小さな英雄(リトルブレイブ)編 CHAPTER Ⅱ. 7
7.
明らかに、白彌くんは無理をしている。
病院に向かうまでに何かあったんだろうか。けれど、今それを聞き出そうとしたところではぐらかされるのは目に見えている。それぐらいの距離感は掴めてきたつもりだ。
それでも、心配ぐらいはする。
「白彌くん、戦えるんだよね・・・・・・?」
「・・・・・・心配するな。大丈夫だ」
・・・・・・これ以上、何を語ったとしても、きっと、何も答えてはくれないか。
気付けば、空は夜の帳が下り月が眩く光り輝いていた。だがそれを、薄暗い雲が素早く覆い隠してしまう。
風が強く吹いた。
グラウンドのライトが不規則に点滅する。
暗闇に包まれた夜のグラウンドに足音が鳴り響く。
点滅するライトがその人物を捉えては闇に消えていく、その繰り返し。
やがて足音はこちらに近づいてくる。
こんな時じゃなければ、どれだけ喜んだだろう。
すぐさま駆け寄って、涙を流し、それでも笑いながらよかったねと言葉を紡いでいたはずなのに・・・・・・。
ライトは足下から徐々に下半身を照らしやがて上半身が見えるとついに完全にその人物を捉えた。
「・・・・・・昊姉ぇ」
相川昊は、半年は治らないと言われていたその状態からわずか1週間足らずで完治して見せた。そればかりか、今まで以上のコンディションであるようにも見える。
そんなことが、有り得るはずがないのに。
「大地!見て、私また走れるようになったよ!もう、入院してなくてもいいの。これで大会にも出られる。大地のあこがれのままでいられる」
まるで魔法にかかったかのような表情で屈託のない笑顔を見せてくる昊姉ぇの姿を見て、どうしようもないほどに悲しみと、怒りがわいてきた。
「もう、やめよう。昊姉ぇ。こんなこと、いけないよ」
「あははははは!走れる!私、走れる!あはは!」
尚も高笑いを続ける昊姉ぇに僕の言葉は届かない。
「よせ、大地。今のあいつに何言っても無駄だ。それより・・・・・・」
白彌くんが目配せした方向に僕も目を向ける。フェンスにもたれるように倒れている人影があった。
脚から血を流し、意識を失っていた。
まさか・・・・・・。絶望が全身に広がり、緩やかに僕の力が抜けていくのを感じた。
宮嶋小春先輩だった。
「・・・・・・どうして・・・・・・」
また、間に合わなかった。昊姉ぇが、また一人大切な友達をその手で傷つけた。もうこれ以上、その手を、昊姉ぇの夢を、汚させたくはなかった。
それなのに・・・・・・。
「昊姉ぇーーー!!」
「大地!」
猛烈な風が土煙を巻き上げながら僕の身体を突き飛ばした。「うぐっ」内蔵を押し潰されるような衝撃が襲う。グラウンドに巨大なシルエットが浮び上がった。
「出たな、モノケロース。大地!」
以前見た時よりもさらに大きい。全長はざっと見たところで20メートルはこえていた。
呼吸ができない。視界もぼやけてきた。だめだ、ここで倒れるわけにはいかない。
ようやく咳き込むと、地面に血の跡がひろがった。本当に内蔵がやられたのかもしれない。
それでも、今は・・・・・・!
「・・・・・・行こう白彌くん。あいつを倒すんだ」
「ああ!行くぞ」
僕の手の中でルミナスアークが光り出す。そしてその光は白彌くんを包み込んだ。
「「ライズアップ!アドベント!」」
白彌くんは光に変わり、それはやがて月のような眩い輝きを帯びた巨人の姿を顕現させた。
ルナティクス・オーバーロード。
僕たちの力。
きっと、救ってみせる。昊姉ぇを、僕たちふたりで。
「へえ、大地もそれ持ってたんだ。オーバーロード、だっけ?私の脚を治してくれたんだよ。この子」
昊姉ぇは、微笑をうかべ僕たちを見やる。
「その力に頼っちゃダメだ。昊姉ぇ」
「邪魔するの?私の願い、私の祈り。それを邪魔するんなら、大地でも許さない・・・・・・!やっちゃえモノケロース!」
モロケロースがその声に応じて勢いよく駆け出す。その姿はいつの間にか変化しており、完全なユニコーンの姿をしていた。
「こいつ、形態を変化できるのか!白彌くん!」
『分かっている!』
グラウンドを二つの光が照らす。だが、一角獣の光は月のそれを凌駕していた。激しい衝突を繰り返し、ルナティクスが次第に劣勢になっていく。
──────今だ!白彌くんの声が頭に響く。と同時にルナティクスが空高く飛び上がる。
何をするつもりなんだ・・・・・・?と僕は空を見上げた。
『馬の視界が広いなんてことはよく知ってるさ。、けどな、こうも空から奇襲を受ければお前はここまでだ!』
ルナティクスがモノケロースの背後をとった。今や完全に馬の形状と化しているモノケロースの首を掴み地面に横ばいに叩きつぶす。
「よしっ!やった」
思わず拳を握る。今のうちに昊姉ぇを、と視線を向ける。
昊姉ぇは呆然と立ち尽くすでも驚愕にのまれるでもなくただ、うっすらと、不気味な笑みを浮かべていた。
やはり、普通の状態ではないんだ。こんな表情を僕な今までかつて見たことがない。憎悪とも悲しみともつかない黒い感情が込み上げてくるのがわかった。どうにかそれを押さえつけようと心の平静を保とうとするが、次々と湧き出る思い出がそれを邪魔する。
僕はまた、ただ見ていることしか出来ないのか・・・・・・!
