小さな英雄(リトルブレイブ)編 CHAPTER Ⅰ.
初めまして。
小説という媒体での投稿は初めてです。
拙い文章ですが、どうかお付き合いください。
CHAPTER Ⅰ.
あの日、夜。どこかの港だった気がする。
たぶん、父親が運転していた車の窓から見えた景色は、工場から差し込むライトの灯りがまるで星がきらめくように眩しかった。
あの日僕は見ていた。そんな夜空に浮かぶ、赤い月と、燃え盛る太陽を。そして、その二つがぶつかりあい、全てを破壊したあの夜を。
僕は見ていた、はずなんだ───。
◇◇◇◇◇
月曜の朝はいつも憂鬱だった。
週の始まりは、つまるところこの僕、三崎大地の地獄の始まりでもあるからだ。
身支度を整え、部屋を出て階段をおりる。
おりた先で姉である相川昊と出くわした。部活の朝練かな。慌てているようだ。
「おはよう、昊姉ぇ」
「おはよっ!大地。ごめんね、ちょっと通るね!」
僕の小さい身体はせまい廊下でも大した障害にはならない。しかし部活道具で両手が塞がり、さらに学校の荷物で体を覆われた昊姉ぇにとってはそうも言ってられないようで、律儀に謝って通っていくところが実に彼女らしい。
行ってきまーすと元気よく家を飛び出ていってしまった。
「おはようございます。おばさん、おじさん」
ダイニングテーブルに座り先に朝食を食べている昊ねえの両親に挨拶を済ませる。今日の朝食は、トーストにイチゴジャム、ベーコンエッグにサラダと洋風だった。
「もう、そんな他人行儀じゃなくていいのよ。うちの子なんだから。いいかげんお母さん、って呼んで欲しいなあ」
「いえ、そんな。なんか申し訳なくて」
「申し訳ないっていつも言うけど、大ちゃんがうちに来てもう十年も経つんだから。それに、おばさんって言われるほうがつらいわ」
おばさんは冗談交じりでそう言うが、僕は養子ではなくあくまで居候なのだ。あまり馴れ馴れしくするのも違うかなと遠慮してしまう。
「僕もおばさんたちのことはホントの親のように思っていますよ。」
「お、母、さ、ん。はい!」
顔がちょっとマジだった。どうやら冗談じゃなかったみたいだ。
そうこうしてるうちにあっという間に時間が経ってしまった。これもきっと、学校という嫌な場所に行くまいとする自分の情けない抵抗あってこそだろう。そう思うことにする。
「あ、今日は朝礼があるんだっけ」
何気なく思い出したことを口にした。う〜ん、全校生徒が集まる場所っていうのは苦手だなあ。背、低いから必ず先頭に立たされちゃうし。そもそも大勢の中というのがもう苦手だった。
そこまで思考して自分が遅刻寸前であることに気付いた。と言うか口にした時点で気付け。僕のばか!
僕は自転車に乗れない。いや乗れないことは無いけれど、足が短い分、傍から見るとなんとも悲惨な格好になるのが耐えられない。だから、特別にキックボードでの登校を許してもらっている。
それでも悲惨な見た目であることに変わりはないので、普段は歩いて行くのだが今日みたいな日は別だ。少しでも時間を巻かなくちゃ。
「行ってきまーす!」
勢いよく蹴り出してキックボードを走らせた。
飛び出た矢先、小石に車輪を持っていかれた。こけた。
◇◇◇◇◇
目の前で突然転けた子供は、勢いそのまま自分にぶつかってきた。多分、避けることは簡単だったと思う。
だがそうしなかったのは、善意ではなく、あまりの間抜けな様子に呆気にとられたからだ。そういった意味では、しなかった、というより出来なかった、と言った方が正しいのかもしれない。
「イテテ・・・。もう何なんだよ!ついてない・・・これだから月曜日は嫌なんだよぉ」
「それはこっちのセリフだ。いきなり人様にぶつかっておいて、何なんだはないだろ。さっさとどけよ、ガキんちょ」
「なっ!ガキ・・・って!僕は確かに背は低いけどこれでもれっきとした高校生だよ!君こそ、なんだよ!そんなイケメン・・・?」
自身のことを高校生とのたまう子どもは、自分の顔を見るなり言葉を濁してしまった。さては人を罵倒する言葉が見つからなかったのか。
確かにこいつの着ている服を見ると自分のと同じ学校の制服だ。どうやら高校生なのは本当らしい。
はぁーと長い溜息をちょっとわざとらしく吐いた。先に立ち上がり目の前の子ども高校生に手を差し出す。
「ほら、立てるか。俺は今日からこの高校に通うもんなんだが、同じとこだよな?案内してくれよ。それでチャラだ」
「あ、うん。え?同じ高校?今日から?う、うーん。あ、転校生っことかな。てか全校朝礼!やばい急がなきゃ!君も行くなら走って!遅刻しちゃうよ!」
慌ただしい奴だ。ぶつかった拍子に落としたスマホをお互い拾って走り出した。
「俺は白彌瑞月。お前名前は?」
「僕は三崎大地。一年生だよ」
「じゃタメだな。よろしく大地」
不思議とこいつとはすぐに友人になれる気がした。
初めての通学だ。
俺は今日からあんたがいた場所であんたの見た景色を感じるんだ。───なぁ、母さん。
◇◇◇◇◇
結末から言えば、盛大に遅刻した。
道中知り合った白彌瑞月くんは転校初日もあって、職員室に行ったようだ。特に怒られているような素振りもない。
僕はと言えば・・・今まさに彼の目の前で担任の叢雲先生に怒られていた。あまりにも理不尽じゃないか?
