小さな英雄(リトルブレイブ)編 CHAPTER Ⅱ. 4
4.
想像してみてほしい。
しなやかな曲線を描き豪脚を持って大地を駆ける馬という生物を。そんな生物が、人間の数十倍ともいえる巨大な姿となり同じように大地を駆けたとしたら。
それはもう、大地震のような地響きを鳴らし二千メートルなど秒で駆けてしまうことだろう。
というか、人間など優に飛び越えられるか、道端に生える草のように踏み荒らされるのがオチだ。
つまり、
「こんなやつとまともに戦えるの?」
一角獣座のオーバーロード、モノケロースがトラックを駆け回る。
それをルナティクスとなった白彌くんが追いかける。巨人となっても、すばしっこいあの一角獣を相手取るのは状況を見ても一筋縄にはいかないようだ。
『くそ・・・っ!さすがに速い』
以前戦ったリンクスも素早さには長けていた。だが、今回の相手はまるで異次元の速さだ。
『大地。アークになにか表示されていないか?』
「えっ!?ルミナスアークに・・・?」
言われるがままにルミナスアークの画面表示を確認する。
▷WEAPONS
───RUNE EDGE
──RUNE SWORD
─RUNE BULLET
「ウェポン・・・?武器かっ!」
目に付いた最もわかりやすいRUNE SWORDをタップする。すると、ルナティクスの腕に特になんの変哲もなさそうなロングソードが現れた。
『ソードか・・・。まあいいや』
白彌くんは少し、というか割と不満そうな声で呟いた。
こっちだっていきなりのことで何がなんなのかわかってないんだよ!ていうかなんで全部英語なんだよ、初見で分かるわけないだろ!と文句でも言ってやりたいところだが状況が状況なだけに僕は少しでも距離を取るために動き続けるしか無かった。
「弟・・・くん?これなに?何が起こってるの?」
「・・・っ!宮嶋先輩」
しまった。まだここには宮嶋先輩がいるんだった。狙われてるのはおそらく彼女だというのに。
土壇場ですっかり忘れていたが、白彌くんがオーバーロード化するのを先輩の前でやってしまった。言い訳どうしよう。
「ねぇ、この地震みたいなの、なに?砂嵐も巻き起こるし・・・それに、白彌くんはどこいっちゃったの?無事なんだよね?」
「えっ、見て、ないんですか?白彌くんの変身」
思わず口走ってしまった。
「変身?ちょっと!いくら弟くんでもこんな時に変な冗談、怒るよ?」
─宮嶋先輩には、オーバーロードが見えていない?
『クソっ!こいつやっぱ速い!』
ロングソードを振りかぶるもいずれもその攻撃は当たっていなかった。
俊敏な動きに翻弄され、ルナティクスはほぼ棒立ち状態だった。
考えている場合じゃない。今は、とにかく動かなきゃ・・・!
「宮嶋先輩っ!こっちです。白彌くんなら無事ですから!今は早くここを離れましょう!」
「本当に?信じるからねっ!?」
宮嶋先輩の手をひいて砂嵐舞うグラウンドを駆け抜ける。
「ごめん。弟くん」
「いえ、いいんです。とにかく早くここを・・・」
「あ、ううん違くて」
「え?」
「走りにくいから。私が君を背負って走るね」
「・・・あ、はい。すみません」
まるで子守りでもされるように背中におぶられ、僕たちは公園を出た。
公園の外では、何が起こっているのかと野次馬が次第に集まっているようだった。
息を切らし走りきった宮嶋先輩をその人だかりの中休ませる。
「出来れば、僕たちが足止めする間にもっと遠くへ逃げていてください」
「・・・え?弟くん?」
「大丈夫です。僕と白彌くんでこの事件も解決してみせます」
不安な眼差しで見つめる先輩に踵を返し僕は再び白彌くんが戦っているグラウンドへ戻る。
そうだ。僕たちが解決するんだ。
昊姉ぇを守るためにも。
◇◇◇◇◇
『大地は上手く逃げられたみたいだな・・・』
白彌瑞月は、オーバーロードの精神の部屋、とでも言うべき空間に手足を仄白い光を放つ鎖に縛られた姿で外の様子を把握していた。
彼自身その状態であることは既に受け入れているようで、というのも前回のオーバーロード化の時も自分の手足は鎖で縛られていた状態だったからだ。
だが、かつて自分の力だけでオーバーロード化した際にはなかった現象のはず・・・。
と、同時に腹部を衝撃が襲う。
外のモノケロースがルナティクスに膝蹴りを食らわせていた。
『ぐっ・・・!』
ルナティクスはルーンソードを咄嗟に振り切りモノケロースに斬撃を与えようと薙ぎ払う。しかしその攻撃はまたもやかわされてしまう。
何度もそんな攻防が続いていた。
──大地が、近くにいないだけでこの体たらくかっ!
せめて、こいつのウィークポイントでも見つけられれば・・・。
ルナティクスは大きく飛び上がり状況の立て直しを図る。
だがそこで妙な違和感を覚えた。
上空から狙いを定め敵に向かって急降下する。その勢いのまま、ルーンソードで斬りかかった。
モノケロースは一瞬、反応が遅れたように見えた。
剣先がわずかにモノケロースの胸の装甲をかすめた。
『まさか、こいつ・・・』
モノケロースは後ろに飛び退く。公園の外にちらりと目線を向けたかと思うと、そのまま光となって消えていった。
『・・・!』
どこかに行ったわけではない・・・。撤退したようだ。
公園の入口から大地が走ってくるのが見えた。
◇◇◇◇◇
「ねえ、あれは一体なんだったの?君たちは何をしていたの?」
運動公園は警察が封鎖して簡単な捜査、というか現場の確認を行っていた。僕たちは、その喧騒に乗じて移動し、宮嶋先輩を落着かせるため近くにあったチェーン店のカフェに来ていた。
「はっきりとは言えない。だが、先輩がまだ狙われるかもしれないってことだけは覚えておいてくれ」
白彌くんがブラックコーヒーを啜りながらぶっきらぼうに宮嶋先輩の質問に答える。
僕はブラックのような苦い飲み物は苦手なのでコーラフロートを注文した。宮嶋先輩は僕たちの奢りということでカフェラテに、フレンチトーストとサラダのセットを注文していた。
「隠し事がある、ってことは認めるんだ?」
物腰こそ穏やかなものだが、その内にある憤りが見て取れて全然穏やかじゃない宮嶋先輩が詰寄る。
「言葉にしても、それを実際に信じられるかは別だ。現にあんたは何が起こっていたのか目の前で見ていたのに何も感じられていなかった。それは隠し事とは言わない」
「そんなの屁理屈じゃない!」
「お、落ち着いてください先輩!白彌くんもなんでそんなに煽るようなことばっかり言うんだよ」
「・・・俺は・・・悪くない」
「・・・僕もまだ、納得はしてないからね。昊姉ぇのことも、君のことも」
雰囲気は最悪だった。
「・・・・・・」
白彌くんは完全に沈黙してしまった。
「・・・なんなの、君たち。・・・もういい。私、帰るね」
「あ、先輩!一人は危険です、僕も一緒に」
「いい。またね」
「・・・・・・」
カフェのドアに取り付けられた呼び鈴が、虚しくカランカランと音を鳴らした。
十分としないうちに僕と白彌くんもそこを後にした。
僕は次の日、学校を休んだ。