小さな英雄(リトルブレイブ)編 CHAPTER Ⅱ. 1
おはようございます。こんにちは。こんばんわ。
前回からの続きです。ここからは刻んで更新していきます。
どうぞよしなに。
CHAPTER Ⅱ.
1
あたりは夜の闇を、月明かりが照らし出している。6月にもなるというのに箕島山展望台はまだ、肌寒さが残っていた。
この展望台の名称を知ったのは、先程までの戦いで意識を失った佐瀬明を病院に送るため救急車を呼んだ際の事だった。どうやら、この展望台は以前から身投げの定番スポットとなっていたようで、年に数回はそういった類の通報が相次いでいたそうだ。
僕のお気に入りスポットの敷地内でもあり、白彌くんと綺麗な景色を見た場所でもあるのは、なんというか、・・・実に知りたくない情報だった。
巨人となっていた白彌くんは、無事に元にもどれた。
正直、あのまま元に戻らなかったらどうしようかと思っていたところだ。それに、人に戻った際に、瀕死レベルの大怪我も元に戻っていた。
もしかしたら、白彌くんは人ではないのかもしれない。では彼はなんなのかと言われるとさっぱり分からない。
何より彼自身、「まだ言えない」としか言わないので詮索のしようもなかった。
今はこの状況を自分なりに落とし込むことしか出来ない。
「大丈夫か?大地。その、いろいろと」
ずっと考え込む僕を白彌くんが気遣ってきた。
「ううん、大丈夫。ありがとう」
・・・よくよく考えると僕がここまで考え込む原因は君だと思うんだけど。ひとまずその考えは宙に投げた。
「・・・なんだ、これ」
翌日、登校して一番に目に飛び込んできた光景は実に不可解なものだった。
あれだけ大きな傷跡を残していたはずの校舎は、何事も無かったかのように元に戻っていた。崩壊し骨組みが見えていた壁も、粉々に砕け散っていた窓ガラスも何もかもが、まるでそんなことは起きていなかったかのように健在だった。
そればかりか、昨日あれだけ騒ぎになったはずなのに、生徒も教師も、誰一人としてその異常を認知しているものはいなかった。
それじゃあ、昊姉ぇのことは・・・!?
僕は急いで校舎の昇降口をくぐり、階段を駆け上がった。目指したのは昊姉ぇの教室だった。
三年C組、そこが昊姉ぇのクラス。三年の教室であっても、その賑わいは一年のものとさほど違いはなくそれぞれがおもいおもいの会話を繰り広げていた。
昊姉ぇの姿はどこにもなかった。
「あれ?君一年の・・・そう、昊の弟くんだよね!」
突然教室の中から声をかけられふと我に返った。
上級生から声をかけられた。というか、僕は今なんの前触れもなく突然三年の教室に駆け込んできた、奇妙な一年に見えていることだろう。
「ん?違った?でもその小さい背の男子生徒なんて弟くんぐらいだし・・・」
「なになに?ミヤコ。あの可愛い男の子がどうかしたのー?まさか彼氏?」
「違うよ、絵里。ほら、昊の弟くんの、えっと確か・・・大地くん」
「あ〜!あのちっこい」
昊姉ぇの友達らしいふたりの女子が僕のことをあれこれ言っている。なんというか、それだけでもう耐えられないくらい、恐ろしかった。
「・・・あ、あの。昊姉・・・相川先輩は、いませんか?」
おずおずと尋ねる僕を怪訝そうな顔で見る。二人は示し合わせるように顔を見合せほぼ同時に頷く。
「弟くんなら分かってるよね?昊、昨日事故にあって今入院してるって」
事故。そう、たしかにあれは事故と言って差し支えないだろう。だが、その実態はまるで違うはずだ。
そしてやはり、昊姉ぇの入院という事実は、書き換えられてはいなかった。
ショックで打ちのめされていると、遠くの方で何やら恐ろしい話題が聞こえてきた。
「おい、聞いたかよ。A組の佐瀬、一年の三崎って奴に病院送りにされたってよ」
「なんかあいつの取り巻きも全員やられたらしいぞ」
ひいいいいいっ!
