- 第1章 - 祈祷師11
「前に見た祠と全然違うんだけど…。」
俺が最後に見たのは2年前。その時は全体を苔で覆われ、しめ縄も今にも切れそうな状態だった…筈。
『何を言っておる、ここは神域。経年変化の影響を受けないこちらの方が本来の姿じゃ。』
「ふーん、そういうもんなのか。」
ハクはそんな半信半疑の俺を他所に、祠の前で手を合わせた。
『ほれ、何をぼさっとしておる、健も手を合わせるんじゃ。
先ずは挨拶。それと神域に招かれたんじゃからな、そのお礼じゃ。』
「お、おう。」
俺はハクの見よう見まねで手を合わせる。
両目を閉じて静かに深呼吸をすると、その場の空気がより一層冴えた気がした。
「えーお招きいただきありがとうございます。
俺の名前は大和健。えーと初めまして神様?…こんな感じ?」
『なんじゃその腑抜けた挨拶は。』
肩からずれ落ちたハクは、信じられないと言った表情で俺を見上げた。
「いや、神域内の礼儀なんてわかるはずないだろ!」
こっちは非現実の連続なんだぞ。
心臓がいくつあっても足りないという例えを、身をもって理解することになるなんて思わなかった。
『まあ良い、彼奴ならこれくらい多めに見てくれるだろう。
のう?烏天狗、鞍馬よ。』
『は、お久しゅうございます。ハク殿。』
はい、また新たな非現実が起こりましたよ。
ハクの問いかけに即座に応えた声。方角は背後からだ。
唯一の心当たりに、嫌なため息しか出てこない。
「さっきの幽霊、そうだろ?」
『先ほどは飛んだ御無礼を…申し訳ございませぬ。』
振り返ると遭遇した姿形とは打って変わり、想像通りの外見が片膝を付き頭を下げていた。
人と烏を掛け合わせたような獣人。全身黒く、頭と尾は烏そのものだが、それ以外は人間そのもの。
和装に、腰や太腿に取り付けられた武器は忍具だろうか。
言葉遣いといい、さながら忍者のような格好に思わずハクよりも役に立ちそうだと思ってしまった。
『今、失礼な事を考えておらんじゃろうな?』
一瞬だけハクと見比べただけなのに、全く察しが良い奴。
『ふむ。』
ハクは仕切り直すようにコホンと咳払いをし、烏天狗の前まで浮遊した。
鞍馬と呼ばれた烏天狗は尚も頭を垂れている。
『これ、そんなに堅苦しくするでない。全く久しいな、我が旧友よ。』
『は、旧友など恐れ多いことでございます。
しかし再びこうして相見えた事、主殿、ハク殿には深く感謝いたしまする。』
「ん、ハクお前、偉いのか?」
そんなちんちくりんな姿で?と言おうとした言葉を寸前で飲み込んだ。
ハクは今までにないしわくちゃな形相で俺を睨む。
『空気を読まんかバカタレ!久しぶりの再会に水を差すでない!』
『はっは、今代の主殿は面白いお方ですなあ。』
「いやだってよ…。」
消しゴムサイズの白犬に、烏天狗が頭を下げ続ける様子が滑稽でならない。
どう見たって逆だろう。
『主殿、ハク殿の見た目に騙されてはなりません。
今はこの…妙な姿ですが』
『妙とはなんじゃ!』
『あ、いや失礼…とにかく格式は私よりも遥かに上なのです。』
「…信じ難いな。」
『とことん失礼な奴じゃなお前はーー!』
俺の疑りに気付き、説明してくれた烏天狗には悪いけれど今すぐにハクを敬うことは難しそうだ。
さらに険しい表情になった俺を見て、ハクはキーキーと捲し立てる。
『その顔、まーた失礼な事を考えておるじゃろ。大体、“主殿”と呼ばれるにはまだ分不相応じゃ。』
「あ、そうだ。それは賛成!いつ俺が主人になったんだよ。」
『どうぞ鞍馬とお呼びくだされ。我が眷属は先代より大和家を支える様、申し使っておりますゆえ。』
だから主殿と呼ばせて欲しいと、今度は俺に向かって深く頭を下げる。
むず痒いったらこの上無い。
『見たところ、先刻開眼したばかりとお見受けします。
ならば先代と同じ力を手にするよう助力するまで。何なりと申し付けくだされ。』
素早い動作で太腿に差してある苦無に手を掛けたあたり、相当な手練れだろう。
逞しい肉付きの体躯も納得だ。
だが頼もしさはあれど、今後の想像をして不安に駆られた。
…つまり戦闘スキルを学べってことだよな?