- 序章 - ある日2
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『よくやったな。』
どうやら気絶していたらしい。窓から差し込む光に目を細めた。
あれから数時間経ったのか。オレンジ色に帯びた夕日が、俺の長く伸び切った影をゆらりゆらりと弄んでいた。
その様をぼんやりと眺め、はたと気付く。
「夢じゃなかったのか。」
むくりと上体だけを起こし、辺りを伺った。
部屋の隅に鎮座する隕石。今だに黒煙を撒き散らし、周辺の家具や壁を真っ黒に染め上げていく。
さらにポッカリと空いた天井が、行き場をなくした黒煙を吐き出していた。
わ、笑えねえ。
今だに目の前の惨状が信じられない。嘘のような超現象が起こり過ぎたものだから、出来る事なら夢であって欲しいと願ってしまう。
けれど。それを良しとしないのは…。俺は先ほど負傷した左肩を抑えた。
ちくしょう、この痛みは夢であるはずがない。じわりと広がる鈍痛が体を刺激する。
立ち上がると、足元も覚束ない。加えて…。
「おい、居るんだろ? ケシゴム犬。」
先ほどの人間離れした声色。頭に直接響く話し方は、否応でも忘れられない。
『なんじゃ"けしごむ”とは。わしならここに居る。』
声の出所を探って視線を巡らすと、居た。
消しゴムサイズの白犬は、隕石のすぐ側に座り首だけをこちらに向けていた。
『まあ、気絶するのも無理はない。
初めてにしては上出来じゃった。』
一応、何か褒めてくれているのだろうが、ふんと鼻を鳴らして言う様はいかにも偉そうでムカつく。
「どう言うことか説明してくれねえか?」
兎にも角にもだ。
言いたいことは山程あるが、先ずは状況を把握したい。
ケシゴム犬に掴みかかりたくなる衝動を必死に押さえ込んだ。
『そうじゃな・・・。』
そんな俺の様子を知ってか知らずか、ケシゴム犬は低く唸る。
そして、ぽむぽむと、腑抜けた足音を響かせながらこちらに近付いてきた。
思わず緩みそうになった頬を引き締める。
『本来なら、お主は平和に暮らして行ける筈じゃった。』
「はずだった・・・?」
あれ、何だか嫌な予感がする。眉間をしわくちゃにした間抜けな表情を見て、またも気が緩みかけたがケシゴム犬から感じるこの雰囲気。
今からとてつも無い爆弾発言をされそうな気がして心臓が高鳴る。あるはずもない非現実な想像をどんどん膨らましてしまう。
『左様。じゃが急を要する事態が起こった故、そうも行かなくなった。』
より一層、眉間に皺を寄せてくしゃくしゃの顔になったケシゴム犬。
真剣な表情のところ申し訳ないが、全く迫力が無い。この珍妙な生体は本当に一体、何者なのか。
い、いやいや無理やり思考を脱線させようとしても無駄だ。
先ほど以上に心音が煩い。
『これからは一般人を捨ててもらう。』
「は?」
『それも、今すぐに。』
「はあー!?」
俺の叫びを嘲笑うかの様に、カラスの鳴き声が一際大きく響き渡った。
金槌で後頭部を殴られたような感覚というものは、こういうものだろうか。
ぐわんぐわんと先程ケシゴム犬が発した言葉が頭中で反芻する。
多少の予想はしていたが、あまりに酷すぎないか?
この世に生を受けて17年。
平々凡々をモットーに、そこそこ平均の成績で文武両道を努めてきた。
友好関係もそれなりに付き合いを大事にしているため、悪くないはずだし、親友と呼べる奴もいる。
極めて普通の、どこにでもいる男子高校生だろう。
そんな日常はこうも簡単に崩れ去るのか。
改めて自身の部屋で起こっている惨状を目の当たりにし、自覚した。
俺の平々凡々ライフは、がらがらと崩れ去る音がした…気がした。