字面だけならたしかに間違いではないが、そのニュアンスは明らかに誤解を孕んでいた。
というか、病院へは救命のために仕方なく救急車を呼んだわけだし、取り巻きをやったのは僕じゃなく白彌くんだ。
どうか、この妙な噂が学校中に広まりませんように。
「こんなとこにいたのか。大地。何やってんだ?もう予鈴なるぞ」
今度は白彌くんが階段をおりてやってきた。君こそなぜここに、という疑問はひとまず飲み込んだ。
白彌くんが三年の階に来た途端に周囲がざわつく。
ほら、やっぱり。
あらゆる方向からどよめきと色めきと苛つきの声が上がる。
「えっうそ!あれって噂の転校生じゃん。やっば、クソイケメン!」
「うわぁーまさに少女漫画から湧いて出てきたよう見た目だねえ」
先ほど僕に怪訝な顔を向けていた二人も、今は白彌くんに興味を向けていた。
白彌くんはお構い無しに僕の腕を掴み、連れ出そうとする。その姿を見て、なぜかきゃあああという悲鳴なのかなんなのか分からない甲高い声が沸き立つ。
「あの!君ってこのちびっこのお友達?」
いつの間にか、昊姉ぇの友達のうちの一人、赤髪のショートヘアの活発そうな女子が近くに来ていた。
「あたし、笹木絵里って言うんだけどー。よかったらライン交換しない?」
「ちょっと、絵里!抜けがけ禁止・・・じゃなくて!」
もう一人、僕に声をかけてきた青色の髪を後ろに束ねたまともそうな方の女子も駆け寄ってきた。
「あ、ごめんね転校生くん。私は宮嶋小春。えっと、この大地くんのお姉ちゃん、相川昊とおなじ部活で友達」
あらゆる話題にのまれ、背の低い僕は人混みの中揉みくちゃにされてしまった。
「うん、そうだよ。昊は部活からの帰り道で交通事故にあって大怪我したって・・・。ていうか、君も知ってるはずだよね?弟くん」
昼休みになり、僕と白彌くんは、朝うやむやになってしまった事実確認のため昊姉ぇの友達の二人を連れ屋上にいた。
「そう、なんですけど。やっぱり、信じられなくて・・・それに昊姉・・・相川先輩は今年が最後だからってあんなに・・・!」
後半の思いは本心だった。
だが、やはり昊姉ぇが怪我をおった経緯については事実が歪んで伝わっているようだった。
僕自身、なぜ佐瀬明が昊姉ぇを襲ったのかその本当の理由は知らされていなかった。こうなると事実を知るのは当事者である昊姉ぇと佐瀬明本人だけだ。
その後味の悪い不愉快さが僕をますます苛つかせる。
「そんなこと、私達の方がよっぽどわかってるっつーの・・・・・・」
紙パックのレモンティーを啜りながら笹木先輩が悪態をつく。
「そうだね、部長でもありうちのエースだった昊が抜けた穴は余りにも大きい。ほかのメンバーの士気にも影響するかもしれない。・・・ううん、もうすでに私たちこんなにもかき乱されてる」
宮嶋先輩が言葉を紡ぐ。その表情は落ち着いたもののように見えたが、口振りからしてかなり焦燥しているようだった。
でも僕たちにしてやれることは何も無い・・・。
「先輩たちは、相川昊と佐瀬明の関係については何か知りませんか?」
白彌くんが言いよどむ僕の気持ちを察してか、二人に尋ねてくれた。
「昊と、佐瀬?なんで?」
笹木先輩は、きょとんとする。
「えっ・・・あ、と。なんだろうね」
宮嶋先輩がわずかに動揺を見せる。こちらはなにか知ってそうだ。
「宮嶋先輩。なんでもいいんです。それがもしかしたら、なにか手がかりになるかもしれません」
「いやいや、手がかりて。探偵かなんかなの?君ら。て言うか、事故だっつってんじゃん!」
笹木先輩は苛立ちを滲ませながら言葉を挟む。けれど、僕はじっと宮嶋先輩に目で訴えかけた。
「・・・・・・実は、さ。ほんとに一時期のこと、たしか一ヶ月もないくらいだったと思うんだけど。その・・・昊と佐瀬は一年の頃・・・・・・・・・付き合ってた、ことがあるの」
「え、えぇーーー!?」
僕と笹木先輩は思わず叫ぶ。・・・え、先輩も?