「そろそろ授業も始まるね。もういいから、君は教室に戻りなさい」
「・・・はい。失礼します」
「白彌は先生が連れてくから。ちょっと待っててくれるか」
「うす」
職員室の後ろで、女性の教師陣が白彌くんを見てなにやら色めきたっている。ほんと、これだからイケメンは。
職員室から出ると、外でも女子が騒いでいた。
まあ、そりゃそうだよな。白金の綺麗な髪に青い瞳。白い肌。外人かよってくらい日本人離れしたその美貌は僕でさえ見とれるほどだったんだから。
教室に戻り、席に座った。朝の教室はいつも騒がしい。特に今日は、白彌瑞月という転校生の話題で持ち切りだった。
「み、さ、き、くぅ〜ん。課題みーして」「お前、月曜からチビガキに頼んなよな〜!」「ハハハ!」
騒がしいヤツらが来た。くそう。
黙って課題を差し出す。それを奪い取るように受け取るとそいつらは下品な笑い声を上げながら席に戻っていった。
あいつらは上級生とも繋がっている、いわゆるいじめっ子グループ、その筆頭だ。そして僕のように内気で見た目にも難を抱えるようなタイプの人間は、こうしてやつらの格好の餌食になる訳だ。
「ほら、教室に入って席に戻りなさい。1限目始めるぞ」
まるでライブ会場のような悲鳴が沸く。いや、ライブ行ったことないんだけど。
「うん、授業始める前に紹介しようか。今日からこのクラスの一員になる転校生だ。さぁ、自己紹介」
一瞬で空気が変わるのがわかった。それもそうだ。芸能人にも劣らないその整った容姿。纏う雰囲気からして他の生徒とは一線を画していた。
「白彌瑞月だ。よろしく頼む」
きゃあああああああ!
会場が震えた。いやここ教室なんだけど。
悲鳴に紛れて所々で舌打ちが聞こえる。男子からすれば、女子の注目を一挙に引くイケメンの襲来は面白くないのだ。わかる。
授業も終わり、クラスの皆は白彌くんを取り囲んでいた。
出身は?とか前はどこの学校にいたの、とか何が好き?だったり、私のことどう?とか聞いてる奴もいる。それは先走りすぎじゃないか?
ツウィッターでも見よ。そう思い、スマホを取り出す。
「あれ?これ、僕のじゃない・・・」
僕が手にしていたのは、スマホにしては少しゴツゴツした端末だった。それとも、こういうケースでも売ってるんだろうか?
画面は割れていた。タップしてもロック画面は表示されないあたり電源を切っているのだろうか。
「あ!まさか、これ白彌くんのじゃ・・・。しかも画面割れてるのも、僕がぶつかったから、とか?」
だとしたらまずい。早く返さなきゃ。そしてちゃんと謝って・・・でも、今は彼の周りは人でいっぱいだしなぁ。ため息をついた。
「あれぇ?三崎くぅん。だめじゃん、学校にケータイなんて持ってきちゃあ〜」
「え、ちょ、ちょっと何するんだよ!」
「これは没収します〜!ギャハハ。何このデザイン。だっせぇ〜!厨二病ですか〜!?」
クソ野郎たちが取り囲んだきた。なんで僕にはいつもこういう奴らがまとわりついてくるんだ。
「返してよ!それは・・・!」
うっせーばぁかと小突かれた。
「佐瀬ちゃんから伝言な。今日の昼は購買で俺らの昼飯買って屋上に来いって〜!いつものやつな。そしたらこれも返すって!な!」
またしても下品な笑い声を上げる。佐瀬とは三年の先輩だ。昊姉ぇと同じクラスにいる。僕を取り巻くこいつらの、言うなれば親玉といったところだ。
これが、僕の地獄。
昼休みになり購買で買ったものを提げ屋上へと向かう。本来は施錠され立ち入ることは出来ないが、佐瀬明ら不良グループが不当に占拠しているのだ。
「あの、買って、来ました」
この時ばかりは何度やっても恐怖と緊張で声が震えてしまう。
「おう、おせーよ。クソチビすけ」
不良グループを取り仕切る佐瀬明は風格こそ普通だが、中学までやってた野球のおかげか筋肉質で細身ながらがっしりとしている。
そこに、全てを蔑むような表情が加わり実に狡猾なヤンキーぶりが様になっている。
クソ野郎め、もしも僕に力があったらきっと今頃ボコボコだぞ。そう思っていたら、いきなり強烈な蹴りをお見舞いされてしまった。まさか口から漏れていたのかと思ったが、
「てめぇ、こりゃなんだよ。カフェオレじゃねえか!いつも言ってんだろーがよォ!俺はいちごミルク派なんだよ!喧嘩売ってんのか!」
罵りながら何度も蹴りを入れてくる。
なんだよそれ。知らないよ初耳だ。ていうか、そこどうでもいいだろ!
