この親にしてこの子あり
帝都アカモートに向けて東の村を出発してから約一日がたった。
辺りは段々暗くなり、空には一番星が輝き始めた中…テンション高めの博士を背に、俺は荒野を爆走している。
《おおッ⁉︎中々刺激的な
乗り心地じゃないか、
馬車なんぞより何倍も私好みだ!》
博士が興奮混じりで話す。
《眼部からの発光機能のおかげで
暗い道も問題なし!
今度は《バイク》というものも
試してみようかな?》
いやそれ試されるの俺なんですが…
《ゴキゲンそうな所悪いんだが、
そろそろ休憩させてくれぃ…》
こちとら目ん玉ピカピカさせながら
かれこれ三時間近く走っている。
《おぉすまない!つい楽しくなってしまってね。
この辺りで少し休もうか》
俺は徐々に減速し停車?させた、
どうやらここら辺に休憩場所があるようだ。
《よし着いたぞ。
今日はここで野営しよう》
博士の言葉と共に、俺はバイクから降りる。
そして目の前に広がる光景を見て唖然とした。
俺の目に入ってきたのは、
見渡す限り広がる巨大な湖。
その水面は月明かりによってキラキラと輝いており、
幻想的とも言える美しさを放っている。
《コイツはすげぇ…》
俺は思わず息を呑んだ。
《驚いたかい?ここは通称《唄の泉》
昔は妖精が踊り歌っていたと言われる湖さ。》
《妖精?そんなもんいるのか?》
ファンタジー作品ではよく見かけるが…
《どうだろう?何せ誰も見たことがないからね。》
《さぁ、そんなお伽噺は置いといて
野営の準備をしよう》
そう言って博士が手慣れた手付で
テントを設営していく。
正直意外というか…準備は全部丸投げしてくることを
覚悟していたので少し面食らってしまった。
《何?慣れているのが不思議かい?
まぁ父さんが亡くなってから
一人暮らしが長かったこともあって
家事全般は一通りこなせる。
研究の為に遠方へ旅する機会も
多かったからね。》
《そっか…》
《だから…こうして誰かと一緒に
野営するというのはとても新鮮な
気分だよ。》
…それから俺は焚き火を囲みながら
博士の身の上話を聞いた。
彼女の母親は幼少の頃に
出て行ってしまったこと、
父親は彼女が10歳の頃
亡くなってしまったこと、
それから今までずっと一人暮らし
だったこと、そして…
《私は父に似て人嫌いで、今まで
友人というものを持ったことがない。
今までも気楽でよかったが、
こうやって話し相手がいるのも
存外…悪くないな。》
彼女が俺をみて少しはにかむ。
《そ、そっか…》
俺はなんだか少しむず痒くなった。
俺自身、生前はあまり友達がいなかったし、
女子と話すことなんて年に数回あるくらいだった。
最初は頭のおかしい科学者にしか見えなかったが、
こうやって彼女の内面を知ると1人の少女なのだと
改めて実感する。…少女でいいんだよな?
