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問おう

「ちくしょう。あのタコ、次はぜったいブッとばす!」


水瀬は口に入った砂をまき散らしながら叫ぶ。

相手の種族くらい正しく認識しような。俺は心の中で王道のツッコミを入れる。

剣斗さんが手加減したのか、水瀬に大きな外傷はない。


「お前、何しにここに来たんだ?」


俺は水瀬の髪についた砂を払いながら尋ねる。


「もちろんお姉さまに会いにですよ。悪辣な者共にかどわかされた姫君を助け出す。ラブストーリーの王道じゃないですか」


えらい道に迷った者が来たもんだ。迷子の自覚が無いからタチが悪い。



「やはりお主らの関係者じゃったか」


いつの間にか比丘尼がやってきていた。心なしか呆れた表情をしている。


「いやな、剣斗のやつが『客人の匂いがついた人間がやってくる』というので来てみたんじゃ。お主らの身内なら手荒なことも出来んと剣斗には申し含めて、丁重に島に連れてくるように言っておったんじゃが」


あの水切りが丁重か。剣斗さんは絶対怒らせないようにしよう。


「……水瀬をどうするつもりだ」


「どうもこうもせんよ。お主らがこの島にいる間は一緒にいてもらい、お主らが帰る時に一緒に帰ってもらう。ただそれだけじゃよ」


「訊問とか、しないのか」


水瀬はびくっと肩を震わせる。敵地で捕虜になったのだ。その意味はよく理解しているはずだ。


「……その娘御(むすめご)五行家(ごぎょうけ)の人間じゃろう。確かに儂らは対立しておる。だがな、じゃからといってその娘御をいたぶってどうなる。得られる情報もたかが知れておる。逆にそれでお主らから失う信頼の方が甚大じゃ。……おのれの暗い感情のはけ口として敵をいたぶる輩もおろうが、儂らはそれほど腐っておらんよ」


そう言う比丘尼の姿は気高く、真っすぐ前を向いていた。奸計をめぐらすようには見えなかった。


「但し行動に制限はつけさせてもらうぞ。好き勝手に動かれて、情報を盗まれるような間抜けでもないのでな」


比丘尼はにかっと笑った。




水瀬は西條に連れて行かれることとなった。簡単な事情聴取をするらしい。その後発信機は付けられるが、島内での行動は立入禁止区域以外は自由とのことだった。客観的に見れば、かなり寛大な処置だ。



「さて、これでこの件は終わりじゃな。儂はこれで失礼する」


比丘尼は自分の務めは終えたと立ち去ろうとする。


「……少しいいか、いくつか聞きたいことがある」


俺は去ろうとする比丘尼を呼び止める。


「大事な用があるのじゃがな。……その道行きでよければ話そう」






俺たちは小高い丘に向かって歩いていった。草木が生い茂る中、わずかに現れた土の道を比丘尼は足元も見ずにすたすたと歩いて行く。不慣れな俺はついていくのに精一杯だ。傾斜が少しきつくなってきた。先行する比丘尼が歩む速さを落とし、俺の方を振り向く。


「聞きたいこととはなんじゃ」


「まず一つ目、何故いまになって土蜘蛛の存在が発覚した。これまで6年間、なんの動きもなかったのに何故いまお前達は動き出した」


「なんじゃ、そんなことか。それはみんなお主のせいじゃよ」


「俺の?」


意外な返答に戸惑いの声をあげる。


「お主、自分の精子を『精子凍結保存』に出したじゃろう。あれに土蜘蛛の残滓反応があった。お主が出した施設は儂らの系列じゃよ。そこでこの度の事が発覚した。……大変じゃったんじゃぞ。研究所は上を下への大騒ぎ。よりによって年度末の忙しい時に持ち込みおって。お陰でうちの職員は過労死寸前じゃ」


そっから来てたのか。つぐみへの想いを込めたプレゼントがそんな事になるなんて。


「お主が凍結保存した精子、いまどうなっていると思う?バイオセーフティレベル―4の施設を稼働して保管しておる。エボラウイルスなどに対応する施設じゃ。30年ぶりじゃぞ、日本でBSL―4施設が稼働するのは」


思ったより大事(おおごと)になっていた。


「まあ、それはよい。お主に悪気はなかったのじゃし、問題が少しでも早く発覚したのは良しとしよう。それで他に聞きたいことは?」


「あんた達の目的だ。なぜこんな組織を作った。何をしようとしている」


比丘尼は困ったように顔を歪めた。


「それを説明するのは難しいの。まず何故この組織を作ったかという問いの答えじゃが……端的に言えば固定資産税の為じゃよ」


「……は?」


「事の起こりは明治6年 地租附加税の創設じゃ。それまで辺境の小島じゃったここは年貢の取立てもゆるかった。ところが明治政府の奴ら、地券を発行しなければ土地の所有を認めん税金も納めろときた。儂らは困った。何しろ自給自足でろくな貯えも持っておらなんだ。そこで頼ったのは島を出て本土で暮らしていた連中じゃよ。なんとか金を工面してくれと。そして出来たのが同郷会をベースに作られたこの組織じゃ。単なる互助会じゃったんじゃぞ、最初は。しかしあれよあれよという間に土地の評価額があがり、儂らは固定資産税を稼ぐのに躍起になった。気がついたら儂らは日本有数の経済グループになっておった。決して世界征服を企むとか、日本を裏から牛耳ろうという団体ではないぞ、儂らは」


思ったより世知辛い(せちがらい)理由だった。


「そして何をしようとしているかという問いへの返答は、『怪異からこの世を守る事』じゃよ」


彼女の言葉に俺は素直に頷けなかった。


「納得いかないな。『怪異から守る』という事なら『剣斗さん』の存在はなんだ。あれは怪異じゃないか。その存在を()とするなら、あんた達の言うことは矛盾している。『毒を以て毒を制す』という言葉は使うなよ」


「……そうか、お主にはあれが怪異に見えるか」


彼女は哀しそうな声をこぼす。


「のう、怪異とは何じゃろうな。化物、妖怪、変化(へんげ)、思いつくのはそんなところか。醜悪な姿の見るも恐ろしい異形の生き物。だが一度、目を閉じてみるがよい。そこに何がある。そこには裂けんばかりに広がった口も、眼球のない窪んだ眼も、鎌のような鋭く引き裂く爪もない。ただ剝き出しの魂があるだけじゃ。憎悪か慈しみ、如何なるものか。怪異というのはその容貌を事表すものではない。その在りようを指し示したものなのじゃよ。


それを踏まえて、いま一度問おう。かの者は猛々しくおぞましい怪物か、それとも慈愛に満ちた優しき防人(さきもり)か」




俺は答えることができなかった。


長めになるため二話に分けて投稿します。

続きは早めに投稿しますのでご覧ください。


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