1-1 午前四時の逢瀬
置時計の秒針が、枕元で時を刻む。午前三時四十分。私は、ベッドから起き上がった。
忍び足で部屋を出て、薄手のコートに袖を通す。コートの下は、白いニットにジーンズ姿。パジャマはとっくに着替えていた。夜を青々と映す鏡の前で、鎖骨に届く長さの黒髪を櫛で軽く梳いてから、帆布バッグを肩に提げて家を出た。
月が眩い未明の街は、夜風が以前ほど冷たくなくて、春の訪れを感じて胸が疼いたけれど、つらさは以前より薄れていた。歩道を照らす蛍光灯の道標を繋ぐように、桜の街路樹の坂道を上がっていくと、高校の校舎が見えてきた。
グラウンドを囲うフェンスの角では、毎日の通学で見慣れた樹木が、枝葉を慎ましく伸ばしている。炒り卵のような黄色の花が、ふわふわと丸く寄り集まって咲いていた。柔らかそうな花びらの下、月明かりにぼんやりと包み込まれたその場所で、一人で佇む青年を見つけた私は、安堵の息をそっと吐いた。
今夜も、会えると思っていた。月光が落とす花の影を踏んで、木の下にたどり着いた私を、相手は朗らかに迎えてくれた。
「こんばんは。澪」
「こんばんは。彗」
「その荷物は、どうしたの?」
「魔法瓶。紅茶を淹れてきたの」
「ピクニックみたいでいいね」
ささやかな言の葉と、紅茶の湯気を揺蕩わせる私たちの頭上には、シナプスみたいな細枝が拡がっている。銀色がかった葉に交じって、小さな黄色の花が揺れていた。
満開には、まだ遠い。少し粉っぽい甘さが、夜風に乗って青く香った。