「ははは!佐瀬ちゃんそりゃ理不尽ってもんだぜ」「おう、やれやれ!」「ばーかあんな顔見せられちまったら飯が不味くなるわ!」
ギャハハと好き勝手に言う連中に言い返すことも出来ず、ただ痛みに耐えることしか出来なかった。
力があれば、なんて考えるだけ虚しいだけだ。とっくに分かっているさ。僕にできることはただこの地獄を耐えることだけなんだから。
「ぐあっ・・・!?」
突然誰かの悲鳴が聞こえた。佐瀬グループのうちの一人か?
「何だ?てめぇ!」
やっちまえー!という声と同時にまた一人テンプレな悲鳴をあげ倒れた。
「お前ら、ここで何してんだ?俺さ、そいつに用があんだけど。どいてくれないか」
ヒーローだ。彼はヒーローなんだ。
颯爽と駆けつけ悪を討つ。彼は、白彌瑞月は、ヒーローなんだ!
「お前、なんだよ。見かけねえ顔だなぁ?噂の転校生君か。はっ、なんだよヒーロー気取りのイケメンかァ?そういうの、だっせぇんだよ!」
佐瀬が、白彌くんに殴りかかる。
白彌くんはそれをかわすでもなく、真正面から受け止め強烈なパンチをお見舞いしてやった。
完膚なきまでに白彌くんの完全勝利だ。
「白彌・・・くん。ありがとう、助けてくれて」
「ルミナスアーク」
「・・・・・・・・・え?」
聞きなれない言葉に思わず聞き返す。
「お前、俺のアーク持ってんだろ。それを取り返しに来たんだ。助けたくてやったわけじゃねえ」
なんだよそれ。というかなんなんだ。そのルミナスアークって。もしかしてこいつも厨二病的なやつなのか。
「・・・・・・スマホ。お前、俺のと取り違えて持って行っただろ」
「・・・あ。あの独特なケースの・・・。やっぱり君のだったんだ。でも、その、あの人たちに取られちゃってて・・・それで取り返そうとしてたんだけど」
そうか、とだけ言って白彌くんは手当り次第倒れているヤンキーたちの衣服を漁り出す。そして、最後に佐瀬明のスラックスのポケットからスマホを取りだした。どうやら佐瀬が彼のスマホを持っていたようだ。
白彌くんはひとしきり自分のスマホを眺めると僕のほうへ向き直り、こちらへ歩いてきた。
「しばらくの間、お前が持っていてくれないか」
スマホを僕に差し出しそう告げた。
「え?いやなんでそうなるの!?君、これを探しに来たんじゃ・・・」
わけがわからない。自分のスマホを他人に預けるなんて、なんのメリットもないだろ。
確かに白彌くんのスマホは画面が割れてて起動しなかったし、それならそれでメーカーに問い合わせるなり修理に出すなりした方がいいんじゃないか。
だが、当の本人の顔は真面目だった。
「俺の大切なものだ。頼む」
「・・・・・・・・・う、うん。わかっ、た」
その圧に耐えきれず、スマホを受け取る。
その一瞬、なにか目の前をちらつく光のようなものを見た気がした。
彼のスマホの画面のヒビが少しばかり修復していた。
◇◇◇◇◇
痛てぇ・・・。クソ痛てぇ。あのクソ一年。次はぶちのめす・・・・・・・・・。
呪詛を吐くようにブツブツと語る男の姿があった。
名は確か、〈佐瀬明〉と言ったか。『呪い』とは言わば『願い』の一種だ。私はそう思う。
これも我らが主のため。その『願い』、使わせてもらうぞ。
「力が欲しいか。その憎しみを、私が果たさせてやろう」
佐瀬明は、突然のことに驚きを見せた。だが、私が手渡したものを見た瞬間、その表情は狂喜へと変貌する。
『願い』は力に変わり、そしてそれは可能性の獣を呼び覚ます。
黄昏に揺れる逢魔が時、か。それは暗闇が空を覆い尽くし星々が妖しく煌めく時間の始まりでもある。
───さあ、始まりの狼煙だ。
夜空に獣の咆哮が響き渡った。
◇◇◇◇◇
相川家の食卓。本日のメニュー。
おばさん特製ロースカツ、おばさん特製サラダになめこと白菜の味噌汁。そして白米。
「わあ、今日も美味しそう!いただきます」
昊姉ぇの言葉を合図にみんな口を揃えていただきますと言った。
「ねぇ、こんな普通の食事で申し訳ないわね。おかわりいっぱいしていいから」
「いいえ、お構いなく。とても美味しいです」
「ん〜!そう言って貰えるとおばさんとても嬉しいわ!これからも食べにいらっしゃい。いつ来てくれてもいいのよ、ねぇ白彌瑞月くん」
「ありがとうございます。ぜひまたお邪魔させていただきます」
ニコッと爽やかな笑みを浮かべた。
「・・・じゃなくて!なんでここに白彌くんがいるんだよーーー!」
僕はこれまでにないくらいの大声でツッコんだ。
遡ること、数時間前。
放課後になり、僕は日課であるとあるいつもの場所へ行こうとしていた。その時だった。
「これから帰りか。三崎大地」
後ろから突然白彌瑞月くんが声をかけてきた。
「うん。あ、いやちょっと違うんだけど。これからちょっと寄り道していくというか・・・用があるというか」
特に隠しておく理由はなかったが、なんとなくしどろもどろになる。そもそも、僕は誰かと話しをするのは得意じゃないんだよ。
