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二 魔犬との戦い

「ああ、俺は死ぬんだな」

 小さくそう呟いて、走る少年は溜息を吐く。

 ここはT字路。

 追い詰められた黒髪の少年は、自分でも笑ってしまう程に愚かな決断をした。

 川へ誤って飛び込んでしまった時、助けてくれた茶髪の少女と、連れの金髪の少女。

 魔犬に追われ、本当なら生き残らなければならないのに、少年は恩人達を救い、代わりに囮になって死ぬ事を選んだ。

 これが自分の運命なのだと、そう心に言い聞かせて。

「ごめん父上、母上。俺は悪い息子だ。……生き延びろと、言われていたのに」

 ろくな親孝行もしてやれなかったなと、どうでも良い考えを抱く。

 そして少年は背後の少女達の声を遠くに聞きながら、魔犬の群れに突っ込んだ少年は、そっと目を閉じた。

 だが、直後襲い来る筈の死は、訪れなかった。

 代わりに聞こえたのは、耳をつん裂く魔獣達の咆哮だった。

 恐る恐る目を開けた少年は、その光景に絶句する。

 それは当然と言えた。――何しろ、先程まで彼を取り囲んでいた筈の化け物達の姿はなく、ただただひしゃげた黒い犬の死体と血の海が広がっていたからである。

 そしてその中心に、丸太のように太い棍棒を手にする、茶髪の少女が立っていた。

 彼女の頭上の赤いリボンが、そよ風に揺れていたのだった。


 魔犬に取り囲まれた黒髪の少年が、立ち止まって藍色の目を閉じたのが見えた。

 その表情はなんだか悲しげで。

「死なせないっ」

 叫び、ニユは少年の方へ突進する。

 丁度その時、黒い犬の化け物どもが少年へ飛び掛かっていた。

「やあっ」そこへ突っ込んだニユ。彼女は重たい棍棒を、軽々と振り回す。

「ぐぎゃっ」「ぴぎゃっ」「がおっ」

 妙な悲鳴が無数に上がり、ボタボタと叩き潰された魔犬達の死骸が地面に落ちる。

 それに一瞬たじろいだ後、赤い双眼で魔物達が一斉にニユを睨んだ。

「何が何だか知らないけど、殺されちゃったら堪らないからさっ」

 ピンクのワンピースを揺らしながら、ニユは棍棒を、確実に黒い塊へと当てて行く。その度に辺りには真っ赤な血の花が咲いた。

 T字路の三方向から、黒犬達が集まって来ていた。

「がお」

 しまった。真横から魔犬の一匹が跳んで来る。しかし左にも黒い塊が見え、どちらかしか避けられない――。

 そこへ、金髪三つ編みを振り乱す少女が参戦した。グリアムだ。

「お嬢様!」

 彼女はエプロンドレスを翻し、包丁をニユの左側に迫っていた魔獣に振り下ろす。

「ぐぎゃあ」

 うまくやっつけたようだが、勢いそのまま飛び込んで来る死体と衝突し、グリアムも吹っ飛ばされている。

 一方のニユは右側の魔犬を打ち落とし、次々に迫り来るそれらを棍棒を回転させる事で全部回避。

「えよっ。とらっ、せっと」

 身軽にT字路を跳ね回り、あちらこちらで血の雨を降らせた。

 走る足がもつれ、倒れたグリアム。怪しげに光る牙で噛みつかれそうになり、「ひいっ。助けて下さいですっ」と逃げ回る。

 そこにニユが飛び込んで来て、五匹ぐらい塊になってグリアムを狙っていた魔物達を一掃。

「ありがとうです、お嬢様……」

「うん。ささ、最後の仕上げ。頑張れる?」

 にこやかな茶髪の少女の問いに、金髪の少女はおさげ髪を揺らして、「了解です!」と元気よく答えた。


 包丁が黒犬の尻尾をぶった斬り、棍棒が魔犬を黒い肉片に変える。

 目の前の凄惨で、それでいて華やかな路地裏の光景に、住民達は大きく目を見開き、見入っていた。

 それは黒髪の少年も同じだ。

 彼は何が何やら分からぬままに、魔犬の群れが殺されて行くのを、ただじっと見ているしかなかった。

 しかしやっと我に返ると、まず思った事は、「俺も戦わなくては」だった。

 魔犬の死体に駆け寄る。牙があった。それを引き千切り、両手に持つと彼はまだ生きている魔獣の群れに突撃した。

「ひっ」

 金髪の少女が悲鳴を上げている。その右足には、魔犬の爪がかかっていた。

