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オネスティ

燦々(さんさん)と輝く太陽。エメラルドグリーンの煌めく海。(さざなみ)の音が寄せる白い砂浜。青空を背にそびえる椰子(やし)の実。……俺は今、南洋の楽園にいた。




「兄さん、きます。敵の狙いは私の後方45度。カバーを!」


「まかせろ、やらせはせん!」


俺は敵の狙いを阻止すべく、目標ポイントに飛び込む。

間に合った。そう思った瞬間ボールはドライブがかかり沈み、俺の手は届かず地面に落ちる。


「2-5。コートスイッチ」


審判のロリババアが告げる。


「甘いな、樹くん。もっとボールの回転を見なければ」


得意そうに清原が言う。強打だけでなく、コブラショットやポーキーショットを使ってタイミングを外しやがって。ちったあ手加減しやがれ。ビーチに映える、はち切れんばかりの大胸筋が憎らしい。

結局俺たち『つぐみ・樹ペア』は『西條・清原』ペアから1セットも奪えずストレート負けをした。




「どうだい樹くん。楽しいだろうビーチバレーも。眩しい太陽の下、体を動かすのはいいもんだ」


浅黒く日焼けし、その言葉が似つかわしい清原が精根尽きて座り込む俺に話しかける。


「これでぼろ負けしなければ、もっと楽しかったんですけどね。清原さん、手加減という言葉、知っていますか?」


「勿論知っている。だがそれを覆い潰す、僕が大好きな言葉がある。『筋肉は裏切らない』という言葉だ」


いかにもだな、おい。


「トレーニングをすれば、筋肉は素直に応えてくれる。大胸筋、前鋸筋(ぜんきょきん)、広背筋、上腕三頭筋、腹直筋、みな逞しく育ってくれる。中には『そんな事はない。一生懸命トレーニングしているのに一向に筋肉がつかない』という奴がいる。僕はそういう奴らに言いたい。『それはトレーニングのやり方が間違っているんだ。お前が筋肉を裏切っているんだ。筋肉は何時でも正直だ』と」


清原は俺ではなく遠くを見つめて言う。


「僕はそんな筋肉の在り方に憧れる。誠実であろうと心掛けている。だから忖度や手加減をしない。そんなもんで得られるのは、相手の一時的な自己満足だ。その人の成長に繋がらない。……悪いな、僕はこんな生き方しかできないんだ」


彼は誇り高く、申し訳なさそうに言う。

脳筋なんだか思慮深いのか、よく理解(わか)らんなこの人。




「清原~、樹くん~、焼きそば焼けたよ――――」


遠くで俺たちを呼ぶ西條の声がする。


「さあ食べよう。運動した分栄養を補給しなければ。プロテイン、いるかい?」


白い歯が眩しく光る笑顔で聞いてくる。

鬱陶しいけど、嫌いじゃないな、この人。






「トロピカルドリンクをお持ちしました」


バーベキューを堪能した後、俺はくつろいでいた。

ビーチパラソルの下、リクライニングチェアに寝ころぶ。

その俺をメイドさんが甲斐甲斐しく奉仕してくれる。

隣には水着の肩紐をはずしてうつ伏せのつぐみがいる。

何も纏わぬ背中をさらしている。

頬が緩む。俺は今、楽園にいた。




「ちょろいの、お主」


俺の頭上に小柄な少女の影が落ちる。白いスク水を身につけている。……そのチョイスはどうかと思うぞ。


「なに言ってんだ、ロリババア。全男性憧れのシチュエーションだろ、これ」


俺は世の男性を代表して抗弁する。


「いや、気持ちはわかるが。……儂が言っているのはそっちではなくてな、よく儂らの保護下に入ったなと思ったのじゃよ。正直儂らに協力してもらえるとは考えてなかった。五行家も動きだしているとも聞いておる。土蜘蛛討伐を目標に掲げる儂らには、分の悪い勝負だと思っておったのじゃよ」


比丘尼は探るように俺の顔を覗く。


「……私たちに今必要なのは、情報の収集だからですよ」


なまめかしい背中越しに、つぐみの声が響く。


「この乏しい情報量では動きようがありません。まずは状況把握、それから行動。やることに方向修正が生じたなら、その時に袂を分かち合えばいいことです」


つぐみは事もなげにいう。


「かかっ。裏切り、離反、上等か!」


比丘尼は痛快そうに笑う。


「言葉を飾っても仕方ないでしょう。どうせ貴方にはお見通しなんですから。だったら正直に言うまでです。正直さは一つの武器ですから」


「……五行家の誘いに乗らなかったのは、何故じゃ」


神妙な面持ちで尋ねる。


「私たちに接する姿勢の違いですね。私の後輩をメッセンジャーとしたのはまだいい。ですが私たちを軽んじている態度が滲んで見えました。その点貴方たちは違っていた。トップ自ら出張ってきた。この差は大きい。供出される情報への期待値として」


比丘尼は驚いたように目を見開く。


「儂はただ、この目で土蜘蛛の存在を見極めたかっただけなのじゃがな。それが功を奏したという訳か」


「その姿勢は、組織を潤滑に動かすのに大切な事だと思いますよ」




「ところで俺たちはいつまでここに居ればいいんですか?」


女性陣の話が一区切りついたところで、俺は聞きたかった質問をする。


「あと二週間ばかりここで過ごして欲しい。今お主らを受け入れる施設を準備中じゃ。もう少し待ってくれ」


別に俺たちに不満はない。ここは快適だし、仕事もリモートで対応出来るように対応してくれた。つぐみの方もリモート対応の授業を活用しているので、二週間ぐらいなら問題ない。しかし一つの疑問が残る。


「わざわざそんな施設を用意したり、こんな南の島に避難する必要があったんですか。あなた達の本部とかで保護してもらった方が手っ取り早い気がするんですが」


比丘尼はきまり悪そうな顔をする。


「恥を晒すようじゃが、儂らも一枚岩ではないのじゃよ。儂ら穏健派とは別に、急進派が存在する。穏健派である儂らは、有り体に言えば現状維持。土蜘蛛の封印を第一義とし、確実でないうちは手を出さん。寝た子を起こすなというやつじゃな。だが急進派の奴らは違う。脅威は根から摘み取れ、多少の被害はやむを得ない。……内包者であるお主たちの殺害も厭わんじゃろう。そんな者たちがいる場所にお主たちを迎えることは出来ん。じゃから今、お主たちが安全に過ごせる場所を作っておる。それまではここにおるのが良策じゃ。ここは儂が信を置く強き者が守っている」


「そこまで内情をぶちまけて、いいんですか」


「お主の連れ合いが申したであろう。正直さは一つの武器じゃと」


彼女は無邪気な幼子(おさなご)のように笑った。






一日が終わった。俺は火照った身体をシャワーで冷やし、疲れを癒すべくベットに入る。後の事はよろしくな、明日の俺。今日の俺は心地良い眠りについた。


第二章「南国編」です。季節外れの夏をお楽しみください。


「スノーホワイトは増殖する」の同時投稿でヘロヘロです。プロテイン補給にブックマーク、下段の星評価をぜひお願いします。

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