《さぁもう夜も更けてきた、互いに休むとしよう。》
そうして出発してから二日目が過ぎ、三日目の昼には
帝都アカモートに到着した。
帝都と言うだけあってかなり大きな都市だ。
煉瓦造りの建物が立ち並び、行き交う人々の数も多い。
だがそれ以上に目を引くのは、街の中心部にある
巨大な塔のような建造物である。
《あれがアカモートの技術の中心、
魔導科学省の研究棟さ。ちなみに私たちの
目的地もあそこだ。》
《ほえぇ〜奥にあるお城よりもでかくないか?》
《実際科学省は国家の中枢を担っており
「帝国の叡智」と呼ばれている。
私の父は昔あそこで研究者として働いていてね、
そのツテを頼って来たと言う訳さ。》
《なるほどねぇ……》
《では早速行こうか。》
そうして俺たちは研究所へと向かった
ーーーーー しばらく走ると、 周りの建物とは一線を画す
近未来的なデザインの建物が見えた
入り口前には警備兵が立っている。
《さて着いたぞ。》
俺達は入口の方へ向かうと警備兵が声をかけてくる。
《お待ち下さい、ここから先は許可がないと
通行できません。》
《私はここの研究員、メルト・ヴィーガンの娘、
メリッサという。
父の研究成果を報告に参上した、
担当者に繋いで貰いたい。》
《これは失礼しました。少々お待ちください。》
すると警備兵は詰所に戻り、誰かと話し始めた。
《…はい、了解致しました。》
警備兵がこちらに駆け寄る。
《申し訳ありませんが本部より
面会不可と連絡がありました。
また後日出直していただいてもよろしいでしょうか?》
《なッ!?それはどういうことだ! 責任者を出せ!!》
《恐れ入りますが「メルトの関係者は通すな」と
上から指示がありまして…》
《くっ……》
どうやら入れてもらえないらしい。
彼女は歯噛みしながら悔しがり、
今にも警備兵に掴みかかりそうな雰囲気だ。
《…なんだなんだ?ケンカか?…》
博士の怒号を聞きつけて野次馬が集まってきた。
《…こうなったら強行突破で…!》
彼女がボソッと呟く。
いやいや流石に国家機関に殴り込みはシャレにならん
《すんません、失礼しましたー!》
俺は博士を担いで急いでその場を離れることにした。
《おいちょっと待ってくれ!
まだ話は終わっていないんだぞ!》
後ろから博士の声が聞こえるが無視した。
そのまま喚き散らす博士を抱え、俺は近くの飯屋に入った。
《とりあえずは飯でも食べて落ち着こうや、なぁ?》
《……分かったよ》
そうして俺達は注文を終え料理が来るのを待つ。
様子を見るに博士はかなりショックだったらしく、テーブルに顔を突っ伏して黙り込んでいる。
無理もない、やっとここまでたどり着いたというのに、その全てが門前払いされてしまったのだ。
しかしこのままだと本当に殴り込みに行きかねないので、何かフォローを入れなければ……
《なぁ……》
俺は博士に声をかけた。
《……なんだ?》
《いや……その……》
何とか慰めようとするが、気の利いた言葉が見つからない。
《大丈夫だ…私は……この程度で挫けるような
柔な女ではない……》
博士が顔を上げて答える
《ならいいんだが……》
俺はそれしか言えなかった。
それからしばらくして食事が運ばれてくる。
見た目は質素だがとても美味そうだ。
俺はスプーンを手に取り、スープを口に運ぶ。
…うん、味は悪くない。
博士もパンを頬張っている、どうやら食欲はあるようだ。
《しかし、これからどうするか…》
博士がパンを片手に呟く
《あの様子じゃ、まともに取り合ってくれそうにないな》
《分かっているさ、何か別の手を考えなければ…》
そうして俺達が頭を抱えていると…
《どうやらお困りのようですね…》
不意に後ろから声をかけられる。
そこには修道服を見にまとった金髪のシスターらしき女性が立っていた。顔はフードに隠れてよく見えない
《どちら様かな?生憎宗教の勧誘なら間に合ってるよ。》
博士が怪訝な表情で答える。
《いえ……私はただの修道女ですよ。ただ少しばかり、
人の悩みを聞くのが得意でして。》
そう言って彼女は静かに微笑む。
《ふむ……》
彼女の雰囲気には不思議な魅力があった。
まるでこちらの心の内を全て見透かされているような、
そんな感覚を覚える。
そして彼女は語り出す。
《失礼ながら先程の騒ぎを拝見させて頂きました
宜しければお話をお聞かせ願えませんか?