「そうか・・・。なぁ、一緒に行ってもいいか?邪魔にならなければ、だが」
「え?え、え・・・と、うん。僕は別に構わないけど。ちょっと歩くよ?」
いきなりの事で少し戸惑ってしまった。
そして思わぬ同行者を引連れながら僕は学校の裏山にある僕の秘密の場所へ歩き出した。
何も言わずにただついてくる白彌瑞月という転校生について、僕はまだ何も知らないままだった。
今朝たまたま一緒の通学路で出会い、そして同じ教室になり、偶然にも彼のスマホを取り違えたことで昼休みに僕の窮地を救うことになった。そして、今は流されるままに僕のお気に入りの場所へと案内してしまっている。
それでも、不思議なことに僕は彼のことを嫌だとは思わなかった。たしかに、イケメンで自分勝手なところがあって性格が一致する訳でもない彼に嫌なところがない訳では無い。
だけどそれ以上に、なにか波長めいたものが近いというか、何となく惹かれるのだ。きっとこれは彼のカリスマ性と言うやつなんだろう。そう思うことにする。
あれこれ考えているうちに目的地にたどり着いてしまった。結局、道中では何も話さなかった。
「ここ、知ってるぜ。昔、来たことがある」
どうした突然、と思わずにはいられないのを我慢して聞き返す。
「そうなの?転校してきたばかりなのに。昔はこの辺りに住んでいたとか?」
目の前に建つやや薄汚れた外壁の古い建物の前に僕達は来ていた。見た目こそ、老朽化が進んでいるが中身は今も利用可能な天文台だ。
そう、この天文台施設が僕のお気に入りの場所。ここで夜になるまで空を眺めているのが好きだった。
見た目がこんな感じなので、僕以外滅多なことでは人が来ないため白彌くんがこの場所を知っていたのは意外だった。
「だいたい毎日来てるんだ。ここ。人もいないし、落ち着くから」
「こっちに来てみろよ。見たことあるかも知んねぇけど、ここで俺が見たい景色があるんだ」
そう言うと白彌くんは木々を抜け、海岸に沿った展望台へと向かった。
海が夕日に照らされ眩い輝きを放っていた。これまで何度も来ていたはずなのに、ここからの景色は知らなかった。
夕日の光に目が慣れた頃、水平線上に浮かぶ建造物らしきものが見に入った。
「あれ・・・・・・。なんだろあれ」
巨大な塔を中心に都市のようなものが形成されているのか。遠目で詳しくはわからないが、既に荒廃し朽ち果てているように見えた。
そして、かすかな記憶からそれに似た建造物群があることを思い出した。
「旧開発都市実験跡地・・・」
かつて、海上に作られた人工島で、次世代のエネルギー活用による都市開発を名目にある企業が実験的に運営していたという都市。
だが、確か十年前にエネルギー暴走による爆発事故を起こし廃棄され、現在に至るまで進入禁止区域とされていたはずだ。
「白彌くんの見たかった景色って、あれのこと?」
「・・・・・・〈ラボラトリー〉。俺たちはそう呼んでた」
「あそこに住んでいたの・・・?」
「あぁ。逃げ出してきたけどな。もう十年だ」
白彌くんの顔は、懐かしむというふうではなく、どちらかと言えば怒りに満ちている表情だった。
「三崎大地。・・・・・・お前はラボの出身者か?」
そう問いかける白彌くんを見て冗談でも、ふざけている訳でもないことはすぐにわかった。
それが何を意味しているのかは分からなかった。けれど、隠す意味も誤魔化す必要も無いことだけは鈍い僕にも感じ取れた。
「・・・僕はあの開発都市の、出身じゃないと思う。でも十年前以前の記憶はないんだ。僕は五歳の頃に事故に巻き込まれた。そして、六歳の時今住んでる昊姉ぇたちの家に預けられたんだ。だから、その一年間の出来事と、事故に遭うまでの自分のことを知らないんだ。・・・これが、今の僕に言える、全てだよ」
これは嘘偽りでなく、本当にそうとしか言えなかった。
僕はものごころついた時には〈三崎大地〉として相川家に預けられた。その時僕を預けた人がいたのは覚えているが誰なのかまではわからなかった。
そして、僕は本当は誰なのか・・・それが自分という存在を信じられず、引っ込み思案になっている遠因でもあった。
「・・・そうか。悪いな、そんな重い話させちまって」
やはり、白彌くんはいい人だと思った。
「ここはさ。俺にとっても、大切な場所なんだ。俺と・・・・・・母さんの、思い出の場所」
白彌くんの表情はさっきまでと打って変わって穏やかなものだった。
「そうなんだ。大切な、思い出か・・・」
きっと、彼がこの街に来ていることも関係があるのだろう。僕にはない、本当の母親の記憶。それがどれだけ甘美なもので大事なものなのか・・・。想像することしか出来ないけれど。
「・・・ああ。俺はこの場所で母さんと出会い、そして・・・・・・・・・・・・殺した」
「・・・え?」
その衝撃の告白に頭が真っ白になる。
自分の母親を、殺した?どうして?
