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タレーランはかく語りき


俺は水瀬を連れ、うらびれた喫茶店に来ていた。

もっとお洒落なカフェもあり水瀬はそちらに行こうとしたが、とんでもない。こんな危険物を連れて、大勢の人で賑わう場所にいけるか。


店にはジャズが流れている。ステップを踏むような軽快なピアノの音、重く弾むようなベースの音が心地よい。壁にはマル・ウォルドロン演奏「レフト アローン」のレコードジャケットが飾られている。

この落ち着いた店には似つかわしくない目が血走った二人連れを、店主はにこやかな笑顔で、常連客は温かい無視で迎えてくれた。




「……やってくれたな、てめえ」


抑えきれない怒りに、俺の声は震えている。


「なんのことですか。わたしはただ『つぐみお姉さまを解放してください』とお願いしただけです」


水瀬は一片の疚しさもない目で俺を見る。本気で言っている。

理解した!ああ、こいつはつぐみの同類だ。

穢れのない純真さで周囲を混乱に陥れる。

落ち着け、樹。ものはやりようだ。こいつに悪意はない。問題なのは、その善意が明後日の方向に向いていることだ。軌道修正すればいいんだ。


俺はこれまでの経緯(いきさつ)を丁寧に説明した。




「……ということだ。理解してくれたか?」


説明を終えた俺は珈琲(コーヒー)を口にした。湯気をあげていた珈琲は、今や生ぬるくなっている。


「わかりました。樹さんは赤ちゃんプレイがマイフェイバリット(お気に入り)ということですね」


「話聞いてた?もういっぺんいくぞ!」


なんでそうなるんだよ。何周目だ、この説明。こいつと付き合っていたつぐみに尊敬の念を抱く。

俺はありったけの力を使い、母乳性愛者、ペドフェリア、露出狂、下着フェチ、猥語性愛者へとジョブチェンジしていく。




「わかりました。貴方にはつぐみお姉さまを凌辱する意思はないと」


三杯目の珈琲を飲み干した頃、ようやく話が通じるようになった。

喉はカラカラ、胃はチャプチャプだ

一を聞いて十を知ると云うが、こいつの場合は、一を聞いて十の並行世界を(つく)っちまう。こいつは地頭は決して悪くはない。理解力もある。ただその理解力を想像力が凌駕してしまうのだ。おまけに思い込みが激しいときている。


ここまでの道のりは……遠かった。




午後のうららかな陽が窓から差してくる。

柔らかな日差しが、疲れた俺の身体を弛緩させる。

頑張ったよな、俺。もう休んでもいいかな。

空から天使たちが降りてくる。

二人の天使が俺の両手を抱え、持ち上げ、天へといざなう。

――行っちゃダメだ。





現世に帰還した俺は水瀬を睨めつける。

お互いの理解は完了した。さあ、決着をつけようか。


「俺がそんな下衆じゃないってのは判ったな。……さて、てめえのしでかした後始末をしてもらおうか」


俺は悪魔のように微笑んだ。

俺は、甘かねえぞ。





俺たち二人は喫茶店をでて、狭い部屋に移動した。


「……なんでわたしがこんな事をしなければならないんですか」


「言っただろう、自分のしでかしたことに始末をつけてもらうと」


「でもこれはあまりにも……」


水瀬は涙ぐみ声を荒げる。


「叫びたければ叫べ!防音完備の部屋で叫ばれても、痛くも痒くもない。仮に聞こえたって、お楽しみをしてると思って誰も気にも留めねえ。さあ俺の言うとおりにやってもらおうか」


俺は野卑な声で水瀬に迫る。水瀬はきっと俺に鋭い視線を投げつける。数舜の沈黙のあと水瀬は観念したかのように俯き、小さな声でかすれるように言った。


「申し訳ありません。全部わたしの勘違いでした。わたしの先輩につきまとっていた男は、違う会社の人でした。わたしってドジっ子ですね。わははは。あなたは何も悪くありません。すべてわたしが悪いんです。ご迷惑をおかけしました。あなたが人でなしと言われるのは間違っています。あなたは神さまに誓って潔白です。みんなわたしの思い違いです。ホントにわたしっておっちょこちょいさん。てへっ」


「声が小さい!あと台詞棒読み!もっと感情こめろ!」


俺たち二人はカラオケ店で、俺への誤解を解くための寸劇を練習していた。

この後退社時刻に、あのエントランスで開幕するのだ。時間はもうない。




「なんですか、この頭の悪い子みたいな言い方。わたしこんな言い方しませんよ」


「てめえがどうこうは関係ねえ。頭の悪いクソガキが暴走したって事を印象づけるのが大切なんだ」




俺の社会的な、命をかけたレッスンは続く。




「ふぅー。なんとかなりそうだな。退社時刻にはまだ時間がある。早退届け出しているんで戻る訳にもいかん。もう少しここで時間つぶしていくぞ」


「うう、なんでわたしがこんな事を……」


「全部てめえのせいだろうが。被害者はこっちだ」


ソファーに力なく横たわる水瀬を見下ろし吐き捨てる。

彼女を見ていると色々な疑問が湧いてくる。俺はそれを水瀬にぶつける。


「お前、つぐみに振られたんだろ。それなのになんでそんなに尽くそうとするんだよ」


「なに言ってるんです?振られたからって、なんで好きって気持ちが無くなったり変わったりするんですか?好きって気持ちは自分がその人をどう思っているか、唯それだけのことでしょう」


「……一歩間違えればストーカーのセリフだな」


「根本的に違いますね。自己愛の道具として相手を扱うか、相手の幸せを自身の幸せとしてリンクするか。ゴキブリとカブトムシぐらい違います。まあ後者も行き過ぎると依存となり、褒められたもんじゃありませんが」



水瀬を見ていると、フランス革命時の政治家が言った「よい珈琲とは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い」という言葉を思い起こさせる。

こいつは、そんな生き方をしている。



「……わたしのお姉さまへの想いは、そんな簡単なもんじゃないんです……」






水瀬は望郷の念に駆られる流浪の民の目をし、遠い昔の日々を偲ぶように語りはじめた。


一日お休みし、申し訳ありませんでした。毎日投稿がんばります。


お休みしていた「スノーホワイトは増殖する~みんなが恋焦がれる白雪姫、手に入らないないなら増やせばいいじゃない~」連載再開します。高校時代の西條さん、楢崎さん、小鳥遊くんも登場しますので、よろしければご覧ください。


執筆の励みになりますので、ブックマーク、星評価をぜひお願いいたします。

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