2-1 二年後の午前四時
置時計の秒針が、枕元で時を刻む。午前三時五十分。私は、クッション張りの出窓から起き上がった。
忍び足でアトリエを歩き、桃色のカーディガンを肩に羽織る。あちこちが軋る板張りの廊下を、パジャマ姿のまま進み、私は玄関扉から庭に出る。
夜風はほんのりと甘い匂いがして、例年よりも暖かい。白いガーデンテーブルと椅子のそばには、季節が一回りして見慣れた樹木が、枝葉を慎ましく伸ばしている。炒り卵のような黄色の花が、ふわふわと丸く寄り集まって咲いていた。柔らかそうな花びらの下、月明かりにぼんやりと包み込まれたその場所で、一人で佇む青年を見つけた私は、安堵の息をそっと吐いた。
きっと、ここにいると思っていた。月光が落とす花の影を踏んで、木の下にたどり着いた私を、相手は朗らかに迎えてくれた。
「こんばんは。澪」
「こんばんは。彗」
「起きてくると思ってたよ」
二年前よりも背が伸びた彗は、大人びた顔で微笑むと、私にマグカップを差し出した。私は長い髪を耳にかけると、湯気が立つマグカップを受け取った。少し粉っぽくて青い甘さに混じって、温かいチョコレートの香りがする。
「ホットチョコレート。澪が、以前に紅茶を淹れてくれたから、真似てみた」
「私も、何か用意したらよかった」
「じゃあ、明日も二人で起きようか?」
「朝、起きられなくなるよ。一限、講義が入ってるのに」
ささやかな言の葉と、ホットチョコレートの湯気を揺蕩わせる私たちの頭上には、シナプスみたいな細枝が拡がっている。銀色がかった葉に交じって、小さな黄色の花が揺れていた。
再会の日から二年たった今も、私たちは二人でミモザを見上げている。それが少しだけ不思議で、くすぐったい。