そして分からなくなった。白彌瑞月という男が。彼は、一体なんなんだ。その未知が、底知れぬ恐怖感に変わるのはそう難しくなかった。
「白彌くん・・・君は・・・」
「悪い。・・・忘れてくれ。もう暗くなる。帰ろうぜ」
展望台からの帰り道。来た山道を戻り、学校の正門前で立ち止まった。
またもや、お互い無言になっていた。
「・・・ここまででいいや。悪いな。無理やりついて行って。それじゃ、な」
僕と別れ一人帰ろうとする白彌くんの背中はとても寂しそうだった。僕も帰ろうと背を向けた時、学校側から元気な声が響き渡った。
「あれー!?大地ーー!まだ学校に残ってたんだ。・・・って、ちょちょちょ、ちょっと!まさかあれ噂の転校生くん!?ねぇ君ー!待って待って!」
タイミングも雰囲気も読まないそのハツラツとした態度にさすがの白彌くんも引いていた。
「わたし、相川昊って言うんだけど、あ、大地のお姉ちゃんやってます。苗字違うのは事情があるんだけどあんまり気にしないでね!あ、そうだ。もし今から帰りならさ、転校祝いとお近づきの印にってことでさ!うちでご飯食べてかない?もぉー!大地!こんなイケメンを転校初日に友達にしちゃうとか、意外と隅に置けないねぇ〜!やるじゃん〜!」
と、そんな感じの強引さで白彌くんを家に招き入れることになり、現在にいたるというわけである。
「へぇ、じゃああんたは陸上部の部長やってんだな。そんで今年が最後の大会出場って訳か」
「そうなんだよー。だから今年は何がなんでも!やり遂げてみせるんだ。今のメンバーで、私の全力で」
食卓を囲み、白彌くんと昊姉ぇが談笑している。スポーツマンでもあり、またショートボブで容姿も優れている昊姉ぇと白彌くんは以外でもなく様になる。
それなりの距離感で昊姉ぇと接してきたつもりだったが、そんな二人を見て少し複雑な思いを抱いた。
別段、昊姉ぇに対し特別な感情は持っていないが、それでも面白くないものだ。身内びいきというやつだろうか。
「昊姉ぇ。もう遅いし、そろそろ白彌くんを解放してやろうよ。僕が送っていくからさ」
決して二人の仲を割こうとしたわけでは無い。単純に夜の九時を周り、明日も学校だから白彌くんに悪いと思っただけである。なので、決して。二人を見て嫉妬したわけでは無いことは強調させてもらう。断じて。・・・たぶん。
「あら、それならせっかくだし泊まっていったら?」
おばさんがそんな僕の心遣いを気にせず進言した。
この家に僕の味方はいないのか。
「いいんですか?それじゃお言葉に甘えて」
・・・泊まるんだ。
正直なところ、まだ彼に対して疑念が晴れた訳では無い。不安ばかりが募る。
白彌くんは結局僕の部屋でねることになった。
「お前の部屋、なんつーか・・・さっぱりしてんな」
どういう意味だ。僕が根暗なオタク男子にでも見えていたのか。部屋にはグッズやマンガで溢れているとでも思ったのだろうか。
残念ながら僕の部屋にそう言った類のものは無い。と言うより、趣味と呼べるものさえ置いていなかった。
唯一あるのは小さく簡易的な天体望遠鏡だけだった。
「まぁ、ね。自分が好きなのは星を眺めることだけだったから。バイトもしてないし・・・お小遣いだって受け取れないよ。その望遠鏡も、僕がこの家に預けられた時に同伴してくれた人から貰ったものなんだ。僕だけのものは、何も無い」
「・・・お前、てさ。結構寂しいやつなんだな」
どこまで失礼なやつなんだろう。追い出してやろうか。
もちろん、そんなことを言う勇気も、実行する胆力も持ち合わせてはいないけれど。
「・・・どうして、白彌くんは僕と一緒にいてくれるの?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
しばらく待っても返事がないので白彌くんの方へ向き直る。
白彌くんはなにかおぞましいものを見たかのような顔をしていた。
「お前、なんかそれキモイぞ」
瞬間、顔が熱くなるのを感じた。
「い、いや!違うから!そういうあれじゃないから!純粋に僕みたいな陰キャにどうして白彌くんみたいな陽キャなイケメンが構うのかなって思って!」
ますます彼の顔が引いていく。
僕もわけがわからなくなりパニックになっていた。
「うるっっっっさぁーーーーっい!」
昊姉ぇが部屋の扉を勢いよく開け怒鳴りつけた。
九死に一生を得た気がした。
異変が起こったのは、その次の日、昼休みの学校でだった。
生徒がみな、グラウンド側から校舎を眺めていた。
僕と白彌くんも、事態を把握するべく外にいた。
校舎の壁面は、まるで大きな獣がその爪で引き裂いたかのように抉れていた。
「なんだ、これ」
現実のものとは思えなかった。
「おい、早く救急車!人が倒れてるんだよ!血が出てる!」
グラウンドの陸上部が使用するトラックの方で慌ただしい悲鳴が飛び交っていた。
嫌な予感がする。
一体何が起こっているというのだろう。僕と白彌くんは顔を見合せた。そして、叫び声のほうへ向かった。
「何があったんですか!?」
生徒数人と、教師が誰かを囲っていた。
それはよく見知った顔だった。
「・・・昊姉ぇ・・・?」
相川昊が大量の血を流し倒れていた。その傷跡は校舎の爪痕と同じく、獣に引き裂かれたようだった。何よりも最悪なのは、その傷は、昊姉ぇの両脚に深く刻まれていたことだった。
「なんで、どうして・・・!?」
