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四 長い長い廊下の果てに

 シャンデリアに照らされた廊下を進み続ける。

 次々と魔獣が来た。でも、そんな輩に負けてやる気はない。血の花を咲かせ、断末魔を響かせて叩き、叩き、叩き殺すのみだ。

「貴方達に構ってやる暇はないんだよ。アタシは、ドンを倒しに行くんだからさ」

 大活躍のニユに、ケビンも負けてはいない。

 槍を振るい、突き刺し、身軽に跳ねるその姿はどこか気品がある。彼らは魔獣を一掃して、ただひたすらに前へ進んだ。

「……長いな。そろそろ着いてもおかしくないが」

 確かに、長い。長過ぎる。

 ドンという人物は一人でこれ程巨大な城を作ったのだろう――そう思うと、ニユはゾッとした。

 でもふとある事に思い至り、彼女は首を傾げた。「ねえ。……この城って、外から見た感じこんなに大きくなかったと思うけど?」

「――確かに、妙だな」

 この城は、北の島全土に造られている。だが、この島自体が小さい為、本来こんなに大きい筈はないのだ。

「何か仕掛けがあるに違いない。……さて、一体何だろう」

 分からない。だがきっと何かがある筈だ。

 疲れた。もう何時間城の中にいるのだろう。早くこの謎を解かなければ――。

 必死に頭を回しながら雌山羊を走らせ続けていると、再び魔獣が押し寄せて来た。

「ああもう鬱陶しいなあ!」

 漆黒の凶獣達を叩きのめし、亡骸へ変えているとケビンが「あっ」と叫んだのでニユは驚いた。

「どうしたのっ」

 彼が指差す先を見て、茶髪の少女は大きく目を見開く。

 天井に吊り下がっているシャンデリアがおかしい。一つだけ、色も形も微妙に違う。

 次の瞬間、異様なシャンデリアに包丁が投じられていた。

 無論、悲しいがグリアムがやったのではない。ニユが投げたのである。

「ピギギギィー」

 高い断末魔が響き、シャンデリア――、否、何か岩のような物が落ちて来た。

 その瞬間、視界がぐにゃりと歪む。

 それに狼狽えている魔獣達を一瞬でやっつけながら、横目でシャンデリアだった物を見たニユは納得する。

 岩のような物体――それはあの、幻豚の死体だった。

「つまり」

 長い長い果てしない廊下は幻であったという訳である。

「見ろ」

 そして、魔獣が皆殺しにされた後には、どこまでも一本道だった廊下は、二股に分かれて伸びていた。

「どっちからにする?」

「なんとなくで右だ」

 頭の良いケビンからなんとなくと聞いて少し笑いながら、右へとエジーを走らせるニユ。

 だが右は行き止まりで、魔獣の巣窟だった。

 魔獣もこれ程いれば戦うのも大変だ。この城へ来てから倒した魔獣の数は、少なく見積もっても一万匹程。考えるだけで気が遠くなるが、今度のはその数が一度に現れた。

「容赦しないよ!」

 あちらこちらで血が乱舞し、肉が弾け、断末魔が踊り狂う。飛び跳ねて廊下を舞い踊る。

 そうして魔獣を全て討ち払うと、今度は左へ向かって走り出す。


 するとすぐ、異様な人影が見えた。

 否、人影ではない。――上半身が魚、下半身が人という気持ちの悪い生物である。それはにたりと魚の顔で悍ましい笑みを浮かべると、自ら名乗り上げた。

「ワタクシハ、魚人デス。貴方達ヲ倒ス為ニヤッテ来マシタ。ドン様ニ刃向カウ愚カ者達ヨ、死ニ伏スガ良イデス」

 ヌメヌメとした声を発した直後、魚人が突然に攻撃を仕掛けて来る。

 水を口からピュッとニユの頭目掛けて吹き出したのである。しゃがんでかわすと、水が命中した背後の壁に小さく深い穴が空いた。

「凄い……」その威力を見て、ニユは驚愕する。弓矢以上に破壊力があり、きっと頭を撃ち抜かれていたら即死しただろう。

「避ケマシタネ。デモ、コレナラドウデスカ」

 高らかに嘲笑し、次々と口から鋭利な水鉄砲を発射して来る魚人。

 山羊に乗っていては動きが遅い。ぴょんと飛び降り、ニユはケビンを振り返る。「ケビン、あいつの背後から頭を割って。アタシ、囮になるから」

「良いのか?」藍色の瞳を、不安げに揺らして少年が首を傾げる。

「任せて。こんな薄気味悪い奴に殺される訳にはいかないもん」

 そう言うなり走り出したニユは、棍棒を振り回して魚人に接近。

 水鉄砲を幾つも食らいそうになるが、寸手の所で回避。ワンピースの裾に小さな穴が空いてしまったが、元々血塗れなので気にしない。

 彼女が宙を舞い、魚人をおちょくっている間に、ケビンは亜人の背後へ。

 と、その瞬間、魚人の漆黒の鱗がめくれ上がり、隙間が空いた。

「愚カナ小娘ヨ、コレヲ受ケテ無事デイラレマスカ?」

 滑り気のある声と共に、驚異の攻撃が発せられていた。

 開いた鱗という鱗の中から、一斉に水鉄砲が飛び出したのである。

「ぎ、ややあああ」直後、ニユは激痛に絶叫していた。――左肩を水の弾丸で舐められたのだ。

 無数の攻撃に対し一つだけのダメージで済んだのは幸いだが、その威力が半端ない。左肩から鮮血が噴き上がり、痛みに視界が点滅する。壁に凭れ掛かり、動けなくなってしまった。