 もうすぐで彼女の太腿に凶獣の歯が届く。その直前、魔獣の頭から噴水の如く鮮血が湧き上がっていた。

 それを成したのは、少年が手にする二つの牙だ。それが、魔物の脳天に突き立っていた。

「大丈夫か」

 そう問われ、少し頬を赤らめながらも少女は頷く。そして何事か言おうとしたが、少年は首を振った。

「俺も協力する。今は戦う方が先だ」

 ニユはかなり豪快にやっている。

 こんな戦いはやった事がない訳ではない。「あの時以来だな」と、彼女は口の中で呟いた。

 その時は人間を叩きのめしたものだが、魔獣ともなれば数は多いものの行動が単純であり、「もうその攻撃は見飽きたよ!」性懲りもなく飛び掛かって来るそれらは、ニユの棍棒の前では無力だった。

 辺りは静かになり、一面血の海に沈む魔獣の死骸だらけで、生きている魔犬は見当たらない。「よし、やっつけたみたい」

 と、少し安心したその時だ。

 吠え声が頭上でし、遠くにグリアムの悲鳴が聞こえた。「お嬢様、危な――」

 直後、ニユの頭上に血の雨が降り、何かがぼと、とすぐ目の前に落ちて来た。魔獣の死体である。

 こっそりとレンガ造りの家の屋根に登り、落下しながら攻撃を仕掛けて来た最後の魔獣。その腹と頭部を、少年が魔犬の牙で引き裂いていたのだ。

「ありがと」

 ニユは礼を言って、黒髪の少年へ優しく笑いかけた。

 こうして、訳の分からない魔獣騒ぎは無事に終幕したのであった。


「先程は、助けてくれてありがとう」

 場所は変わらず血だらけの路地裏――、ではなく、もう少し街の中心部に来ている。

 あの騒ぎの後、住民が次々に家から出て来たため、大騒動になるのを恐れて逃げ来たのだ。

 そして現在、ようやく落ち着いて街の片隅で腰を下ろし、黒髪の少年が感謝を述べた所である。

「良いよ、別に。あのままアタシが逃げちゃったら、貴方だけじゃなく、他の人だって殺されてたかも知れないし。当然の事をしただけだよ」茶髪の少女はそう、元気よく笑う。「あ、アタシはニユ。よろしく。こっちはメイドのグリアムだよ。貴方は?」

 その質問に、黒髪の少年は静かに頷いた。「俺は……、ケビンだ」

「ケビンか。良い名前だね。無事みたいで良かった」

「本当に、お前達がいなかったら俺は死んでいた。心から感謝する」

 そこへ割って入り、恥ずかしげに顔を赤らめながらグリアムが少年に問うた。「ごめんなさいです、失礼な質問かも知れないです。……、ケビン様は、何者です? ど、どうしてあんな恐ろしい魔物に……」

 だが、それにはケビンと名乗った少年は、「悪いが」と言って答えなかった。

「まあ、俺は旅の者とでも思っていてくれ」

 それにしては、先程の戦闘で血が付着したものの高級そうな白シャツに、紺色の立派なズボン姿で、かなり旅人には見えない格好なのだが、「まあ、いっか」とニユは簡単に疑問を投げ出した。

「助けて貰ったからには、お礼をしなくてはならない。何か……」

 だがニユは激しく首を振る。「良いってば、お礼なんて」そして彼女は、最高にお人好しな発言をした。「そうだ、もし良かったら、アタシの屋敷に泊まってってよ」

 グリアムも少年ケビンも、かなり驚いた様子だ。

「お前、正気か? 屋敷? 何にせよ、これ以上迷惑をかける訳には……」

「お嬢様、それは旦那様が……」

 だがニユは二人の言葉を遮る。「良いの。ケビン、旅人さんなんでしょ。宿は決まってる?」

「いや、まだ決まってないが……」

「じゃ、決定。良い?」

 たじろぐ黒髪の少年。彼は断ろうとするも、可愛く首を傾げるニユの勢いに呑まれる形となった。「わ、分かった。じゃあ、泊めて貰う事にするよ」

「やったー! お客様招くのなんて久し振りだ! ささ、グリアム、早く帰ろっ」

 はしゃぎ、ピンクの短丈ワンピースを揺らめかせて駆け出すニユ。

 そんな彼女を見てグリアムは小さく溜息を吐き、何者か全く分からない少年と、楽天的過ぎるニユと一緒に、ラダラの街からそう遠くない男爵邸へとゆっくり歩み出したのだった。


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