泣きわめくことも出来ず、彼女が救急車に運び込まれるまでただ目の前の現実を、呆然と眺めていることしか出来なかった。
「・・・あれは、俺への、いや俺たちへのメッセージってところか」
白彌くんが校舎を見つめながら独り言のように呟く。
「どういうこと?君は、何か知っているの?」
「大地。この世界には、俺たちが見えているもの以外にも大きな力が存在する。俺はそれを断ち切らなきゃいけないんだ。」
まるで答えになっていない。彼が何を言いたいのかわからず、苛立ちを抑えきれない。
「だから!何を知ってるのかって、聞いてんだよ!」
「お前を!・・・巻き込むことになる」
今さら、何を言っているのだろう。これが人間の仕業でないことくらい見ればわかる。だから、それが何なのかを知りたいのだ。そして、白彌くんはおそらくそれを知っている。
「もうとっくに!巻き込またんだよ!僕たちは!」
白彌くんの目が大きく開かれるのがわかった。
「君が何かを知っているのなら、教えてよ。昊姉ぇを、助けてよ・・・」
白彌くんは俯いたまま、何も語ろうとはしなかった。
思わせぶりなことばかり言っておいて、肝心なことは何も教えてくれないわけか。
僅かに、彼に対して失望していくのを感じた。
──期待、していたのか。僕は。
「なんだよ、それ」
白彌くんのそばを掠めるように走り去る。その日僕は昊姉ぇの病院に向かうため学校を早退した。
◇◇◇◇◇
三崎大地が走り去っていくのをただ呆然と眺めることしか出来ない自分に苛立ちを覚える。
これはきっと自分が招いたことだ。自分がここにいるから・・・・・・。
それでも、やりきらなくちゃいけない。それが、自分に誓った自分のなすべきことだからだ。
ただ、逃げ続けることしか出来なかった自分にあの人は新たな道を示してくれた。それに自分は向き合わなくてはいけない。だから・・・・・・・・・。
校舎に大きく刻まれた爪痕は自分に運命から逃げるなと囁きかけている気がした。
「・・・・・・これは、俺の戦いだ」
◇◇◇◇◇
白い病室が夕日の光に照らされオレンジ色に染る。
ベッドに横たわる義理の姉の姿は、いつもの元気な姿とは打って変わって、ひどく、か弱く見えた。
「昊姉ぇ・・・」
その名を呼んでも、返事はなかった。
医者の診断によれば、命に別状は無いらしい。だが、脚へのダメージが深刻で完治はできても今後これまでのように陸上競技を続けることは出来ないと宣告された。
僕が病室に着いた頃、先に駆けつけていたおじさんとおばさんが泣き崩れていた姿が目に焼き付いて離れなかった。
「どうして、昊姉ぇがこんな目に・・・!」
原因も、手段も分からない中、ただ怒りだけが身体中を駆け巡っていた。
何かを知っていそうな白彌くんは何も語りはしなかった。彼に対する不信感はますます高まっていく。
その瞬間、スラックスのポケットに微かな温もりを感じた。
それは、白彌くんが僕に預けた彼のスマホだった。
これまで起動する気配すら見せなかったこの壊れた端末は微かに光を放っていた。
「なんなんだ、これ・・・」
その光はバックライトではなかった。しかし、その光は十秒としないうちに消えてしまった。
着信の振動が反対側のポケットから肌に伝わる。
一瞬、白彌くんのスマホからだと思いぎこちない動きになってしまう。急いでスマホを取りだしその画面に示されている着信相手を見て、凍りつく。
そこに示されていたのは、佐瀬明だった。
一度深呼吸をし、電話に出る。
「よォ、クソチビすけ」
紛れもない。佐瀬明だ。
佐瀬とは半ば強制的にパシリ目的で連絡先の交換をしていた。
「・・・なんの、用ですか?今、僕、ちょっと忙しくて・・・」
何を言われようとも断るつもりだった。一言一言に力がこもる。恐怖している暇はない。
「相川昊。元気にしてるか?」
「・・・・・・!」
なぜ彼の口から昊姉ぇの名前が出てくるのか、まるで理解が出来なかった。ただ、普通に心配してくれただけなのか?そんなことあるのだろうか。
だが、その疑念は彼の言葉によって直ぐに打ち消される。
「あれはな、お前らのプレゼントさ。さんざんコケにしてくれたよなァ。なァ三崎。それに、あいつ。白彌つったか?ハハッ。なァ、どんな気分だ?自分のしでかしちまったこと、その罪を思い知ったか?オイッ!なんとか言ってみろよ。なァ!?」
「・・・な、にを、言っているんですか・・・?佐瀬、先輩。罪って、なんの事・・・」
「三崎ィ!!」
突然の怒鳴り声に体がビクッとなる。何が起きているのか、まるで思考が追いつかない。
「忘れたなんて言わせねぇぞ。お前らは、俺を、俺をッ!クソがクソがクソがクソが!テメェら許さねえ・・・絶対許さねぇぞ!俺は、ア、アアア!」
まるで情緒がなかった。だかなんとなく彼の怒りの原因はわかってきた。恐らく、佐瀬は昨日の昼休みでの仕打ちについて怒っているのだ。
「まぁいいさ・・・。あとはてめぇをぶちのめすだけだからなァ・・・」
引っかかる言い方だった。
散々、僕と白彌くんを呪っておきながら、あとは僕だけというのはどういうことだろう。
「・・・まさか・・・」
「ヒヒッ。なァ三崎ィ。てめぇがいつも行ってるあの天文台。そこに一人でこい。最ッッッ高に楽しいショーを見せてやるよ。」
全てを悟った。どんな手段を使ったのか分からないが、それでもこれまでの全てを佐瀬明がやったということははっきりした。