だが、これは意外な事実だった。ずっと一緒に暮らしてきたけどそんな気配は微塵も見せたことは無かった気がする。
佐瀬が昊姉ぇを襲ったのはそれも一因なのかもしれない。その身勝手な理由になおのこと怒りが湧いてくる。
「これ私が言ったって昊には言わないでよ?でも、こんなのがなんの役に立つのかな」
「いや、役に立ったよ。ありがとう、先輩。行くぞ大地」
「え、あ・・・うん」
役にたったのだろうか?僕にもよく分からないけど。
「それでどこに行くのさ。白彌くん」
急ぎ足で向かう白彌くんに尋ねる。
「決まってんだろ。相川昊の所へ、だ」
医療法人箕島記念病院──そこが、昊姉ぇが入院している病院だ。学校からおよそ南に七キロ圏内にある僕たちの町では一位二位を争う大型の総合病院。
僕達は学校を抜け出して昊姉ぇに会うためこの病院を訪れていた。
「すみません、面会なんですけど・・・。えっと、相川昊、さんの」
こういう受付時や、飲食店の注文時とか言葉を発する場面が苦手だ。緊張で歯切れが悪くなる。とくに今回は弟であっても苗字が違うことから訝しがられでも仕方がない。
「えー・・・と、はい。相川昊さんですね。病室はご存知ですか?」
「はい、大丈夫です」
昊姉ぇの病室は四階にある。エレベーターで行こうとするが、運悪く点検中の為階段で登ることにした。
三階に上がる踊り場に出たところで、階段をおりてくる人影が見えた。女子のようだが僕たちの学校の制服を着ていたのを見ると昊姉ぇの知り合いか何かだろうか。
昊姉ぇの人脈に関してはあまり詳しくない。今日だって、あの友達二人に加えて佐瀬との関係もまったく分かっていなかったのだ。他にも僕の知らない関係者がいてもおかしくはない。
すれ違いざまに目線が合った気がした。
亜麻色をした長い髪がフローラルな香りを漂わせ、階段をおりる振動に合わせ上下に揺れていた。
そしてその瞳は一瞬だったにも関わらず吸い込まれそうなほど美しい黄金色をしていた。
・・・誰だろう。
じっと階段をおりる様を見つめていると、
「どうした大地?さっきの女子が気になるのか?」
と白彌くんが声をかけてきた。
「うえっ!?い、いや別に」
何故かイケナイことをしていたみたいに心臓がバクバクする。
「あの制服、うちの学校のだよな?あんなヤツいたか?」
白彌くんはとくに僕の挙動については関心がないようだった。
「いたのかって言われても僕もわかんないよ。白彌くんだって転校してきたばかりなんだし知らない人がいてもおかしくないよね?」
「いや、やっぱ知らねえ。俺はこの二日間で学校にいるヤツらの顔はだいたい覚えた。でも、あんな特徴的な髪をしたやつは見た事がない」
「・・・髪?目じゃなくて?」
「目?そんなおかしかったか?あいつ」
おかしいも何も黄金色に輝く目をした人なんてそうはいないだろう。それとも、見間違いだったのだろうか。あんなに綺麗で、おもわず見蕩れるほどの──・・・とここまで考えて頭を振りかぶった。
これじゃまるで一目惚れみたいじゃないか。そんなわけないだろ。
「追いかけるか?あいつ」
「ええっ!?あ、いや。・・・今日はやめておこうよ。今は昊姉ぇのとこに行かなきゃ」
同じ学校の制服を着ていたのなら明日以降でまた探せばいい。一瞬とはいえ特徴はお互いに掴んでいるのだから、そう難しくはないだろう。
僕たちは昊姉ぇの病室へと向かった。
ご覧いただきありがとうございます。
次回更新からは出来れば定期的にやっていけたらいいなぁと思ってます。
2週間に1度くらい?
手探りです。ごめんなさい。
ではまた次回更新でお会いしましょう。