 得意げに笑う魚人。「次デ、最後デス」

「油断したな。調子に乗るんじゃない、足が付いただけの魚風情が」

 だが、その背後には黒髪の少年が迫っていた。次の瞬間、頭から尻までを槍で貫かれて、今度は魚人が断末魔を上げる番だった。

「ギヤアアアアアッ」

 そして、ドタ、と哀れな漆黒の魚人は地面に崩れ落ちた。


 ニユは割合軽症で、傷の手当てをすると全然平気になっていた。

「うん。左手もちゃんと動かせるし、ちょっと痛いけど棍棒も振れる。戦いに支障はなさそうだよ、ありがとうケビン」

「礼を言われる程の事でもない。先へ行こう」


 ツカツカ、ツカツカ、雌山羊の足音が響く。

 廊下の突き当たりに来た。行き止まりかと思うが、そうではない。しっかり右に道が伸びている。

 そして角を曲がったその先には――。

 大きな扉が待ち構えていた。

「ここが……」

 王の間、つまりドンのいる部屋へ続く扉に違いなかった。

 そしてニユ達を待っていたのは、扉だけではなかったようだ。

「あら。来たわよミル、ミレ。かっこ良い男の子と可愛い女の子じゃないの」

「あら。姉さんにミレ、見てよ見てよ、なんだだか偉そうなお兄さんとブッサイクな女の子が来たわ」

「あら。姉さん達、ご覧なさい、ドン様をやっつけようと思ってる馬鹿なお兄さんとお姉さんだわ。殺しちまいましょう」

「そうしましょう、そうしましょう」

 そう笑い合うのは、三人の女――、否、ただの女ではない。上半身が人、と言っても鱗まみれ、下半身が完全なる蛇の、異形の美女達であった。

 人狼が言っていた残り五人の亜人――、一人が憎き人馬人、一人があの魚人、そして残り三人がここに集結した形である。

「あらまあ。驚いてるみたいね。私は蛇女三姉妹、長女のミリ」

「あらまあ。びっくりしてるみたい。私は蛇女三姉妹、次女のミル」

「あらまあ。私達の美貌に立ち竦んでるのね。私は蛇女三姉妹、三女のミレ」

 漆黒の蛇女達の邪悪な笑みを見て、ニユは身を硬らせた。

 こいつら、只者じゃない。そんな感覚が、この一ヶ月程ですっかり戦い慣れしてしまった彼女の中に芽生えたのだろう。

 ちなみに蛇女三姉妹の外見はそっくり。ミリと名乗った女が金髪、ミルと名乗った女が黒髪、ミレと名乗った女が赤毛と、髪の色で辛うじて分かる程度だ。

「気を付けろ、ニユ」

「分かってる」

 軽く頷き合い、ニユはエジーの上で、ケビンは山羊から飛び降りて、武器を構える。

 戦闘開始。

「あら。女の子にしては物騒な武器ね」

「あら。男の子にしては貧弱な武器だわ」

「あら。二人はカップルかしら?」

 喧しい女どもは完全無視で、ニユはエジーを走らせ、突っ込んで行く。

 そして棍棒を振りかざし、一気に蛇女三人の頭が割れる筈だったのだが。

「驚いた。この女の子、私達を侮ってるわ」金髪の女が笑う。

「驚いた。この女の子、私達を甘く見てるわ」黒髪の女が睨み付けて来る。

「驚いた。お姐さん、私達の自慢の牙の事、知らないの?」赤毛の女が小首を傾げる。

 気付くと、蛇女達の口が大きく開かれ、彼女達の鋭く太い牙で棍棒をがっしりと押さえ付けられていた。

 引き抜こうとするが、その力は凄まじく、思う通りにいかない。

「行くわよ、妹達」

「行くわよ、姉さん、ミレ」

「行くわよ、姉さん達」

 次の瞬間、ニユの視界が回り、彼女は宙を舞っていた。

 エジーから引き剥がされ、なんと棍棒ごと投げ飛ばされたのである。

