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一 買い物

 朝早くだというのに商店街は騒がしく、とても賑わいがある。

 ここは男爵邸より少しだけ北、ラダラの街である。深夜から休み休みここまで歩いて来たのだ。

 昨日は遊びに来ていたニユだが、今日は違う。これからの旅の為の、重要な買い物をしに来ている。

「えーっと、まずは何買うの?」

 リボンを揺らし、無邪気に尋ねるニユに、ケビンは思案顔で答える。「うん……。まず、食料だな」

「分かったです。この商店街の事ならよく知っているので、道案内は任せて下さいです」

 そう言って胸を張るグリアムに案内され、食料品の店に向かった。

「おっ。ニユお嬢さんとグリアムちゃんじゃねぇか。誰だいその男の子?」

 顔見知りである店主の男にそう尋ねられ、ニユは少し困ってしまう。「うーん。……、友達、かな。昨日この町で知り合ったんだ」

「へえ。一日で仲良くなるとは、感心感心」

 男はそれ以上その話には触れなかった。

 一方買い物の方で困る事はなかった。何しろ一億ゲバットもお金があるのだ。持てるだけの食料品と水を買い込んでいると、店主の男が再び声を掛けて来た。「ニユお嬢さんよぉ、聞いたか?」

「何、おじさん?」

 男は少しだけ声を顰めて話し出した。

 どうやら、王城が破壊され王族が皆殺しになり、王都が壊滅の危機にあるという噂が広まっているとの事であった。

「それで、新国王はドン元王子だってよ。……、ここだけの話だが、おれも殺されちまうんじゃないかと思って恐ろしいぜ」

 ニユは店主に「大丈夫!」と言おうとしたが、その口をケビンが掌で押さえた。

「うぐっ、うもも、ぐう」

「……馬鹿だな。旅の目的を伝えたら、俺が王子である事を口外する事になるし、お前が屋敷を抜け出して来ている事がバレてしまうだろう。話さないのが一番だ」

 ニユはただ、不安がる男の気を少しでも楽にしてやりたいと思っただけなのだが、ケビンに厳しく言われて黙り込んだ。

 そのまま食料品店を離れる。

 そして次の目的地は――。

「きっと大変な旅になるです。ですから、武器が必要です」

 ちなみにニユは棍棒、グリアムは包丁があるので、武器というのはケビン用の事だ。

 武器屋へ向かう途中、ニユ達は先程食料品店の男が言っていたのと同じ話をあちらこちらで耳にした。

「ドンが、国王になったらしいよ」

「王族皆殺しだってさ。国王陛下も王妃様も、トミー殿下もケビン殿下も良い方々だったのにねえ」

「逆らう者は誰であっても殺すんだと。ああ、怖い怖い」

「昨日、川辺に変な犬に似た獣が出ただろ。あれもドンの奴の仕業じゃないかってさ」

 別に疑っていた訳ではないが、これでケビンの話が本当であった事が確実になった。ドッゼル王国に、確かに魔人の影が落ち始めている。

 一つ幸いな事があるとすれば、ケビンが死んだと伝えられている事だろうか。ケビン自身の言う通り、彼が王子だと知れたら厄介な事になるだろう。死んでいると思われていた方が好都合だった。

