双璧
俺たちは並んで山を降る。
山は若草のみずみずしさと、土のねっとりとしたやわらかさが混じっていた。
真昼の太陽が眩しい。
それが昇ろうとしているのか降ろうとしてのか、よく分からない。
麓の里に辿り着く。
里の入り口では左右に並んだ二体の仁王像が立っていた。
目は吊り上がり、眉を寄せ、血管を浮き上がらせ、憤怒の表情をしていた。
「兄さん、どこに行っていたんです!勝手にいなくならないで下さい」
右の阿行像が烈火の如き怒号をあげる。
「比丘尼さま、護衛も付けずに出歩くなといつも言っているでしょう……」
左の吽行像が凍てつく視線を投げかける。
「いや、これはだな、つぐみ。深いレベルの相互認識というか」
「そうじゃ、那奈子。儂らは今後の方針を定めるために忌憚のない意見交換を行っておっただけじゃ」
俺たちは早口で必死の弁明をする。
「兄さんの安全に勝るものはないでしょう!もっと自分を大事にして下さい。どうしたら解ってくれるのですか。もういっその事、その身を以って安全の尊さを知ってもらいましょうか」
「私が言っているのはセキュリティの問題です。少しは里の者の心配を考えて下さい。まったく何度同じ事を言わせるんですか。一度ぐらい死なない程度に危険な目に会えば、少しは身にしみるかしら……」
つぐみと西條は不穏な言葉を漏らす。
「「すいませんでした」」
俺とナギは言葉を揃えた。
「けど大袈裟じゃないか。ここはナギたちの勢力圏な訳だし、そこまで神経質にならなくても……」
俺は往生際わるく食い下がる。
「あなたは何を言っているの。敵襲があったばかりじゃない」
西條があきれた声をあげた。
「敵襲?いつどこであったんだ。被害状況は?」
西條は心底信じられないという表情を浮かべる。
「ついさっき!海岸で!……あなたもその場にいたわよね」
あれか!水瀬のアレか。あまりにコミカルなんで、襲撃と認識できなかった。
「敵本拠地への侵入と要人の誘拐。それも実行犯は五行家の人間。未遂に終わった事とあなた達との繋がりを考えてなぁなぁにしたけど、これ宣戦布告に等しい行為よ」
言われてみればそうだった。気がつかなかった。水瀬のアホパワーすげー。
「いま里では警戒レベル最大に引き上げているわ。そのつもりで行動して頂戴ね」
イエス、マム。俺は心の中で敬礼した。
「おっかないのお、那奈子は」
「おい、お前は畏れ敬われる存在じゃなかったのか」
「どうもあの一族は苦手なのじゃ。儂の一番上の姉さまの末裔でな。姉さまにそっくりなのじゃ。三つ子の魂百までまでと云うじゃろ」
とっくに有効期間過ぎているだろ。
昼食となった。俺は苦痛に苛まれていた。
料理に不満は無い。
白甘鯛の東寺焼き。
キロ単価1万円という超高級魚『白甘鯛』を観音開きにし、松茸を入れる。それを生湯葉で包み、焼く。
素材の豪華さにもびっくりしたが、その心遣いにも感嘆させられた。
『甘鯛』は『尼鯛』とも呼ばれている。その横顔が頬被をした尼僧に似ているから来ているそうだ。そして湯葉、東寺焼き、仏教由来だ。
八百比丘尼に対する敬意が表れていた。
「久しぶりの比丘尼さまのお帰りですから、腕を振るわせて頂きました」との料理長の台詞だ。
こんな料理に文句を言ったらバチが当たる。
問題はこの席だ。俺は右はつぐみ、左はナギという針のむしろに座っていた。
「ほら兄さん、こっちのウロコ焼きもサクサクで美味しいですよ。あーん!」
「主よ。酒蒸しも食べてみるがよい。甘鯛らしさは無論、クエのような風味をしておるぞ。儂が取ってやろう」
両サイドの攻撃が激しい。
どちらか片方を食べると、まだ口に残っているのにもう一方がまた口に押し込んでくる。
この愛は、俺の口で受け止めるには多すぎる。
正面では西條がウロコ焼きにスダチをかけ、恍惚の表情で食べている。目がとろけて落ちそうだ。
その横では清原がプロテインを入れたコップをテーブルに置き、東寺焼きと交互に口にしている。ヘルシーさが錯綜している。
二人は俺たちを見ようともせず、世界の安寧を享受していた。
おぼえてろよ、てめえら。