エマージェンシーコール
水瀬の独白は終わった。感情が昂ったのか、瞳は潤んでいる。
俺は水瀬に語りかける。
「どうしても気になることが一つある。いいか?」
「……わたしが恋におちたって件ですか。あなたは女性同士の恋を認められないのですか」
水瀬は見下すように冷たい声で言う。
「ちげーよ。このご時世、女同士の恋愛なんぞ珍しくもなんともない。そんなもんは、どーだっていい。俺が気になったのは、つぐみが『高慢で冷淡で孤高』ってとこだよ」
「なんですか、それ。めっちゃ最初じゃないですか。冒頭じゃないですか。わたしの話、聞いてました?」
「それが気になって、半分ぐらいしか聞いてない」
「台無しです!いろいろと。かえせ!わたしのトキメキをかえせ!」
水瀬はハアハアと息を荒げる。
「けれど俺の知っているつぐみは、一途で、ひたむきで、天然だけど思いやりに溢れたやつだぞ。別人の話だとしか思えん」
「そのあたりはまあ、つぐみお姉さまもこの一年でかなり変わられましたし。変わったというか本来の自分に戻っていったていうか」
「……何があった」
「知りません。わたしが出来たのは見守ることだけ。あまり心のうちをお見せするお方ではありませんでしたし……。わたしの方が知りたいです」
その後会社に戻った俺たちは寸劇を演じ、俺の社会的生命はかろうじて保たれた。
水瀬はフルマラソンを走りきったランナーのように、ヨロヨロと足をふらつかせ帰っていった。
俺は疲れた身体を引きずり、心にわだかまりを残し、家路についた。
家に帰ると両親がリビングで何やら広げていた。国内旅行のパンフレットのようだ。
「ただいま。なにそれ。どっか旅行にでも行くの?」
あまり遠出をしない両親だ。珍しい光景に俺は何気なしに尋ねた。
「おう、お帰り。いや急なんだが父さんたち、来週4泊5日で九州の温泉に行くことにしたんだ」
「へえ、また急だね。どうしたの」
俺の問いに母が嬉しそうに答える。
「お隣のつぐみちゃん、温泉旅行ペア無料券を二組当てたのよ。それでお隣のご夫婦と私たちで行くことにしたの。あなたとつぐみちゃんはお留守番ね」
おい、それは当たりクジではないぞ。絶対にだ。
「そんな顔をしないの。つぐみちゃん、『私、くじ運強いんです。次当てたら樹さんにプレゼントしますね』って言ってたわよ。期待して待ってなさい」
ああ、当たるだろうよ。ハワイとかタヒチとかモルディブとか。カップルに人気の旅行先が何故か当たるだろうよ。
このままでは不味い。敵の狙いは明白だ。
俺は活路を開くべく、電話をかけた。
「頼む!来週お前のところに泊めてくれ」
「それは構わんが……。どうしたんだ、理由ぐらいは聞かせてくれ」
「来週、親が旅行に行くんだ。その間に、やばい奴がやってくる」
「借金取りか」
「搾り取るという意味では似たようなもんだな」
「どんな奴だ」
「NっていうアイドルグループのHって娘を知っているか。あれのデビュー当時の感じだ」
「……ほおー。それはそれは」
「頼む。俺は狙われていて、このままではあいつのものになってしまう。助けてくれ」
「誰が泊めるか!爆ぜろリア充!!」
ブツッ。ツー。
こいつも駄目か。友達甲斐のない奴らだ。
ホテルに泊まろうにも学会と人気グループのコンサートで満室。空いているのはジュニアスイートだけで一泊12万円。泊まれるか!
どうすんだ、これ……。
前回と雰囲気を変えてみました。どちらがお好みでしょうか。ご意見をお聞かせください。
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