- 第1章 - 祈祷師10
「ど、どうなってんだよ?!」
気が付けば土を踏み締める感触が無くなり、規則正しい配列の石畳に様変わりしていた。
はらはらと桜の花びらが舞い落ち、足下を飾っていく。
『はて、祠の場所を知っておったじゃろう?
来た覚えがあると思うておったのに。』
「…いや、こんなとこ…初めてだ。」
この世のものとは思えない美しさに、息を呑む。
駆け抜ける風がとても心地いい。
『ここは神道じゃ。呼ばれたものだけが入れる神域。
満開の桜とは…余程歓迎されておるようじゃの。』
ハクは懐かしそうに目を細め、尾をくるんと丸めた。
『よし、鳥居を潜る前にあの酒を出せ。』
「え、今ここでか?」
リュックサックに入れて来ていた、上物の日本酒を取り出す。
なぜ上物なのがわかったかと言うと、ある日親父が大事そうに飾っているのを見たからだ。
なんでもとある著名人からいただいたとかで、お祝い事に開けようと心待ちにしていた姿を思い返し良心が痛む。
親父ごめん。勝手に家から持ち出して来た事を内心で深く詫びる。
それと、この日本酒を選んだ理由がもう一つ。
ハクがこのお酒が良いと駄々を捏ねたのだ。
スーパーで購入してあった焼酎なども提案してみたが、このお酒が適していると頑なに言い張りやがった。
「まさかここで飲む気じゃねえだろうな?」
『いんや、掛けるんじゃよ。』
ハクはそう言うと、俺の手から日本酒を取り上げた。
どういう理屈でそうなっているのかは不明だが、日本酒を空中に浮かし、器用にキャップを開ける。
そして俺の頭上まで持ってきたかと思うと、徐に逆さまにした。
「ちょ、何すんだよ!それきっとすげー高い酒だぜ!?」
『動くなバカタレ!
神域に入るための礼儀よ。我慢せい!』
「それならそうと、事前に言ってくれない!?」
全身ずぶ濡れで酒臭い。当然、匂いに当てられて酔っ払うと思ってだが不思議と平気だ。
これも神域の効果だろうか。
『これでよし。祠までもう少しじゃ、行くぞ。』
俺の悲惨な姿を見てニヤリと笑ったハク。なんとなく満足気なのは俺の気のせいでは無いよな?
耳をそば立てると、はるか奥から微かな鈴の音が聞こえた。
奥へ進むにつれてちりん、ちりんと、響く音が辺りに反響して行く。
『お、あれが祠じゃな。』
ハクに導かれながら鈴の音を辿ると、今度は小さな祠が現れた。
鮮やかな朱色の屋根に覆われた木製の扉。漆のような光沢がとても美しい。
さらにしめ縄に飾られた紙垂は、くすみ一つない純白。
小さいながらもその荘厳な佇まいに圧倒された。
神聖な何かがこの扉の中にある、直感でそう感じる。