- 第1章 - 祈祷師14
『確か、あの上等な酒が使えるはずじゃ。』
ハクはごそごそと俺のリュックサックの中に潜り込み、日本酒の瓶を咥えて出てきた。
『これを御神体に掛けてみろ。その“まじっくぱん”とやらも消えるじゃろうて。』
「マジックペンな。」
『知っとるわ。』
ハクその場に日本酒を下ろし、すとんと座り込む。俺もそれに合わせて腰を屈めると、風景が一瞬で様変わりした。
今まで桜舞う境内のような景色が和式の部屋になる。突然別の映画のシーンに切り替わったような感覚だ。
そしてこの和室は、江戸時代にあるような、ザ・武家の部屋と言えばわかりやすいだろうか。
床の間に飾られた掛け軸には力強いタッチの山々が描かれており、その隣には刀身から柄まで真っ黒な日本刀が置かれていた。
掛け軸の山は、恐らく500年前の鞍馬山なのだろう。鞍馬に似た烏天狗達が山々の上空を駆けている。これは…鞍馬の仲間なのかな。
あちこちに視線を伸ばしていると、フッと鞍馬に微笑まれた。
『急ぎの事態が収拾すれば、またお招きいたしますゆえ。』
あ、そうか。つい物珍しさに見入ってしまったけれど、ここは鞍馬の部屋だよな。
自分の部屋を細かくチェックされたようなものだから…悪い事をしてしまったなと肩を竦めた。
「これも、鞍馬の力なのか?」
『はい、自身の神域は我が思うままに自在に空間を操れるのです。』
「へー。」
超常現象が起こり過ぎたせいで、もう気後れする事は無くなった。ただ凄いと感嘆な声を上げるだけ。
人間の慣れって上手く出来ているんだな。
『さて、ではこちらをご使用ください。』
そうして各々が日本酒を中心にして輪になるように座り込むと、今度は畳の上に白布が出現した。
「うっわ。」
凄いとは思うけど、この不意打ちには慣れないな。
俺は恐る恐る白布を手にすると、日本酒を染み込ませる。すると、途端に部屋一体が酒特有の香りに包まれた。
『おお、確かにこの酒は上物ですなあ。』
『じゃろう。現代にもこのような酒を生み出す者がおるとはのう。
どれ、ひと段落した後、一杯やろうではないか。』
『良いですなあ。』
爺さん臭い会話に切り替わった2匹を他所に、俺は御神体についたペン跡をせっせと拭き取って行く。
これも何かの力が作用しているのだろうが、適度に酒を馴染ませた白布を数回擦るだけで汚れがみるみる内に消えていく。
これ油性のペンだぞ。どこに書いても消えないで有名な、あのブランドのペンだぞ。
あまりにも革命的な汚れの落ち方に、母さんが知ったら発狂して喜ぶだろうな、なんて思ってしまう。
「こんなもんで大丈夫か?」
そんな風だから、数分も経たずしてすっかり綺麗な御神体になってしまった。