「うっああっああああ・・・・・・っ」
戦いの及ばない安全な場所に移したはずの宮嶋先輩が呻き声をあげる。彼女の脚から黒いモヤのようなものが浮かび上がっていた。するとそのモヤはモノケロースめがけて吸い込まれるようにして消えていく。
「何が・・・・・・?」
轟音が鳴り響く。ルナティクスが押さえ込んでいたはずのモノケロースが逆にルナティクスを追い込んでいた。その姿は、最初の騎士然とした姿になっていた。
・・・・・・まさか!
「気をつけて白彌くん!そいつ、回復してる!回復能力持ちなんだ!」
『もっと早く言え・・・・・・!この、ウマヤロー・・・・・・』
見る限り回復だけではない。明らかにパワーアップしている。そうか、これが昊姉ぇがこんな短期間で完治できた理由か・・・・・・!
「白彌くん・・・・・・どうしよう。どうしたらいい?」
僕にできることは何も無いのだろうか。でも、この場でただの人間の僕に何か出来るはずもない。それでも、と気持ちばかりがはやってしまう。
『相川昊の願いが、こいつと深く結びついてしまってるんだ。おかげで完璧に押し返されてる』
「願いが、結びついてる?」
願い。そうだ、それがオーバーロードの力の源であり、宿主との契約の証でもあるはずだ。
それならば、昊姉ぇの願いは「もう一度走れるようになること」だ。
そして気付く。いや、はじめ見た時から気付いていなくてはいけないことだった。それを見落としていた自分がますます情けなくなる。
今目の前でグラウンドを走って見せた時点で、昊姉ぇの願いはもうとっくに成就していた。
「・・・・・・待てよ。じゃあどうして、モノケロースは未だに昊姉ぇを回復させる?もうその必要は無いはずなのに」
──────もう願いは叶っているのに。
そう呟いた瞬間、違和感が喉の奥底で詰まるような感覚がした。
「白彌くん。オーバーロードが契約する願いは複数でもいけるの?」
『?いや、当然ひとつだけだ』
今なお激しい攻防を繰り広げる中で白彌くんは答えてくれた。
やはり、願いはひとつだけ。オーバーロードはただ願いを叶えてくれるだけのありがたい存在ではない。必ずその代償を食らう。それが何なのかは分からないけれど、未だに昏睡状態の佐瀬明を思い起こせばその考えは支持されるべきだ。
それが起きていない今、恐らく昊姉ぇの願いはまだ完全に成就した訳では無いということ。
それじゃあ昊姉ぇの本当の願いは・・・・・・?
僕のやるべきことが見えた気がした。
「白彌くん、ごめんもう少しそいつ抑えててくれるかな」
『何か、掴んだんだな?ああ、いいぜ。けど何か武器はくれ。以前の武器じゃダメだ。こいつの速さには勝てない。もっと速度と威力・・・・・・射程。そうだ、ウェポンに銃があったはずだ!そいつをくれ!それならいける』
「わかった!」
僕はルミナスアークに表示されたウェポン画面を操作し、そこに記された「RUNE BULLET」をタップする。すると、ルナティクスの手中に白銀の装甲に覆われた奇妙な形の銃が現れた。
バレルを円形のガードが覆いグリップと連結していた。弾倉のようなものは見えない。
ルナティクスが引き金を引く。銃口に光が集い、光線となってモノケロースへと向かう。
「光線銃!?すごい!」
『見とれてないでお前はお前のやるべきことをやれ!』
戦いは気になるが、今は白彌くんに任せるより他にない。
僕は僕のやるべき事をやる、つまり、昊姉ぇの本当の願いを知り、その思いを僕が果たしてやることだ。