小さな英雄(リトルブレイブ)編 CHAPTER Ⅱ. 6
6.
◇◇◇◇◇
夕暮れとともに赤紫色の闇が街を覆う。
白彌瑞月は一人、相川昊のいる病院へと向かっていた。夕日に長く伸ばされた影が別の人物の存在を知らせた。
「白彌瑞月、だな?」
「・・・誰だ。お前」
振り返ると、深くフードを被った小柄な人物がいた。その手には刃の付いた長い杖のようなものを持ち、異質さが際立つ。さらに目の前のそいつから放たれる威圧感は、これまで相対した巨大な敵すら凌駕していた。
警戒心は解かなかった。
意識した時には既にそいつは眼前にいて刃を首にかけていた。
「鈍いな」
間一髪、その凶刃から身をのけ反りかろうじて避けると、そいつはすかさず間合いを詰め二撃目を繰り出す。なぎ払い、突き、振りかざす。長物にも関わらずまるで自分の手足のように扱う。
素人の動きではなかった。
「お前、何なんだ!いきなり・・・!」
「そうか、お前は私を知らないか。私はお前をよく知っているぞ。白彌瑞月。いや、ルナ───」
その言葉を言い終える前に渾身の力を込め首をおさえ電柱に押しつぶした。
「おまえ・・・ラボの人間か」
「・・・なるほど。記憶は戻っているのか。ならばなぜ、オーバーロードにならない?私がただの人間でない事はとっくに分かっていただろう?」
「・・・!」
「それとも────お前、オーバーロードになれないのか」
フードの下から羊をあしらったような奇妙な仮面をつけた少女の顔が覗く。
と、腹部に鈍痛が響いた。
少女の蹴りが体を勢いよく向かいの塀に突撃させる。
「・・・カハッ・・・!」
「覚えておけ。私の名は、アリエス。今はまだ邪魔をしてくれるな。直に、奴の食事が終わる」
アリエスはそう言い残すと闇へと消えていった。
食事が終わる。それの意味するところは、恐らく───。
時間はもう、残されていないのかもしれない。
余力を振り絞り、病院へと急いだ。
◇◇◇◇◇
空の明かりが夕闇に解けて消えていくにつれて、街明かりはその輝きを灯していく。
夜が近い。
僕の全速力はたかが知れている。それでも、この足を緩めることはありえない。
病院の面会時間はとっくに過ぎていた。
けれど、そんなことはもはや関係なかった。一刻も早く、確かめないと。
病室には、誰もいなかった。
「・・・どうして」
その時、着信が鳴った。
慌ててスマホもとい、ルミナスアークを取り出す。
着信の相手は、宮嶋先輩だった。
「先輩?どうしたんですか?」
「助けて!」
「!」
その悲痛な叫びは、状況を察するには十分だった。
「先輩!今どこにいるんですか?何があったんです!?」
「わかんない。急に、何かが私の脚を・・・!白彌くんにかけても出なくて・・・どうしよう、助けて弟くん・・・三崎くん!」
やっぱり、モノケロース!白彌くんも電話に出ないなんて・・・!
もしかしたらそこに昊姉ぇがいるのかもしれない。その焦燥感が僕の身体をざわつかせる。
「先輩は今どこに!」
「う、うん・・・学校。グラウンドで走ってたら、私・・・」
「分かりました!どこか安全な場所に隠れていてください!白彌くんを連れてすぐに向かいますから!」
返事はなかった。すでに通話は切れていた。
・・・きっと大丈夫。そう言い聞かせ、病室を後にしようとした時、
「相川昊は、学校にいるのか・・・」
「・・・白彌くん・・・」
扉にもたれ掛かるように白彌くんがそこにいた。
「行くんだな」
「・・・うん。助けに、行かなくちゃ」
「分かってるのか。俺たちが行けば、お前は相川昊と」
「分かってる!!」
分かっている。そう。もう事実としてこの状況が物語っている。
「だから、助けなくちゃいけないんだ。こんな悲劇を、昊姉ぇに繰り返させちゃいけないんだ」
白彌くんは正しい。最初から全てを見抜いていた。
でも、僕は───。
「大地」
白彌くんが真っ直ぐに僕を見つめている。
そして、一切の迷いなく告げる。
「一緒に行こう」