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そして伝説は神話になる

人間というのは不思議なもので、「もう限界だ」「指一本動かせない」そう思っていても、本当に大切な者を守る時には何処かに隠れていた力がひょっこりと顔を出すようだ。



「……兄さん」

縋るような目でつぐみは俺を見つめる。疲れたなんて言ってられない。


「何があった。詳しく聞かせてくれ」


俺は最後の力を振り絞り、つぐみのの肩を抱き、彼女の家に入っていった。




リビングには、俺の天敵が鎮座していた。


「お久しぶりです。先日はご迷惑かけました」


彼女は無機質な口調で俺に話しかける。まるで円周率を読み上げるように。

水瀬(みなせ) 芽衣(めい)。先日、俺を死の淵に追い詰めた奴だ、社会的に。



「……(くさ)いです。泥棒猫の(にお)いがします」


お言葉だな。いくら愛しのお姉さまを奪った憎い奴でも、その言い方はどうかと思うぞ。


「本当は貴方の顔も見たくはありませんでした。つぐみお姉さまを奪った人の顔なんて。辛くて、切なくて、やり切れない。……でも私情は抑えます。今日わたしは、お姉さまのかわいい後輩としてここに来たのではありません」


自分で言っちゃったよ、かわいいって。こいつらの学校、謙遜という言葉は教えないのかな。


「古来より連綿と続く貴き一族、五行家(ごぎょうけ)が一つ水神を奉る水瀬家の末席に名を連ねる者として参りました!」


高らかに、誇らしげに名乗りをあげる。なんじゃ五行家って。俺は思わず声に出す。


陰陽五行(いんようごぎょう)思想ぐらいは聞いたことがあるでしょう。『木、火、土、金、水』の五行に『陰陽』二つを組み合わせる、古代中国で生まれ陰陽道(おんみょうどう)の基となったものです。五行家はそれを(つかさど)る一族です」


とんでもない奴らがまた出て来たな。まさにオールスターズ、もうお腹いっぱいだ。






「そのお偉い五行家さまが、なんでこんな一般家庭に出張ってきたんだ?お聞かせ願えますでしょうかね」


俺は厭味ったらしく水瀬に言う。


「どこから説明したものか……」


水瀬は俺の煽りにまるで反応を示さず、真剣な口調で零す。


「時間はある。最初から、委細漏らさず頼む」


俺もつられ、真剣な口調になる。


「分かりました、では最初から。……原初、世界は闇でした。(ことわり)は無く、混沌とした世界があるのみでした。(わか)く、浮ける脂のごとく、海月(くらげ)のようにただ彷徨(さまよ)える思念があるのみでした。そこに一条の光が差しました。世界は葦牙(あしかび)のごとく萌え(あが)りました」


天地開闢(てんちかいびゃく)かよ!またえらいところから始めやがった。最初からとは言ったが、そういう意味じゃねえ。


「混沌の闇は一つの姿を作っていきます。その者の左目は太陽となり、右目は月となりました。その瞼を開けると世界は()()め、閉じると黄昏となりました。息を吐くと世界は暑く変り、吸うと寒く変りました。。吹き出す息は風雲(かぜくも)となり、吐き出す声は雷霆(らいてい)となりました」


今度は中国神話の盤古(ばんこ)かよ。節操ねえな。


「その者の力は巨大です。しかしそれには知性がありません。為すべき道を知りません。ただその暴威を幼子のようにまき散らすだけです。わたしたちにそれに抗う(すべ)はありませんでした。しかしわたしたちはついに得たのです。数千年の研鑽の末に、ついに。かの者を律する(じゅつ)に、この世の(ことわり)、五行の深淵を。人類は巨大な力に比肩しようとしているのです。今こそかの者を解放し、その力を御し、神の領域へと至るのです」


前振りと思ったら本題だった。


「お前ら五行家とやらの目的は解った。だがそれが俺やつぐみと……どう繋がるんだ?」


俺の背に嫌な汗が伝う。正直答えは解っている。それでも一縷の希望を、そうではないと否定の言葉を求めて水瀬に問う。


「貴方とつぐみお姉さまの身体に巣食うモノ、それこそが原初の闇、天地(あめつち)のはじめ、全ての神々を産みしものなのです!」


無慈悲な宣誓が俺の希望を断ち切る。


八百比丘尼(やおびくに)の連中は、『土蜘蛛(つちぐも)』と言っていたが……」


今となってはまだそちらの方が救いがある。


「はん。たかが500年ぽっちの歴史しか持たぬ新興勢力、深淵を知る(すべ)はありません。所詮、表層を視る事しか出来ない」


水瀬は吐き捨てるように言う。


「……それにあいつらは我らの至尊を掠め取った薄汚い泥棒猫。忌むべき存在です」


さっき『泥棒猫の臭いがします』と言ったのは、俺ではなくそっちだったのか。しかし……。


「『我らの至尊を掠め取った』と言ったがどういう意味だ?」


俺は頭に沸いた疑問を口にした。


「……あいつらは、盗みを働いたのです。恩を仇で返したのです。先代八百比丘尼がまだ人の身であった時の事です。海で遭難している彼女を我らは救いました。しかしその美しき行いは、汚らわしい裏切りで返されました。彼女は我らが(あが)める偉大なる存在、『娑伽羅(サーガラ)竜王』の肉を盗み、喰らい、逃げたのです!」


水瀬は怒りに満ちた目で叫んだ。


何しやがんだ、先代ロリババア。なんてもん喰らいやがる。てめえが喰ったのは人魚の肉じゃなかったのかよ。八大龍王の肉を食べたって?そりゃ長生きもするわ。





「あいつらに絡めとられないで下さい。わたしたちは原初の神を必ず顕現させ、世界を救います!」


水瀬は熱い瞳で語る。





まだ見ぬ我が子よ。……お前、伝説ではなく神話の生き物だったんだな。


投稿期間が空いてしまいました。申し訳ございません。

天地創造、神様でも7日かかったんだから、凡俗な筆者ならこんなもんだとご容赦ください。


ファンタジーパートはそろそろ終わりで、ラブコメパートに移ります。引き続きご覧下さい。


同時投稿している「スノーホワイトは増殖する」も本日第二章スタートしました。

そちらも是非ご覧ください。

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