あなたと一緒ならば
両親の不在二日目、出先で昼食を終え帰社するタクシーの中で、俺は顔をしかめ携帯の画面を睨んでいた。
「本日の昼食、ロースカツ定食。帰りは19時ぐらい」 送信と。
取引先と外食するという事で、弁当を作るのは勘弁してもらった。その代わりに、昼食を何食べたか報告するように条件をつけられて。
「栄養バランスを考えた献立をするのも料理の内ですから」とのことだ。
「ほっほう。いいねえ、うらやましい限りだ、仲良し夫婦みたいなメッセージ」
隣に座る同僚の仙道が画面を覗き、からかうように言う。
「覗くんじゃねえよ、マナー違反だぞ。それにこれはそんなんじゃねえ」
「悪い悪い。けど眉間にしわ寄せて打ち込んでいるから、さっきの打ち合わせで何かあったかと思って、つい。けどよかったな、彼女と別れてから落ち込んでいたから心配してたんだ。最近、元気になったじゃないか。いい娘ができたんだな」
「……だからそんなんじゃねえよ」
少し前の俺ってどんなんだっけ。変わったのかな。
予定通りの時間に家に帰り着く。遅れるのは不誠実だと思い、寄り道もしなかった。
「ただいま」
いつも親には何気なくかける言葉が、今日はむずがゆい。「仲良し夫婦」、仙道の言葉が頭によぎる。うるせえ。
「おかえりなさい」つぐみがキッチンから顔を出す。オフホワイトのニットにシンプルなエプロンをかけている。
「晩ご飯はさっぱりした、さわらの西京漬けですよ。お風呂も入れてますけど、どっちを先にします?」
おかしい、普通だ。てっきり裸エプロンとか、「それともワ・タ・シ」の攻撃があるかと身構えていたのだが。いや、期待していた訳ではないよ。
「ありがとう。先に風呂に入らせてもらうよ」 少し落ち着いてから対面しよう。
シャワーを浴び、目を瞑りながら唱える。「色即是空 空即是色」
風呂から出ると食卓に料理が並んでいた。
さわらの西京漬けメインだが副菜も充実している。鶏団子のお吸い物、ほうれん草のおひたし、えのきのおろし和え……手加減を知らねえ。
文句のつけようのない食事に舌鼓を打つ。
美味しそうに食べる俺をつぐみは嬉しそうに見ていた。
食事を終えつぐみは洗いものをする。つぐみばかりに働かせるのは収まりが悪い。せめて美味しいコーヒーぐらいは淹れよう。ミルで豆を挽き、ドリッパーに入れる。ドリップポットから少しずつお湯を垂らしていく。豆が膨らみいい匂いが立ち上ってきた。
「いい匂い。兄さん、コーヒー淹れるんですね」 洗いものを済ませたつぐみがやってくる。
「偶にはな。お前の分も作ったから熱いうちに飲もう」
俺はつぐみと一緒にリビングに移った。
「おいしい……。兄さんが淹れたと思うと余計においしい」
つぐみは満開の笑顔を浮かべる。俺は照れた顔で、熱いコーヒーをふうふうと冷ます。ゆるやかな時間が過ぎていく。
コーヒーをカップに戻し、つぐみは俺に顔をぐいと向けた。
「テレビつけていいですか。観たいものがあるんです」
「……居座る口実にしようとしてないか」
俺は眉をひそめ、疑いの眼差しを向ける。
「違いますよ。9時からロードショーで『パラダイス・ロスト』やるんです。昔一緒に観ましたよね、途中までだったけど。私は10歳で、10時には寝る決まりだったんで最後まで見れなかったんですよね」
「家に帰って勝手に観ろ!」
「そういうのじゃないんですよ。兄さんと一緒に観たいんです、あの続きを。……あの時の映画、ものすごく楽しかったんです。兄さんと一緒に映画を観て、面白いシーンは一緒に笑い、泣けるシーンは共に涙を零し、つまんないシーンは『時間を返せって』って怒りを共有して。……楽しかったんですよ。
多分一緒に観れば、何倍も楽しめると思うんです。人生は……楽しまなきゃ!」
邪気のない顔でつぐみは言う。仕方ない、付き合ってやるか。
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