- 第1章 - 祈祷師9
ようやくお目にかかれた幽霊。
開いた口が塞がらないとはこの事か。
ゴリラ山に出る幽霊が実は烏天狗でした、だなんて…誰が信じるか!
『オオオオオオオオオオ!!!』
『姿形全く別物ではないか!』
ハクが何やら煩く言葉を掛けている傍らで、まじまじと観察させてもらった。
黒いもやが時折左右に揺れながら、縮んだり、膨らんだりを繰り返している。
極め付けは赤い双眼。思わずぶるりと震える。
先程の醜く歪み、鈍く光っていた眼光を思い出して唾を飲み込んだ。
目が合った瞬間、絶対にあの世に連れていかれると思った。
加えて、もやの周囲に冷気が漂っていることから、総合的にどう見たってこいつは”幽霊”だと考えざるを得ない。
それに俺の想像通りなら、烏天狗という空想上の生き物はまず、翼があるはず。
それが一切、紐付かない。
俺の熱烈な視線に気付いたのかどうかは知らないが、幽霊はこちらを向いて笑った気がした。
…恐怖でしかない。
『うーむ、ちと不味い状況になった。』
ハクはしわくちゃフェイスで俺に顔を寄せてきた。
深刻な切り出しのところ悪いが、本当にその表情は気が抜けるから辞めてくれ。
「まさか烏天狗じゃなかったとか?」
やっぱりなと頷いたが、どうやら予想は外れたらしい。
ハクは小さく首を振って続ける。
『此奴が烏天狗なのは間違いない。だが、出来んのじゃ。…意思疎通が。』
俺を凝視したまま、その場に佇む幽霊。
悪寒が半端ないのだが、確かに。叫び声以外に何も発言していない。
『もしかすると、核に何か異常が起きているのかも知れん。』
「核?」
『ああ、恐らく祠に納めてあるはずじゃ。急ぎ案内してくれ!』
「おう!この山道の突き当たりにあったはずだ。」
再び足を急がせる。荒れ放題の山道に湿った地面。
大木が生い茂っているせいで月明かりは期待できそうに無いし、懐中電灯は幽霊に遭遇した際に放り投げてしまった。
そのため、薄く発光するハクを頼りに進む。
幽霊はと言うと、俺の背後にピッタリ引っ付いて…いや、憑いて来ていると思う。
恐ろしくてとても振り返って確かめる事は出来ないが、背後から感じるこの悪寒は絶対にそうだ。
『お、ここじゃな。』
突き当たりまで辿り着くと、山道が二手に分かれていた。
「あれ、1本道だったはずなんだけど。迷ったか?」
『合っておるぞ。ほれ、左側の道をよく見てみい。』
「左?」
目を凝らしたが、何も感じ取れない。右側の道と同じような、草木が生い茂った山道があるだけだ。
『ふむ、目を閉じてみろ。』
今度は言われた通り瞳を閉じる。
すると、懐かしい気配に包まれた。祝詞を上げている時に感じたような不思議な感覚が湧き起こる。
「な、なんだ!?」
驚いて目を開けると、左側の道だけに突如、鳥居が現れた。
鳥居は見る見るうちに手前から奥へ、列を成して出現する。
さらに鳥居の左右に、とうに散り果てたはずの桜の木が出現し、乱れ咲いた。
桜も同じく手前から奥へ、徐々に出現する。そして一際大きな桜吹雪がぶわりと吹くと、晴天の青空が広がっていた。