表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/26

四 夜中の懇願

 深夜。

 ドアをノックする音で、ニユは目を覚ました。

「こんな時間に誰だろう……?」

 身を起こしベッドから降りて、ドアを開ける。するとそこに立っていたのは、ニユが渡した薄青のパジャマを着た、黒髪の少年ケビンだった。

 彼は申し訳なさそうに微苦笑している。

「悪いな、こんな夜中に」

「ケビン」ニユは些かどころではない驚きを得た。「なんで」

 だって男子が夜中に女子の部屋へやって来るなんて、よからぬ想像しか浮かばないではないか。まだ,そんなには仲良くないのに。

「心配しなくて良い。少し、話があるんだ」真面目な顔になった彼は、開口一番、そう言った。

 その表情にただならぬものを感じ、ニユは頷く。「うん。分かった。……じゃあ、中にどうぞ」

 ニユの部屋は、随分とすっきりしている。

 十五歳という思春期真っ只中である彼女だが、可愛らしい物は少なく、ベッドと机が置かれ、机の上に乱暴に畳まれたワンピースが載せられているだけだ。

「座りなよ」

 ベッドに腰掛けたニユはケビンを隣に誘い、恥じらいながらもケビンが座る。

「まるで、恋人同士みたいじゃないか」

「別に良いじゃん。それで、話って何?」

 単刀直入に、ニユが切り出す。

 それに頷き、ケビンが問うた。「俺が今から話す事は、作り話みたいかも知れないが,本当の事だ。お前の人の良さにつけ込んだと言われればそれまでなのだが,お前に頼みたい事がある。――聞いてくれるか?」

