一 崩壊の音と決意
もろもろ、もろもろ。
崩壊していく城の中を、茶髪の少女の跨った白い山羊が駆けて行く。
「わあ。ぎゃっ」
すぐ目の前に石屋根の破片が落ちて来る。「危なかった……」
城が崩れ始めたのは、ドンを倒してすぐの事。
ドンが死んだからなのか、悪魔が死んだからなのか、それとも戦いの衝撃のせいなのか。それは分からないが、途端に屋根や壁が崩落し出したのである。今は王の間を飛び出し、廊下を大急ぎで走り逃げている所だ。
幻豚の影響が消えたとは言えど、廊下はやたらと長い。
ガン、と巨岩が落ち、石造の壁が倒れて来る。エジーはそれらを美しい跳躍の繰り返しで避け、ただひたすらに逃げ続ける。
そしてようやく出口に――。
ズドドドン。
地を割らんばかりの轟音が響いて扉が倒壊。出口を塞がれてしまった。
「わあ」
危機一髪で倒壊の衝撃から逃れたものの、ニユは困り果てる。
「どうしたら……」
彼女が迷い、視線を巡らせていると、エジーは驚くべく行動に出た。
しゃがみ、力を貯める。そして勢いよく跳び、天井の隙間から崩れかけの屋根の上へ飛び乗ったのである。
石の屋根が、その重量に耐えられず、崩落。
再び跳んで、別の屋根に着地。次々と抜け落ちる天井から天井へと、見事な身のこなしで跳躍を繰り返し、渡って行く白山羊に、ニユは目を見張らずにはいられなかった。
そして最後、ぴょんと大きく飛び跳ねて、雪野原に激突。体を半ば雪に埋めた。
「だ、大丈夫?」
雪塗れになったニユが、同じくエジーを引き上げながら問う。
それに「元気一杯よ」とでも言いたげに身を擦り寄せて来る白山羊。なんと可愛いのだろうと、ニユは思った。
「さっきは貴方に大活躍してもらっちゃった。ありがとう、これからもよろしくね、エジー」
本当に、今の城からの脱出劇でも、そしてドンとの戦いでも、力を貸して貰った。
彼女自身、本来の主を失って悲しみの淵にいるだろうに。なんとも健気な雌山羊を撫で回して再び跨ると、一面の雪野原の彼方、昇る朝日を見つめながら、ニユは叫んだ。
「目的地ははるか南。さあ、いざ出発!」
洞窟を抜けるとそこは、厳寒の雪山、スノーマウンテン。
洞窟への穴を岩で隠し直すと、ニユは、ケビンの所有していた槍で穴を掘り始めた。
何故、彼女がそんな事をしているかと言えば、仲間達の埋葬の為だ。
崩壊する城の中でも、ケビンとグリアムの亡骸を拾う事だけは忘れなかったし、洞窟の北側の出入り口からもルーマーの死体を大切に持って来ていたのだ。
エジーにも手伝って貰って掘り終わり、ニユは大好きな三人の少年少女を雪の中に並べ、雪を被せて覆い隠す。
埋葬と言っても、単なる埋葬ではない。
いつか必ず彼らが生き返る時、その身体が腐らないように冷凍をしているのである。
「さよなら、みんな。……でも絶対、戻って来るから。待っててね」
これは、再会の時の為の一時のお別れ。
雪野原に槍を突き立て、目印とするとニユとエジーはそっとその場を立ち去る。
必ず、必ずここへ再訪する事を、深く心に誓いながら。
「待ってるです、お嬢様。どうか、頑張って下さいです」
そんな金髪の少女の声が、聞こえた気がしたのだった。