そして今度は白彌くんが危ない。僕を助けてくれたばかりに、彼を危険に巻き込んだ。それに僕のせいで昊姉ぇは二度と走るこのかなわない大怪我を背負わせてしまった。
全ては、僕の責任だ。
僕が、一人で挑むことが出来なかったから、状況を打破することが出来なかったから。だから、僕がやらなきゃいけない。
「・・・待ってろ。すぐに行く」
精一杯の虚勢だった。だが、この内に湧き上がる情動は、抑えることは出来そうになかった。
日は傾き、夕暮れ時の赤い闇に包まれた通学路をぬけ僕はキックボードで天文台へと急いだ。
見なれているはずのいつもの木々に包まれた小道は、今日ばかりはいやに恐怖感を煽ってくる。
夜の闇はすぐそこまで迫っていた。
「白彌くん・・・!」
天文台はその老朽化した見た目のおかげか、この闇の中でいっそう不穏な気配に包まれ実に不気味だった。
こんな時に限って、星は強く輝いて見えた。この騒動の中でなければ感動して立ち止まっていたことだろう。
急ぎ、天文台の正門をくぐり抜ける。本館はこの時間帯は閉じきっており中に入ることは出来ない。そのまま素通りして、施設の中庭へと向かう。だが、ここにも誰の気配もなかった。
「一体、どこに・・・」
そして、まだ自分が向かっていない場所を思い出す。それは昨日、白彌くんに案内されて初めて行ったあの展望台だった。
雑木林を抜け、展望台へと出る。そこに、人影を見た。
「白彌くん!」
血を流し展望台の柵にうなだれる白彌くんのもとへ駆けつけようと走り出す。
だが、それを佐瀬一派の下級生が阻む。
「三崎ィ・・・。よく来たな」
佐瀬は明らかに正気ではなかった。目は大きく見開き、口は不自然に口角を上げ笑みを浮かべている。
佐瀬は白彌くんのもとへ歩き出し、そして頭を掴み持ち上げた。もはや、通常の腕力とはとても思えなかった。
「お前がよォ、他人を当てにしちまったせいでこんな目にあってんだぜェ・・・。こいつ。可哀想になァ?ミィサァキィイ!!」
持ち上げた白彌くんをそのまま僕の方へ放り投げた。
空気の張ったタイヤが弾けるような嫌な音が鳴り響き、白彌くんはピクリとも動かなかった。
「白彌、くん?嘘だろ・・・。ねぇ、白彌くん!」
すかさず駆け寄り体を揺さぶる。やはり、反応はなかった。
赤黒い血がアスファルトの地面にじわじわと広がり、僕にそれを感じさせる。
遠い過去に閉じ込められた記憶が僅かに開く。
爆炎にのまれ、目の前に広がる赤い景色が僕の目の前に迫る。
それは、命を奪い取る光だった。血と炎と光がフラッシュバックし、僕の鼓動を速くさせる。
「う、あ・・・。うわあああああああああ!!」
「ハハハハハハッハァーーーーッ!!いいぜェ、三崎ィ!もっと叫べ!もっとだァ!」
恐怖と絶望の最中、佐瀬を見た。そして、僕はこの世のものとは思えない、それを見た。
「なんだ、あれ。なんなんだ一体・・・。佐瀬・・・あんたはいったいなんなんだ!」
佐瀬明の背後には巨大な獣が潜んでいた。
いや、獣と言うにはあまりにも歪で、巨大な爪と黒い体毛に覆われた体は人の形のようにも見えた。長い尾に、ネコ科のような長い耳を頭に持つそれはまるで、猫と人を融合させたような怪物だった。
「へぇ、お前、こいつが見えるのか。そうだ。これが俺の力。全てを屈服させる俺の力だ!行け!リンクス!!」
リンクスと呼ばれたそれは一瞬にして僕のそばまで飛んできた。飛んだ、と言うよりは走ってきたと言うべきだろうか。
そう、一瞬だった。走ってきたことを認識した時はもう、この怪物はその長い爪を振り上げ地面もろとも僕を薙ぎ払っていた。
「ハハハッ!俺に逆らえる奴はもういねぇ。だれも!俺が、最強だァーーー!」
高らかに笑う佐瀬の顔が驚愕の顔に変わる。
「なぜだ、なんで生きてやがる!このクソちびすけがァ!!」
先程の攻撃は、僕には届いていなかった。
僕の周りを光が覆いつくし、僕を護ったのだ。そして、その光は白彌くんのスマホから放たれていた。
「・・・オーバー・・・ロード」
白彌くんが僅かに声を漏らした。
よかった、生きていたんだ!そう思い、白彌くんを見た。
彼は変わらず、血を流し地に伏していた。
なら今の声はどこから・・・そう思い辺りを見回す。
僕の後ろに彼はいた。だが、その姿はまるで幽霊のように透けており、そしてその体からは日暈が放たれていた。
「・・・白彌・・・くん?」
「ルミナスアークを持て。大地」
「ルミナス、アーク?それってこのスマホのこと、だったよね。いったい、どういう・・・」
「急げ、大地。俺と一緒に戦ってくれ」
何一つ理解が追いつかないまま、一緒に戦ってくれなんて言われても、まるで分からなかった。
けれど、今はそんなことを問い詰めている場合でもないのも確かだった。
言われた通り、ルミナスアークを手に持つ。瞬間、強烈な光がルミナスアークを包み、ひび割れていた画面が修復される。それだけでなく、僅かばかりその形も変わっていた。
なぜか、初めて触れる気がしなかった。もっと遠い昔から、これを握っていたような・・・。
「叫べ、大地!俺の名を!お前の言葉で、全てのシステムを起動させる!」
ゆっくり立ち上がり、光の中僕はルミナスアークを宇宙に掲げ、叫んだ。
『ライズアップ!アドベント!』
《ルナティクス・オーバーロード》!!!!