「うん。話して」

 窓の外から月が見守る中,黒髪の少年は茶髪の少女に語り始めたのだった。


「嘘をついて悪かった。……、実は俺、旅人なんかじゃない。俺は,ドッゼル王国の第二王子として生を受けたんだ。

 この国では国王の第一子が国を継ぐ事と決まっているから、俺には王位継承権がない。

 だが、父上と母上、それに兄上に愛されていたし、メイド達にも囲まれて、幸せに暮らしていたんだ。

 一つだけ不満があったとすれば、それは弟のドンの事だろうな。

 第三王子でありながら不良児で、道楽に明け暮れて、貴族の娘をたぶらかしたりしていた。本当に、けしからん奴だった。

 王家にとってあいつは、最悪の存在だった。王族としての名誉を汚し、さまざまな不祥事を起こしては父上と母上を困らせる。俺もドンの事は大嫌いだった。

 そんな、俺が十五歳のある日の事だ。

 十三歳とまだ幼いにもかかわらず、ドンが大事件を起こしたんだ。

 兄上……、第一王子トミーを、殺そうとしたんだ。動機は、王位継承権を得る為。なんと馬鹿な奴だったろうな。俺すら殺そうと企んでたんだぞ。

 幸い兄上は重傷で済んだが、その罪によりドンは城を追放された。

 しかし誰も心は傷まなかった。それが神が下した、当然の報いだったからな。

 それから二年の時を、俺は何不自由なく過ごしていた。

 ある日の夜。

 それは突然だった。

 王城に火が付けられたんだ。いや、火が付けられたのではなかった。――火を吹く巨鳥が、天から現れたんだよ。

 そしてその鳥の上に乗っていたのが、すっかり変わったドンだった。まるで化け物のような気持ちの悪い笑いを浮かべて、俺を見下ろしていた。

『はっ。オレにひどい事をした報いだぜ。あはは、ふは、はは、ははは、わははははは』

 その業火はたちまち城を焼き、魔人となったドンの手によって父上……、国王と第一王子トミーが殺されてしまった。

 俺と母上は、なんとか逃げ延びようとしたんだが、魔人はそれを許さなかった。

『ケビン。貴方だけでも逃げなさい。――生き延びるのよ』

 そう残して、母上は俺を庇って死んだ。

 必死で、ただただ必死で俺は逃げたよ。みっともなく。馬鹿だったと思った。あの時、追放した時、ドンを殺していれば……、何度もそう思ったが、後の祭りだった。

 大陸中部、王城のあった王都を飛び出して南へ向かった。

 だがどこまでもどこまでも、ドン……、魔人の寄越した様々な魔獣達が追って来た。

 魔獣っていうのは普通の動物と違って悪魔の作った悪しき獣、と言われている。実態はよく分からないが、あいつらはとにかく人間に飢えてるんだ。

 そして大陸南部、ラダラの街近くの森。

 魔犬達が、俺を仕留めんと追って来ていた。

 あいつらは他の魔獣と違って鼻が良いから、厄介だったんだ。隠れてもすぐ見つけられる。

 武器を持っていなかったから、とにかく逃げた。でもどこまでも追って来たんだ。ダメだと思った。死ぬに決まってる。それでも、死ぬ訳にはいかなかったから、走った。

 深い森の中駆け回り続けて、やっと出口が見えたと思って光の中へ飛び込んだその瞬間だった。

 地面はなく、川へ落ちていたんだ。

 何が何やら分からないまま、息ができずに悶えていると、お前の声がした。

 きっとあの時、お前達がいなかったら俺は死んでたに違いない。

 本当に感謝している。――ここまでが、俺の話だ」

 語り終えたケビン。

「……、ごめん。みっともないな」少年は涙を滲ませ、苦笑しながらそれを手で拭う。

 話を聞いて、ニユは少なからずの驚きを得た。

 それは目の前の少年が王子であった事や、王城が破壊され、王族が皆殺しになったという、彼女の知らない事実を突然突き付けられたからだった。

 まだ噂として広まってはいないかったが、王族が殺されたという事は、貴族、つまりニユ達の身も危ない訳である。

 同時に彼女は、驚愕と別の感情も抱いた。

 彼の言葉がもし本当であるとするならば、ケビンはなんと辛い目にあったのだろうか。

 ニユには全く彼が嘘をついているとは思えなかった。――何故なら、それで男爵への傲慢な態度に説明がつくからだ。王子なら、男爵ごときあんな対応をしてもおかしくない。それに、彼が嘘をつくような人間には思えないのだ。

 同情心、そんな言葉を使うのは傲慢かも知れないが、そんな心がニユの中に芽生えた。そして、尊敬の念も。

「ケビンって、心が強いんだね。アタシにそんな事があったら、ケビンみたいにしっかりしてられないもん、きっと。凄いよ」

「そんな事はない。王子として国を守れず、情けない限りだ」だが、褒められたケビンは力なく項垂れる。「王城が襲われた後、ドンは北の小島に城を構え、国王となったらしい。このままでは、この世界は滅んでしまうだろう。……そこで、頼みがある」

 藍色の瞳で真っ直ぐニユを見つめたケビン。彼はしっかりした声音で言い切った。

「俺と一緒に、ドンを倒してくれないか? 傲慢な願いだと分かっている。無論、お前は俺の恩人だ。お礼をしなくちゃいけないのはこちらなのだが……、共に、旅に出てくれ」

 ケビンの懇願に、ニユは目を閉じて思案した。

 確かに、彼の言う通りとても自分勝手な頼み事だとは思う。王城をも陥落させるような魔人だ、無論危険な旅になるに決まっている。生きて帰れるとは、限らない。

 そもそも、ニユは男爵令嬢だ。勝手に外を出歩いて良い身分ではない。それに、ケビンの願いを聞き入れる義理は、ニユには一切ないのである。

 しかし、だ。

 ケビンはきっと、放って置いたら殺されてしまう。

 それにケビンの言う通り、彼の言が本当なら、国はじきに滅びるだろうし、従って貴族も……、そう、ニユも殺されてしまうかも知れないのだ。

 そもそも、懇願する少年を無視するなど、最高のお人好しであるニユにできるはずがないのであった。

「……うん。良いよ」

 ニユの茶色の瞳に、迷いはなかった。

「良いのか?」

 強張っていた表情を緩め、掠れた声で王子が問うた。

 それは王子の地位、家族、全てを失い、半ば何もかもを諦めていた彼にとって、希望の光となった事だろう。

「うん。だって……、困ってる人を放って置けないもん」

 こうして、ドッゼル王国男爵令嬢ニユは第二王子ケビンと、魔人ドンを倒す旅に出る事になったのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