表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/98

天体観測の夜


高慢で冷淡で孤高。わたし、水瀬芽衣にとって早川つぐみとはそういう存在だった。


初めて彼女に会ったのは、わたしが高等部一年、夏休みの林間学校の時だった。

わたしたちの学院では、一年生全員参加で近くの避暑地で林間学校を行うことになっている。昨年体験した二年生が、そのサポート役として若干名参加する。彼女はそこにいた。




「ねえ、あの先輩めちゃくちゃ綺麗じゃない!あの人が担当になってくれないかな」


同じ班の女の子たちがざわめいている。彼女たちの視線の先を見ると、10名ばかりいる二年生の集団の中で一際眩い光を放つ少女がいた。それが「早川つぐみ」であった。


彼女たちの願いが通じたのか、つぐみはわたしたちの班の担当となった。

彼女たちは狂喜する。しかしその熱狂は長くは続かなかった。


つぐみは良い意味で実直。有り体に言えば融通が利かなかった。

他の班では課題はそこそこにして、指導員である二年生と戯れている。

つぐみはそういう事が一切なかった。

グループワーク以外のことは話題にせず、ただひたすら任務を果たす。

疎ましく思われるのも当然であろう。

他の二年生はそのように思われるのが怖くて、わたしたちに(おもね)ている節があった。

だがつぐみにはそういうものが一切ない。斟酌も顧慮もお構いなしだ。

その態度がつぐみの美貌と相まって、より独善的な印象を強めていく。

次第につぐみは浮いていった。




林間学校最後の夕方、わたしたちはこれから行う最後のイベントにわくわくしていた。

今夜は天体観測の夜。ペルセウス座流星群を交代制で計数観測とプロット観測するのだ。日常することのない深夜の友人たちとのイベントに、わたしたちは昂っていた。


飯盒炊飯(はんごうすいはん)で作ったカレーを食べていた時のことである。

「気持ちが悪い」

一人の生徒がそう叫び、嘔吐を始めた。

その場は騒然とした。皆の頭をよぎったのは食中毒という言葉である。

不調を訴えた生徒は過呼吸の症状を見せ、泣き叫び、ひどい興奮状態になっていった。

わたしたちは立ちすくんだ。そうしているうちにその周りで、同じような状態の生徒が次々と現れた。

皆過呼吸の症状に陥り、倒れていく。

地獄絵図だった。みな混乱の渦に巻き込まれた。

後になって調べると、これは集団ヒステリーに分類される事象なのだが、その時のわたしたちにはそんな事を考える余裕は無かった。


「落ち着いて。冷たい水を飲んで」

「4秒かけて息を吸って、4秒間息を止めて、8秒かけてゆっくりと吐き出す。浅い呼吸をしては駄目。呼吸回数が増えて過呼吸になる」

「周りの人は背中をさすってあげて。言葉をかけて落ち着かせて」


その中でただ一人冷静に泰然と対処していく人物がいた。……つぐみである。

彼女は天使だった。救いの御子であった。比喩ではなく、わたしには言葉そのものだった。

彼女の前に海は割れ、道ができた。




救護の医師も到着し、現場は落ち着きを取り戻しつつあった。

みな思い思いに集まり「よかったね」と涙ぐんでいる。

わたしの周りにもクラスメイトが集まっている。わたしの顔は彼女たちに向けているが、わたしの心はつぐみに釘付けされたままだった。

つぐみは平穏を取り戻しつつある現場を一望すると、ライトの灯る広場を離れ、暗闇へと消えていく。

わたしは彼女を追いかけた。




つぐみが向かったのは天体観測するのに予定されていた小高い丘であった。

この騒ぎでは、天体観測は中止だろう。

つぐみは丘に着くと、どさりと芝生に寝転んで空を見上げた。彼女の目には何が映っているのだろう。



「なにを……してるんですか」

わたしは勇気を振り絞り、つぐみに声をかけた。


「……あなたは?」

暗闇でいきなり声をかけられたのに、つぐみは悠然と声を発した。


「一年Ⅽ組の水瀬芽衣です。一応あなたの担当班の者ですけど」


「ごめん、私、人の名前覚えるの、苦手」

疲れているのかつぐみは途切れ途切れに話す。


「……なんでこんな所にいるんです。あなたは今回の英雄でしょう。みんなの所にいなくていいんですか」

わたしは純粋な疑問をつぐみに投げかける。


「はっ……」とつぐみは忌々し気に吐き出す。


「英雄ね……。英雄っていうのは慈愛の心に溢れ、その志によって人を救う人種のことを言うの。私のは後から自責の念にかられないためにする自己防衛。犬のフンを避けるようなものよ。そんな褒められたもんじゃない」

つぐみは遠い目をしてそう語る。その言葉はわたしではなく、ここにいない誰かに語られているようだった。




「星がきれいね。空が澄んでる。こんな空に、私は憧れる」

つぐみは両手を空に広げた。空いっぱいの星を掴まんとばかりに。

わたしはつぐみの横に寝転がった。


「流星群、見たかったな……」

つぐみは小さな声でつぶやく。


「いま見てるじゃないですか」


「一晩中見ていたかったの。これだけお星さまがあるんなら、その中に一つくらい私の願いを叶えてくれる奴がいるかと思って」


切なげにつぐみは語る。叶うはずのない物語を紡ぐように。






満天の星空の下、汚れたものが消え去った世界で……わたしは恋におちた。







日間ランキングから外れてしまいました。いつかこの日がくるとは思っていましたが、残念です。まだ週間ランキングには載っています。

一人でも多くの人にこの作品を見て頂きたいので、皆様のご支援、ブックマーク、星評価を心からお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