三 喪失と号泣
グリアムが、死んでしまった。
それは、あまりに突然で、まるで悪い夢のような出来事であった。
八年間、ずっと一緒だった。
ニユは彼女の事が大好きで、もはや家族みたいなもので、守ってあげたくて、そして、一番の友達で。
なのに、最後にニユの無事を喜びながら、彼女は息絶えてしまった。
もう誰も死なさないと、心に誓っていたのに、死なせてしまった。――ニユのせいで。
行き場のない怒りが、悲しみが、罪悪感が、茶髪の少女を襲い、彼女の中で荒れ狂いのたうち回り始めた。
「やあっ、やあっ、やあっ」
人馬人を棍棒で殴る。殴り、殴り、殴る。
馬の頭部を割り、人の腕を砕き、馬の脚を粉々にして、ただただ怒りと憎悪のままに殴り付け続けた。
そんな時間が、半時間程続いただろうか。
「ニユ、もうやめろ」
黒髪の少年の声で我に返ったニユは、目の前の凄惨な血の海を見て、絶句した。
辺りには朱色の血が飛び散り、原型を留めていず肉の塊となった人馬人の無惨な死体があったのだ。
これを成したのはやたらに太い棍棒であり、つまり、半狂乱に陥っていたニユである。
そしてその傍には、長い金髪を一つ三つ編みにした、見慣れた少女の亡骸があって。
「……グリアムぅ」
抱き付く。何度も呼び掛け、揺さぶった。でも何も返答はない。弱々しくて、でも大好きだった彼女の瞳は、もう開かなかった。
「――ニユ、先を急ごう。ドンはもうすぐだぞ」
冷静を装ってケビンが促した言葉を、だが、ニユは聞いていなかった。
胸には、絶え難い喪失感と、そして深い深い悲しみがある。
「アタシのせいだ。また、アタシのせいだ。アタシを庇ってグリアムは……」
もしニユが迂闊な行動を取らなければ、グリアムは死んでいなかったのに。
ルーマーが死んだのも、グリアムが死んだのも、全部ニユのせい。
ニユのせいで、みんな死んで行く。ニユの為に、みんな死んで行く。
では、何の為にこの旅があったのか。
ドンを倒して、みんなで笑い合いたかったのではなかったのか。
死んでしまえば、何の意味もない。何の意味もないのに。
グリアムは最後に、凄く幸せそうな笑みをして、ニユを守れた事を心から喜んでくれていた。
「こんなの……、こんなのアタシ、嬉しくないよグリアム。だってアタシ達、約束したじゃん」
ずっと一緒だと、約束したのに。
「嘘吐き。嘘吐き嘘吐き。グリアムの、嘘吐き。なんでみんな……」
ニユを置いて逝くのか。
涙が茶色の瞳から次々に溢れては零れ、溢れては流れ落ちる。
胸に穴の空いたグリアムの亡骸を、ただじっと見つめて、ニユは咽び泣いた。
涙が流れる限り、ずっと嘆き続けた。
だが、そのうち涙も枯れ果てて、ニユはグリアムを抱いたままで呆然とするしかなかった。
そんな彼女を、少年の藍色の瞳が射抜いた。
「悲しみは当然だ。だが――、それではグリアムが浮かばれないぞ。俺達の目的は、あくまでドンを倒す事。いつまでも泣いていたって、始まらないだろう。お前には、笑顔が似合う」
彼の言う通りだ、と、ニユは思った。
悲しい。悲しくて悲しくて、胸が張り裂けそうだ。でも、だからと言って、膝を屈し、何もかもを投げ出して良いものではない。
そんなの、グリアムが望まないだろうから。
立ち上がる。足が震えた。手にする棍棒を杖代わりにして、必死に立ち上がり、前を見た。
まだ、廊下が続いている。
「……行こう」
でき得る限りの明るい、勝気な微笑みを浮かべて。
心に傷を抱えたまま、血塗れのピンクのワンピースを揺らしてニユはエジーに跨り、白山羊を走らせ出す。
少女はその手に、グリアムの形見――愛用していた包丁を握りしめていた。




