男たちを見れば、誤解をとくのは無理だろう。まともな近所付き合いは出来そうもないな。



「へえー、綺麗にリノベーションされてますね。新築の匂いがする」


のんきな声が後ろからする。


「水瀬、なんでお前がここにいる」


「なんでって、わたしもここに住むからですよ」


なに当たり前の事を聞いてくるんだ、という顔をする。


「おい、いいのか、こいつ放り出さなくて」


流石に島では海に放り出すという真似はできなかったが、ここなら電車代持たせて放り出してもいいだろう。


「かまわんよ。下手に動き回られるより監視下に置いた方がよっぽど良い。こいつに間諜の真似事が出来ると思うか?……こいつ、アホじゃぞ」


その通りだけどさあ――。


「それに剣斗の奴にもお願いされたからの。『こいつをよろしく頼む』と」


たぶんそちらが大きな理由なんだろうな。


「さあ、部屋割りじゃ。儂は主の隣りの部屋じゃからな」


「もう一つの兄さんの隣りの部屋は譲りませんからね」


「じゃあわたしはお姉さまの隣り――」



まるでサークル合宿のワンシーンのようだった。

平和な日々というのが、如何にかけがいのない物か。この時の俺たちは知る由もなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