 背中を壁に強打する。激痛がニユの大柄な体を走り、彼女は一瞬失神しそうになりながら、必死で立ち上がった。

 そこへ、三姉妹が飛び掛かって来る。

 だが。「相手は俺だ、お喋り女ども」

「ひやっ。かっこ良い男の子だわ」

「ひやっ。キザな男。いやらしい」

「ひやっ。お兄さんってば侮辱しないでよ」

 一気に三人の意識を自分に向けたケビンは、自慢の槍で金髪女の豊かな胸を突く。

「うがっ」叫ぶ女は、漆黒の鱗を剥がされ、地肌を露出させた。

「鱗は所詮鎧代わりという訳だな」

 走り寄って来た白山羊に再び飛び乗ったニユは、彼を援助しに駆け出す。

「よくも姉さんを」と怒り叫ぶ黒髪女の前に来ると、勝気に笑って彼女へ棍棒を振り下ろした。「貴方の相手はアタシ。さっき投げられたお返し、させてね」


 漆黒の鱗が、廊下中を乱舞していた。

 一瞬の打撲ですっかり鱗を引き剥がされた黒髪の蛇女ミルは、上半身を露出させ、下半身の肉をむき出しにしてニユを睨み付ける。

「よくもよくもよくもよくも私の自慢の鱗を」

 激怒に声を震わせる彼女が、牙をニユの胸へ真っ直ぐ刺そうとした。

 が、それは白山羊の前足の蹴りによって拒まれる。

「ふむがっ」

 突き飛ばされた蛇女へ、エジーが突進して行き、彼女を踏み付けにした。

「ぐがあああああ」醜い悲鳴が、空気を割る。

「ミルっ」

 妹の絶叫によそ見をした金髪蛇女の剥き出しになった額を、ケビンが槍で刺していた。「隙ありだ」

 ニユとケビンが、それぞれに蛇女をやっつけたその時だった。

「私を忘れないでよね?」

 可愛らしい、しかしどこか異常さを帯びた声がし、ケビンの太ももに、牙が食い込んでいた。

「うぐあっ」紺色のズボンが破れ、湧き上がる鮮血が舞い散る。

「あらまあ。よくも姉さん達をやっつけてくれたものね。褒めてあげる。褒めて褒めて、褒め殺してあげるわ」

 女が高らかに笑う。そして牙が、ケビンの右肩を貫き、穴を開けた。

「ケビンっ」

 叫び、駆け寄るニユ。だが赤毛の蛇女の尾にエジーと一緒に払い除けられ、近付けない。

「姉さん達みたいに、哀れに死になさい、お兄さん。ねえお兄さん、姉さん達、どんな気持ちで死んだかしら? 怖かったかしら、それとも嬉しかった? 痛かったかもね。じゃあお兄さんも、一緒の気持ちにならなきゃね。それが姉さん達を殺した報いよ」

 蛇女が一言喋るごとに、ケビンの体に穴が増えて行き、彼の苦鳴が上がる。

 これではまた、悲劇が繰り返されてしまう。

 そう思い、ニユは蛇女に棍棒を叩き付ける。ダメだ。鱗が剥がれるが、尾でまた飛ばされてしまった。「どうしたら……」

 ケビンを助けられるのか。

 蛇女の鋭利な牙が少年の胸に突き刺さる――、寸前、槍が黒い鱗の剥がれた蛇女の腹を、突き抜いていた。

 血を吐く赤毛の女。一瞬、血の雨が彼女と少年を覆い隠し、ニユには何事が起こったのか見えない。

 確かめなくては。山羊から飛び降り、咄嗟に走り出す茶髪の少女。

 そして彼女が見たものは、真紅の海に沈む、蛇女の凄惨な姿だった。

 腹部にぽっかりと穴が空き、鮮血が流れ出している。蛇女、ミレは数秒痙攣した後、白目を剥いて死んだ。

 そして――。

「ケビン!」

 黒髪の少年が、身体中から鮮血を噴き出させて倒れ伏していたのだった。


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