小さな英雄(リトルブレイブ)編 CHAPTER Ⅱ. 3
これまでの物語。
体が小さくいじめられっ子だった三崎大地は、なぞの転校生、白彌瑞月にいじめの現場を助けられ友人となる。しかし、いじめの主犯だった佐瀬明が願いを力に変える怪物を手にし報復する。
絶体絶命の中、白彌瑞月は三崎大地も協力し自らも《ルナティクスオーバーロード》となりそれを打ち破る。
佐瀬明の事件に巻き込まれ、大地の義理の姉相川昊が大怪我をおってしまったことに大地は後ろめたい気持ちを感じていた。
また白彌も自分の素性を明かさないことで二人の間に溝が生じてしまう。
その状況に追い打ちをかけるように、昊が所属していた陸上部の面々が次々と怪我を負う事件が発生していた・・・。
3.
小さい頃、僕はひどく居心地が悪かった。
何もわからないまま、誰も知らない場所に、誰かもわからない人に連れられて。
僕の手を引いていた人物は黒いスーツに身を包み、黒いハットにサングラスをかけた男だった。全身黒ずくめの姿がやけに印象に残っている。顔は覚えていない。
昊姉ぇに会ったのもその時だった。
両親の後ろに隠れて、顔だけ出してこちらを伺っていた。その時は今ほど活発じゃなかったように思う。
初めて声をかけられた時、僕は何も喋らなかった。
ただこの居心地の悪さに苛立っていた。
その度に昊姉ぇは目に涙を浮かべてしかめっ面をしていた。子供っぽい、というのは子供に言うのはおかしなことだけど本当に子供っぽい人だった。
今のような関係になったきっかけはなんだったっけ?
「大地?大丈夫か。そろそろ行くぞ」
白彌くんが顔を覗き込むように僕に声をかけた。
というかいきなり顔を出すのはやめて欲しい。心臓に悪い。
僕たちは今、昊姉ぇのお見舞いに行ったその三日後の放課後、学校の近隣のとある運動公園に来ていた。
ここには陸上用のトラックが用意されており、よく陸上部員らが利用しているらしい。だが、今ここはある事情により使用禁止となっている。
いや事情、と言うよりも事件だ。
それもまた、怪物がらみの。
「ここでもう三件目だ。しかも・・・・・・陸上部員ばかりが狙われている」
「・・・・・・・・・うん。はやく、何とかしないと。・・・これ以上、昊姉ぇのような人を生まないために」
事が起き始めたのは一昨日からだった。正確には、僕と白彌くんが昊姉ぇのお見舞いに行っていたその日の放課後。
つまり、僕たちが昊姉ぇと面会していた時間帯に一件目の事件が起きていた。
そして今回がその事件から数えて三回目の事だった。
一人目は、短距離走でレギュラーをとったばかりという一年の女子部員。続く二人目は、昊姉ぇの怪我による繰り上がりでレギュラーになった二年女子部員。
今回の三回目にしてついに昊姉ぇの友達でもある三年の笹木先輩が狙われた。
「どうして、陸上部の人ばかりが狙われているのかな・・・」
「・・・さぁ、な。考えられるとすれば、陸上部になにかの恨みを持った奴か、ただのやっかみか。・・・・・・もしくは、陸上部員の誰か、とかな」
わざとなのか、白彌くんは引っかかるような言い方をする。僕が、聞き返すことを期待するように。
「・・・・・・心当たりが、あるんだね?」
「ああ。今はただの勘でしかないが」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺はたとえお前の身内でも、容赦はしない。オーバーロードは、必ず潰す」
「・・・・・・まるで、僕の身内に犯人がいるみたいな言い方だね」
僕は思考が早いわけではないけど、言いたいことを察する事くらいは出来る。
白彌くんは、昊姉ぇが今回の事件を引き起こした、オーバーロードの宿主だと言いたいのだ。
「・・・でも、そんなの・・・っ!」
白彌くんは涼しい顔をしていた。気に食わない。
「昊姉ぇだって、決まったわけじゃない!」
「ああ。そうだ。言ったろ、まだ勘でしかない、て」
白彌くんの冷静な口調がその残酷な宣告をより際立たせる。この男に、感情というものはあるのだろうか。
「そこで何してるの」
不意に背後から声がした。聞き覚えのある、女子にしては少し低く、おっとりした声だった。
「・・・宮嶋先輩」
私服姿で現れた宮嶋小春先輩は、不審者でも見るように僕たちを睨めつけた。
「・・・!弟・・・くん?それに白彌くんも」
警戒を和らげた宮嶋先輩は訝しみながらも僕たちの方へ歩み寄ってきた。
立て続けに起こった事件のために、部活動は一切の活動を止められてる。そのため、放課後の時間はたっぷりとあるのだろう、少しゆったりとしたシルエットのカーディガンに、ラフなシャツとデニムパンツを合わせた服装をしていた。
「先輩こそ、どうしたんですか?」
「それ、わざわざ聞くことかなあ」
むくれるような顔が妙に可愛く見えた。
「そうですよね。すみません」
視線を白彌くんの方へ移しながら生返事をする。
白彌くんは少し離れたところで調査を続けていた。こちらの会話に混ざるつもりは無いようだ。
「白彌くんは何してるの?」
宮嶋先輩はその距離感をあえて無視したのか平然と白彌くんを会話に含めてくる。
「・・・・・・・・・。いえ、今回の事件の調査をしているだけです」
さすがに無視はできないのか、曖昧な言葉でそれに応える。
「そういえば君たち、昊が怪我しちゃった時もそんな感じで調べたよね?やっぱり、なにか関係があるの?・・・その・・・昊と、この事件に」
このタイミングでその質問はやめてください、そう刹那的に思ってしまった。
「・・・相川昊とこの件の関係性は分からない。今のところはな」
白彌くんが答えた。
「そっか、そうだよね。うん。ありがとう」
意外だった。もしかして、気を遣ったのだろうか。
彼なりに、何か思うところがあったのかもしれない。そう思うと、先程までの自分の言動が子供じみているようで恥ずかしくなってきた。
僕もひとまず表情だけでもうかべて安心させよう、そう思って宮嶋先輩の方へ顔を向けた───
「危ないっ!」
とっさの出来事だった。
宮嶋先輩のいた地面から、巨大な杭のようなものが突き出てきたのだ。
一瞬の判断が功を奏した。宮嶋先輩を突き飛ばし、直撃を防いだ。
「いった・・・。なに・・・なに!?」
一歩違えば、大怪我はおろか、命の危険さえあった。
これが、今回のオーバーロードのやり方か!
どんな手を使ってでも対象を屠ろうとでも言うのか!
「来るぞ、大地。ルミナスアークは持ってるな?」
「うん。いつでも行けるよ・・・でも」
言葉が終わらないうちに、新たな杭が突出する。
土煙が立ち上り、周囲を塵がまう。その陰に七つの光がきらめく。光はやがて集結し、ひとつの型を作ると拡散し巨大な怪物の姿を作り出した。
額に一本の巨大な角を持つ半人半獣の怪物。馬のような顔を持ち尾を揺らすその姿は異質な存在でありながらどこか神秘的な雰囲気を持つ聖獣のよう──。
──一角獣。
「一角獣座の、オーバーロード・・・!」
今回もここまで読んでいただきありがとうございます。
次回更新までさらば!