 だが、それにしても。

「許せない。……、ドン。アタシ達が絶対、貴方をやっつけてやるんだから」

 ニユは、ドンの事は何一つ知らない。

 二年前、噂で王子が追放されたとは聞いた。だがそれだけだ。

 しかし、世界を、人々の平和を、そして隣で歩く少年を苦しめるそいつを見逃す気は、さらさらない。

 必ず魔人を倒す。彼女はそんな誓いを胸に抱いた。


 武器屋の女店主は、気前良く三人を迎え入れた。「いらっしゃい。何のご用だい?」

 彼女の背後、店の奥に置かれた棚にはずらりと武器が並べられている。

 斧、弓、長剣、短剣、鎌、大金槌、モーニングスター、多種多様だ。

 その中からケビンが選んだのは、意外な物であった。

「槍をくれ。その長い柄の奴だ」

 彼が指差したのは、木の持ち手で先端が鉄でできた槍だ。

「えっ、槍です?」驚き、思わず声を上げるグリアムは、すぐ謝った。「失礼、ごめんなさいです。でも、王子様って槍を使う印象がなかったです」

 確かに、ニユもてっきり弓とか長剣とかを選ぶかと思っていたのだが。

「ああ。兄上は弓が得意……だったのだが、俺は生憎てんでダメでな。代わりに槍なら使える」

「へえ。そうなんだ」

 女店主が渡した槍を手にしたケビンは、どこか嬉しそうだ。サイズはぴったりだった。

「これで、俺も戦いに臨めるだろう」

「……、できるだけ、戦いたくはないです」

 臆病なグリアムの心からの呟きを聞いて苦笑しながら、ニユ達は次の店へ。


 ガヤガヤ、ガヤガヤ。

 商店街は昼時に近くなるに連れ、さらに騒々しくなっていた。

「後は地図です。それがなければ、旅はできないです」

 地図屋に立ち寄り、何事もなく世界地図を購入。

 最後はいよいよ――。「このまま徒歩で旅する訳にも行くまい。乗り物を買わなくてはな。……、馬にしよう」

 ケビンのその言葉を聞いて、ニユはぎょっとした。「えっ、馬……?」

「何か問題でもあるのか」

 藍色の瞳で見つめられ、ニユは思わず黙ってしまう。

 彼女の代わりに答えたのはグリアムだ。「ケビン様。お嬢様は実は……、乗馬ができないんです」

 今までのどの瞬間よりも驚きの表情を浮かべて、黒髪の少年は茶髪の少女を凝視した。「ニユ、本当か?」

「うん。……そうなんだ。アタシ、馬に乗れないんだよ」恥ずかしさに顔を赤くして、ニユは俯いた。

 この世界の王子や王女、貴族子息や貴族令嬢は、必ず乗馬を習う。

 それはニユも例外ではなかった。幼い頃から馬に親しみ、乗りこなすために練習をしていたのだ。

 だが、彼女は六歳の時、ある程度上達したからと買い与えられた馬に初めて乗った際、振り落とされてしまった。

 大事には至らなかったが、その時からニユは馬に乗る事はおろか、見る事すら恐ろしくなってしまったのである。

 情けない話だ。優しいから男爵も男爵夫人も許してくれていたが、貴族令嬢が乗馬できないなど恥以外の何者でもなかった。

 それを聞いてケビンは少し呆れたような顔で溜息を吐いた。「さて、困ったな。馬に乗れないとすれば何に乗るんだ」

「仕方ないです。大変です、でも歩いて行くしかないです」

 この世界では馬の代替品になるような動物はあまりなく、グリアムの言う通り馬恐怖症のニユがいる限り歩いて旅をするしかなかった。

「……ごめん」

 仕方ない奴だ、とでも言いたげにケビンは肩を竦めていたのだった。


 昨日は深夜に男爵邸を立ったので三人はとても疲れていた為、早めに宿を取って明日に備える事になった。

 夕食を食べ、三人は今、ベッドに横になっている。

「今日は大変だったです」欠伸混じりで、金髪の少女がそうこぼす。

 だが、少年は被りを振った。「考えてもみろ。大陸の南側のこの街から、北の最果てまで行くんだぞ。グダグダしている時間はない、明日からは朝から晩まで歩く事になるだろう」

「えっ……」彼の言葉を聞いて、グリアムは不安そうに顔を曇らせる。元々彼女、体力に自信がないのだ。

 が、ニユは勝気に笑う。

「そうだね。明日も頑張らなきゃ」

 ニユの姿を見て、金髪の少女は少しばかり元気を取り戻したようだ。「そ、そうです。お嬢様をお守りしなくちゃです!」

 ニユは茶色の瞳を閉じる。

 一体明日は、何が待ち受けているのだろう。

「でも、何があってもへっちゃら。だって」

 だって、一人じゃないから。

 そんな根拠のない安堵感を抱きつつ、ニユは深い深い眠りについたのであった。

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