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肝胆相照


肝胆相照(かんたんそうしょう)という言葉がある。互いに心の奥底までわかり合い、深く理解し合うことである。……美しい言葉だ。




「ほら、酔い潰れた男性陣を介抱しにさっさと行く!」


「ううっ、わたしが潰したわけじゃないよー」


「煽ったのはあんたでしょ。争いの女神とか魔性の女とか言われる前にちゃんとフォローしときなさい」


遊び場の後片付けに戻る子供のように、楢崎さんはとぼとぼと沈酔した男どもの許に向かう。



「ごめんなさい、忍のやつがお騒がせしたわね」


「仲いいんだな、まるで保護者みたい」


「あいつとの付き合いも長いからね。中等部以来、もう十年来の付き合い」


「ふーん、そんな関係なんだ。ん?中等部ってその言い方……」


「うん、私たちミッション系のお嬢さま学校出身。箱入り娘だったのよ、これでも」


見えねー。お嬢さまの概念がゲシュタルト崩壊。


「お前らがお嬢さまの名を騙るなって顔ね。でもね自己弁護する訳じゃないけど、私たちがこうなったのも、その環境が影響したともいえるのよ」


西條は遠い目をした。


「私たちはね、それはそれは大事に育てられたの。汚いものに染まらないように、堕落さすものに触れないように。清く正しく美しく。でもね、それって無理があるの」


彼女はここでないどこかを見ていた。


「恋愛に(うつつ)を抜かさないように、若い男の先生はあまりいなかったわ。いるのは女の先生かおじいちゃん先生。校外の男性との交流もいい顔をされなかった。恋愛の罠にかからないようにって。短絡的よね、誘発するものから遠ざけたって思春期のたぎるパトスは抑えられないのに。

 出口を塞がれた感情は、体に心に圧縮され押し込まれ、とんでもない出口から噴き出すの。忍は二次元の男だけの世界。私は卑俗な欲望から脱却した心優しいおじ様。……乙女の園が創りあげたクリーチャーなのよ、私たちは」


西條は自らを嘲笑うような乾いた笑いをする。切ないね。



「貴方はどうなの、何か貴方からは私たちと似た匂いがする」


俺は誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。言うべきことではなかったのかもしれない。だが俺は今の俺を、これまであったことを聖職者に告解するように言葉が零れていった。



西條は眉間にしわを寄せている。うーんと唸り、溜息をついた後、俺の目を見てこう言った。


「……なんか、貴方も大変ね。私たちがまともに思えてきた」


そんなにか!俺は軽いショックを受ける。


「まあ、私がどうこう言えることじゃないし、社会に迷惑をかけない範囲なら、あなたが望むようにしたらいいんじゃない。そもそも私に答えなんて求めてないんでしょ」


そうだな、ただ俺は聞いてもらいたかっただけなのかもしれない。この聖母(マリアさま)のような西條に。





俺は空になったグラスで氷を鳴らし、ことのついでのよう西條に問うた。


「なあ、子供が欲しいって思ったりしたこと……あるか」


「また痛いとこ聞いてくるわね」


「悪い、センシティブな質問だったか」


「いや、いいんだけどね。私が目を背けているだけで、向き合わないといけないことだから」


西條は苦虫をつぶしたような顔をする。


「分かってはいるのよ。私とその人が同じ年齢まで生きたとして残り30年、私は一人で生きなければいけない。その時子供がいれば寂しくないかもしれない。けれど本当に子供が出来るんだろうか。その人の年齢では難しいかもしれない。それに前の奥さんとの子供がいたら、私との子供を望むだろうか。

そんなネガティブな考えで、夜眠れないことも多々ございます」


西條は呷るように酒を飲む。


「子供は……欲しいわよ。愛する人の子供が欲しいという気持ちは、私にもある。けどね、一番大切なのは愛する人の幸せ。それが私の望み」


切ないような声が鳴る。


「愛する人が天国に旅立つとき、幸せな人生だって思えるようにしてあげたいの。そのとき愛する人が見ているのは私じゃなくてもいい。前の奥さんとの子供でも、孫の姿でも」


自分に言いきかせるように彼女は語る。



「他の女の子みたいに同年代の男とつきあえば、そんな苦労はないんじゃないか」


ふっと彼女は息をもらす。


「仕方ないわね、これが私だもの。世間一般の女の子みたいに、同年代の男にきゃあきゃあいっていれば楽だとは思うわよ。けど好きなものは好き、好きじゃないものは好きじゃない。これは誤魔化せないの。やっかいだよね、人の気持ちって」



『厄介ですよね、こんな女。ごめんなさい。けど、これが私なんです』昨日のつぐみの言葉がリフレインする。

ああ、こいつらは常に俺たちより先に、高みに立っている。小さい時は女の子のほうが成長が早いと言うが、あれは嘘だ。俺たち男はいつまでたっても彼女たちに追いつけない。



「……うまくは言えない。けれど偽らない、余計なもので飾らない……そんな西條さんが俺には眩しく見える」


彼女は一瞬きょとんとして、目を大きく見開き、そして口元を綻ばして言った。


「たまごの殻をお尻に付けたひよっこが、知ったようなことを言わないの。そういう台詞はあと30年して、挫折して、それでも人を嫌いになれず、全てを包み込む人間になってから言いなさい」





敵わないな、この人には。

今夜の酒は、俺にぬくもりをくれた。


日間現実世界〔恋愛〕ランキング39位までいってしまいました。びっくりです。正直一昨日初ランキング入りした時、いつまでランキングに載っているかな、一日でも長く載っていればいいなと思っていました。まさかここまで伸びるとは。

ここまでランキングが伸びたのは、非常に嬉しいです。けれど本音を言うと自分の望みは、一日でも長くランキングに載って、一人でも多くの人にこの作品を見て頂き、一人でも多くの人にこの作品を愛して頂くことです。

これからも頑張りますので、ご支援お願いいたします。

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