- 第1章 - 祈祷師12
遡ること10年前、確か小学校低学年だった時だろうか。
ゴリラ山は立ち入り禁止区域に指定されておらず、山道まで手入れが施されていたため当時は登山スポットとして知られていた。
近隣小学校の遠足先にも選ばれていたくらいだから、それなりに賑わっていたと思う。
当時の俺も、初めての遠足行事でこの山を訪れた気がする。
しかしその道中、俺だけ迷子になったのだ。
今思えば鞍馬の導きで神域に招かれたのだろうと推測できるが、クラスメイトと並んで歩いていたはずの景色が一変。
突然、俺一人きりの世界になってしまった。
けれど不思議と恐怖心は湧かなかった。心地よい鳥の囀りと、柔らかな風。それによってゆっくりと揺れる木々達。
まるで自分が何者かに歓迎されているような気がして高揚した。
そうして足を止めずに進んだ先に、祠を発見したのだ。
浮世離れした美しさにただただ感動した記憶を思い出した。
そして若気の至というやつか…あろう事か俺は礼を通さず無作法に祠の扉に手を掛けた。
そのまま鞍馬の御神体をフィギア感覚で掴み取り、なんてシンプルなんだと…俺の手で格好良くしてやると…。
リュックサックに入れていた筆箱からマジックペンを取り出して…。
ああ、満足気に微笑むチビ時代の俺が目に浮かぶ。
「…大変申し訳ございませんでした。」
『全くじゃ!どこのどいつに御神体に落書きする馬鹿がおるか!
居ったなすぐ側に馬鹿もんが!』
「あー五月蝿いなあ!消しゴム犬!」
プチトマトのように全身真っ赤にして怒るハク。
だが反対に鞍馬は冷静だ。
『まあまあ、こうしてお会いできましたゆえ。私は気にしておりませんよ。
…最も落書き以降ずっと幽霊扱いを受けてはおりましたが?』
あれ、冷静に見えていたが、実は相当抑えていたり?
鞍馬の背後に見えないはずの炎が燃えているのは気のせいだろうか。
羽毛で気付くのが遅れたが、薄らと見えるのは青筋だ。
やばい。鞍馬のようなタイプを怒らせると取り返しが付かなくなる気がする。
聞けば、祈祷師の直系が神域に持ち込んだ現世の物=マジックペンを使用した事がいけなかったらしい。
御神体とは、神仏が現世に居る事を保つための、言わば媒介を担うもの。
神域を介さずに落書きするだけであれば、何も影響は無いし落書きをされた箇所自体も経年変化で薄くなり、やがては消えて無くなるのだとか。
まあ間違いなく罰当たりな事には違いないが。
しかし神域を介してしまった事で落書きされた箇所のみが現世に写されてしまい、加えて祈祷師の直系にあたる俺が直接手を施した事によって、そう簡単に消えない仕組みが出来上がってしまったと言うのだ。