お力になれるかもしれません。》
…正直タイミングが良すぎて滅茶苦茶怪しいお姉さんだが、今は他にいい手立てもなく、
俺達は彼女に今までの経緯を話した。
《…事情は概ね理解致しました。
私から貴方方にお教え出来る
事が二つございます。》
シスターが語り出す
《まず貴方方が科学省から門前払いされた件ですが、
これはおそらくメリッサさんのお父上、メルト博士が
原因かと思われます。》
そういや警備兵がそんな事をはなしていたような…
《…その話、詳しく聞こう。》
博士が食い入るような表情で答える
《はい…メルト博士はこの帝都でも有名な人物です。
ただし…悪い意味で、ですが》
《なっ…⁉︎》
シスターが被せるように続ける
《メルト博士は優秀な科学者であると同時に科学省で指折りの狂人として知られています。
実験中に損壊した施設は数知れず、
研究の為には手段を選ばないその暴走ぶりからスタンピート《暴れ牛》・メルトとして恐れられ、数年前に科学省から追放されたと聞いています。
今回の門前払いについても、
博士の関係者ということで追い返されたのでしょう。》
《なるほど……確かにあの男ならばやりかねんな……》
博士が納得した様子でうなづく。
どうやらメリッサの親父さんは
かなりの変わり者のようだ。
こんな話を聞かされても彼女が全く驚いていないのが
何よりの証拠だ。
《ではもう一つの方法について聞かせてくれ。》
博士が尋ねる。
《はい、それは……》
シスターが話そうとすると、それを遮るように店の扉が勢い良く開いた。
《おい!西の大橋近くで《灰燼》が出たらしいぞ!》
入ってきたのは大柄な体格をした角刈りの男だった。
《…何だって⁉︎それじゃあ西部へ抜ける方法が
ねぇじゃねえか!騎士団は何をやってやがる⁉︎》
周りの客がざわつき始める。
《どうも「二つ名」相手じゃ部が悪いってことで、
二の足を踏んでるらしい。》
《おいおいマジかよ…》
《暫くはここで立ち往生かぁ…》
店内のざわつきはどんどん大きくなっていく。
《…説明の手間が省けましたね。》
再びシスターが話し始める
《私がお教えする二つ目の方法は
メリッサさんの研究成果である彼、マギドールの力を
科学省に認めさせる事です。》
《つまり…》
《ええ、今巷を騒がれている名持ちの魔獣
「灰燼」のゴライアスをボンドさんの力で討伐すれば、
いかにメルト博士の悪評があろうと、
科学省も無視できません。》
あれ…?これまた俺が酷い目に遭う流れなような…
《なるほど、悪くない提案だ。
だが、どうせ名を売るなら
派手にいこうか…!》
そう言うと博士はテーブルの上に立ち、
雷鳴のような大声を張り上げる。
《聞け!アカモートの市民達よ!
私は天才科学者のメリッサだ!
私は諸君らに宣言しよう、
かの《灰燼》は私の最高傑作、
マギドールのボンドが打ち倒してみせるとッ‼︎》
一瞬店内は静まり、その後嘲笑が噴き上がる。
《なに言ってんだ、
このお嬢ちゃんはぁ?》
《そんなしけた男が名持ちにかなうわけねぇだろうが⁉︎》
《夢見るのは寝てからにしなぁ!》
ーしかし、それを聞いたメリッサはニヤリと口角を上げた。
《笑いたいものは笑うがいい!
しかし後になって笑われるのは自分自身になるだろう!》
メリッサは続ける
《「灰燼」が討たれる様を見たいものは明日の正午、
西の大橋近くまで来たれ!
諸君らに新たな時代の幕開けをお目に掛けようッ‼︎》
メリッサは、そのまま俺を連れて店を出ようとした時、
店に残ったシスターが博士に資料のようなものを手渡し
妖しく呟いた。
《期待していますよ?お二方。》
店を出た直後、俺は博士に問いかける。
《おい博士、あんだけ大口叩いて勝算はあるのかよ⁉︎》
《もちろんあるともッ!何せ私は天才だからね。
あぁ、明日が今から楽しみだ…!》
博士はいつになくテンションが高い
かくしてまた厄介ごとを引き受けるハメになっちまった…
軍すら二の足を踏む化け物に果たして俺が敵うのか?
しかしこうなっちまったからには腹を括るしかねぇ…
そう思いながらも内心不安いっぱいな俺なのでした。