オフィスの中心で、愛をさけぶ
久々にさわやかな朝を迎えた。
降り積もった雪がこれまでの憂鬱も途方に暮れる難題も覆い隠す。そんな新雪の世界にいるような気分だった。
「今日はご機嫌だな」
昨日のハーレム王、小鳥遊が声をかけてくる。
「お前ほどじゃねえよ、両手に花をきめやがって」
3〇には興味はないが、軽い嫉妬を覚える。
「量より質だろ。……結局アドレス教えてもらえなかった。おまえこそ西條といい感じだっただじゃないか」
「彼女とはそんなんじゃないよ」
そう、彼女とは深い交流をしたが、そんなんじゃない。
「まあ、そうだよな。あの西條がお前とどうこうなるとか、想像つかねえ」
「てめえ、やっぱり知ってやがったな。ん?その口ぶり、西條さんと親しいのか?」
「まあ、高等部からの十年近い付き合いだからな」
ちょっと待て。今こいつ、聞き捨てならないこと言ったぞ。
「おい、西條さんは女子高出身と聞いたぞ。……お前、トランスジェンダーだったのか」
「ちゃうわ。トランスしたのは学校の方。中高一貫の女子高だったのが共学になったんだよ」
ああ、吃驚した。特に偏見はないが、男だと思っていた奴がトランスだと知ったら、そりゃあ吃驚する。
「そうだよな、お前は生粋の女好きのダメ男だもんな」
「……ちょっと今、不穏な言葉を混ぜてなかったか」
「気のせい、気のせい。それでなんでまたそんな高校に行ったんだ?」
「……男女比1対100の貞操観念逆転世界って知っているか。世の中を知らない中学生の俺は、その夢にワンチャン賭けたんだ」
こいつ、アホだ。真正のアホだ。
「で、現実はどうだったんだ?」
「……あれは女子高なんかじゃない。がに股でドタドタと歩く女子。教室でムダ毛処理をする女子。ガハハと机を叩いて笑う女子。ナプキンが空を飛ぶ教室。……あんなの女子高じゃない」
……夢は遠くで見るものか。
内線の電話が鳴る。
「おい樹、呼び出しだ。受付にお前を訪ねて来てる人がいる。……早川つぐみという、F女学院の生徒さんだそうだ」
オフィスの空気が凍った。
女子社員は氷点下の視線を投げてくる。
男子社員は羨望と妬みの熱い視線を向けてくる。
だが俺はそんなものにはためらわず、振り返らずに受付に走る。
息を切らし受付に到着する。
受付に一昨日見た制服の後ろ姿があった。
だが何かおかしい。俺は違和感を感じる。
その制服の少女は、受付の女子社員の目くばせで俺の方を振り返った。
だれだ、こいつは。
その少女はつぐみではなかった。
その黒髪はつぐみと同じぐらい長く艶やかだが、綿菓子のようにふわふわとしていて、滝が流れるようなつぐみの髪とは違う。顔立ちもあどけなさを残した幼いものだ。
だがその瞳には、強い憎悪と怨念が灯っていた。
「初めまして 水瀬 芽衣 と申します。まずは早川先輩の名を騙ったこと、お詫び申し上げます。そうせねばお目もじ叶わぬと思い、不本意ですが騙らせて頂きました。……思ったよりお目立ちになる方ではないのですね。それにお召し物もお地味なご趣味でいらっしゃられる」
おい、上品には言っているが『華やかさに欠ける ダサイ奴』ってことだよな。なんで初対面の人間に、ここまでディスられなければいけないんだ。
「本日ここに参りました用向きですが、つぐみお姉さまのことです。わたし、つぐみお姉さまと親しくお付き合いさせて頂いていました。そして先日卒業式の日、……つぐみお姉さまに告白いたしました」
ちょっと待て、この娘もつぐみも女だよな。いや多様化の時代だからそれはいい。
けれどつぐみ、この間言ってたよな「私モテるんですよ。卒業式でも10人に告白されました」って。あいつの高校、女子高だった。そういうことかよ。
「二年間積み重ねた思いを言葉にして、わたしの思いの丈をお伝えしました。真夏の夜に天体観測した時の胸のときめき、学園祭の後夜祭で校庭の炎に照らされながら握ってくれた手の温もり、真冬の雪道で貴方だけいれば世界にはもう何もいらないと言って頂いた時のあの感動、すべて伝えました」
つぐみ、てめえなにしてやがるんだ。
こいつの言っていることは思い込みで、現実を振り切っているのは想像がつく。だがこんな奴に妄想を膨らませるネタを与えるんじゃねえ。
水瀬は段々とヒートアップしていき声のボリュームが上がっていく。大勢の人が行きかうエントランスで、俺たちは注目を浴びている。やばい!
「けれど、つぐみお姉さまはわたしの気持ちは受け入れられないと仰いました。『私の身は樹さんに捧げなければいけないの。あの人の子供を産まなければいけないの』と。お願いです、つぐみお姉さまを解放してあげて下さい。解放してくれるなら、わたしが身代わりになってもかまいません!どうぞこの身体を思いのまま凌辱してください!!」
彼女は世界中に届けと大声で叫んだ。
やめてくれ――――――――――――。
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