夜の闇を切り裂き、空に大きな月が輝く。
月はやがて大きな人の姿を照らし出す。純白の装甲に身を包んだ光り輝く巨人だった。
その体には星の光を収束した結晶ルミナスコアが十一個。それぞれが強く輝き、肩には円形の装甲ルーンテスタメントから光の微粒子がキラキラと放たれその体を浮かせていた。
「・・・ルナティクス・・・オーバーロード。それが君の、名前。」
白彌くんの体は消えていた。
今、彼の肉体はあの巨人となっているのだ。
色々と聞きたいことだらけだったが、それを佐瀬が阻む。
「ミィサァキィイーーー!おまえ、何をしている!お前が、お前ごときがオーバーロードの力を使うなァーーー!」
激昂し、怒りのままに佐瀬はリンクスを差し向ける。再び目にも止まらぬ速さで爪を振るう。
だが、その攻撃はルナティクスに通じなかった。
ルナティクスによって両手の爪を抑えれリンクスは身動きが取れなくなった。
その時に僕はようやく気づいた。ルナティクスにコアがあるように、リンクスにもルミナスコアが点在していることに。
あまりにも巨大で気づかなかったが、その配置はまるで星座を示しているようだった。
リンクス──つまり、ヤマネコ座の星の座標を。
「白彌くん!あいつのコアを狙って!そうすれば多分倒せる!」
『わかった!』
電子音のような白彌くんの声が響き渡る。この状態でも、コミュニケーションが取れるのはありがたかった。
「させるかァァァ!」
佐瀬が直接僕に向かってくる。まずい。いくら白彌くんの助けがあっても僕自身にはなんの変化もない。
今ここで狙われればひとたまりもなかった。
それでも、引くわけには行かない。ルミナスアークを通じて、僕と白彌くんの今の状態が鮮明にわかる。僕が今、ここでやられてルミナスアークを放り出してしまうと恐らく白彌くんのオーバーロード化も解けてしまう。
ただでさえ、瀕死の状態だった。それなのに、今元に戻られたら生きている保証はどこにもない。
「三崎ィィーーーー!」
構わず、佐瀬は殴りかかろうとこちらに向かってくる。覚悟を、決めろ!
「僕が、やらなきゃ・・・!白彌くんも、昊姉ぇも僕のせいでこんな目にあったんだ。だからっ・・・!」
渾身の力を振り絞った。
握りしめた拳は佐瀬の拳とぶつかり合うことなく佐瀬の腹部へと直撃した。
僕と佐瀬の身長差がこの土壇場で幸いした。
思いがけない反撃に佐瀬は膝を着く。だがその顔は僕への、いや僕たちへの憎悪で満ち溢れていた。
「白彌くん!」
『あぁ!行くぞ大地!』
「これが!」
『俺たちの!』
「『力だぁあーーーーー!!』」
ルナティクスは空高く舞い上がり、月を背に急降下しキックをかます。
その足元にはコアを通じて集められたルナティクスの全エネルギーが込められていた。
その一撃を受け、リンクスはコアもろとも砕け散った。そしてその衝撃はリンクスを生み出した佐瀬明にも伝わっていた。
月明かりに照らされ、リンクスはそのまま消えていった。
項垂れ、立ち上がることさえできない佐瀬の手から黒いカードのようなものがこぼれ落ちた。
それには星座をかたどったコードがしるされていた。しかし、こぼれ落ちたと同時に崩れるように消失したため詳しくはわからなかった。
「・・・終わった、のかな」
『ああ、お前の勝ちだ。大地』
「白彌くん、君は一体何者なの?僕はまだ、君の事が分からないんだ」
『・・・』
「でも、ありがとう。無事でいてくれて、本当によかった。昊姉ぇだけじゃなくて、君まで怪我しちゃったら、僕は僕を許せなくなるところだった」
『・・・大地。・・・悪い。今はまだ、話せない・・・。でも、あの時俺を信じてくれてありがとな』
これが、僕と白彌くんの本当の始まり。
わからないことだらけで信用していいのかもまだよく分からない。けれど、僕は今日、少しだけ前を向けた気がする。
一つの過去を乗り越えることが出来たのだから。
きっと、ここから僕の知らない僕に出会えると信じて。
CHAPTER Ⅰ. END
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
いかがでしたか?
できればここから先も彼らの活躍を見ていただければ幸いです。続いていけば、きっと素敵なキャラクターに出会えると思います。たぶん。
では、またどこかで。