- 第1章 - 祈祷師5
「これで良いか?!」
『ああ、そのままからくり車を走らせておけ!』
「自転車な!」
『わかっとる!』
ハクは半目で俺を睨みつつも、護符を咥え取った。
余計なことを言うなと咎められた気がしたが、条件反射だったんだ。気にすんな。
俺の表情を見てまた心底嫌そうな眼差しを向けられたが、ハクは護符を咥えたまま自身の身体を発光させた。
すると、見る見るうちに護符が拡大していく。
「すっげ…。」
そうして2倍程に大きくなった護符を確認するとハクは小さく頷いた。
2枚の内の1枚を俺の胸に貼り付けて、残りのもう1枚を自身の背中に同様に貼り付ける。
即座に俺とハクの体が淡い緑色の光に包まれ、自転車自体も覆い尽くした。
『よし、このまま切り抜けるぞ!
今の我らには攻撃の術がない。なんとしても例の祠に辿り着かねばならん!』
「おう!」
護符の効果のおかげか、遠方に見慣れた景色が確認できる。
首のもげたカカシに安心感を覚える日が来るなんて、思いもしなかった…。
「あ、でもさ。もし例の祠がハズレだったらどうする?」
嫌な予感はどうしてこうも次から次に湧き出て来るのか。
もし今を切り抜けられたとしても、例の祠がハズレだったら?護符の効果が切れたら?
今の状況こそ、目的地に仕向けるような罠だったとしたら?
乾いていた両手が、また湿り始める。
『安心せい。かの山中からは懐かしい匂いがする。
大丈夫、恐らく味方だ。それも信頼できるな!』
「そうか、良かった!」
眉間の皺が無くなったハクを見て、ペダルを漕ぐ足が軽くなった気がした。
「よし、スピードを上げるぞ!」
__________________________________________________
_____________________________
かれこれ2時間は自転車を走らせていた感覚だ。本来であれば20分足らずで辿り着けるこの“ゴリラ山”。
敵の術中のせいか、護符をもってしても到着時間が大幅に遅れてしまった。
俺は麓ふもとに着くなり自転車を降り、そのまま崩れ落ちた。足が限界だ。息も乱れまくり正常な呼吸ができない。
「ハァ、ハァ…逃げ切った…のか?」
痙攣を起こしてしまった両足に鞭打ち、なんとかうつ伏せの状態から仰向けの体制に変えた。
月は雲に隠れているのか、途方もない暗闇が眼前に広がっている。星1つすらない。
俺は護符が入っているもう反対のポケットから、持参してきた懐中電灯を取り出した。
周囲を念入りに照らし当てる。
『ふむ、大丈夫そうじゃな。
この山の加護のおかげじゃろう。』
先に見回りに出かけていたハクが戻ってきた。
地面を駆けると草木に紛れて見失う懸念をしてしまったが、杞憂だったようだ。
宙に浮くその姿は、改めて非現実的な存在だと認識させられる。
闇夜の中で薄らと発光しているため、ちょっと便利だなと思ってしまった。
『歩けそうか?』
俺のだらしない格好を見て、ハクは怪訝そうな声を掛ける。
邪な考えを見透かされたようで内心驚いた。
「っく、もう少し待ってくれ。足に力が入らない。」
小刻みに笑う両足。徐々に落ち着き始めているが腰から下の感覚が無い。
先ほど一瞬感じた“死”の影響だろうか。今になって恐怖がじわじわと押し寄せてきたせいで、どうやら腰が抜けてしまったらしい。