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一 魔人城の大戦

 魔人城の重たい石のドアを開き、中へ。

 城内の廊下には豪華なシャンデリアの灯りに照らされ、眩しい程だった。

 突入した三人は、辺りを見回し、警戒する。だが。

「何もいないな……」

 ケビンの言う通り、何の気配もしない。

 てっきり魔獣がウヨウヨしているだろうと想像していたので、ニユは拍子抜けだ。「……、エジー、進んで」

 ゆっくりとエジーが歩み出した、その時。

「ダメですっ」

 グリアムが叫ぶと同時に、突然頭上から何かが降って来た。

「う、わあっ」

 寸手の所で飛び退く白山羊。

 危なかった。彼女が言ってくれていなかったら、ぶつかっていただろう。

 そして、突如目の前に現れたのは――。

「今の攻撃を避けるなんて、凄いですね。メイドのお嬢さん、勘が鋭いです。……僕は人狼、ウィフと申します。どうぞ、お見知り置きを」

 恭しく一礼する、頭部が漆黒の狼、下半身が人間という奇怪な生き物だった。

 きっと、シャンデリアの上に隠れていたのだろう。そんな所から攻撃を仕掛けて来るなんて、かなり戦い慣れしているに違いない。

 親しみやすそうな――とはとても言えない獣の笑みを浮かべている彼の手には、いかつい大鎌が握られていた。間違ってあれに引き裂かれたら、どうなっていた事やら。

「僕はドン陛下の忠実なる僕です。ケビン元王子様とその仲間の方々、非常に申し訳ないのですが、国家反逆罪により死刑となります。どうぞ、お許し下さいませ」

 そう言って、人狼がケビンへと走り、大鎌を振るおうとする。

「させるかっ」

 だがケビンはそれを許さず、振り上げた鎌を自らの槍で押さえ止める。

「おや、お強いんですね。これ程までとは存じ上げませんでしたよ。……ですが、まだまだですね」

 瞬時に鎌を手放したウィフ。彼は鋭い牙の並ぶ大口を王子へ向け、噛み付こうとした。

「危ない!」

 その瞬間、ニユが駆け出し、突っ込んでいた。

 棍棒が人狼の頭部へ振り下ろされる。

「ぐお」

 寸手の所で避けられ、惜しくも外れたが、肩を砕く事に成功。大量の血を撒き散らした。

「おお、痛い痛い。でもこの痛みこそ、至極の喜びというものですね。僕のような紳士は、痛みに耐える程強くなるのですよ。……さて皆様方、木っ端微塵にして差し上げましょう」

 気味の悪い、悪意に満ちた声を聞きながら、飛び退くニユは彼を鋭く睨む。「貴方、それで紳士のつもり? どう見ても、殺し狂だけど」

「そうですね。でも僕は、この城一番の紳士ですよ。他の輩なら、もっと野蛮な殺し方をするでしょうからね。僕なら、一発で死の国へ導いて差し上げます」

「死の国なんて、ごめんだね。アタシは死なないし、もう誰も死なせたりしない!」

 そう、決して誰も死なせない。ルーマーの最後の顔を見ながら、ニユはそう誓ったのだ。

「やあっ」

 再び、人狼の頭部へと棍棒が叩き込まれる。

 だが軽い身のこなしで彼はそれを避け、回し蹴りを喰らわせてきた。

 軽々と吹っ飛ぶニユ。宙を舞う彼女へ人狼ウィフが猛突進して来る。

「お嬢様!」

「ニユ!」

 そこへ割って入ったのはケビンとグリアムの二人だ。

 ケビンが駆ける人狼の目の前に立ちはだかり、グリアムはニユをキャッチ、同時に化け物へと包丁を投げた。

「わぷ」グリアムの小さな腕の中に受け止められたニユ。「ありがとう、グリアム」

 そして横目でウィフを見てみれば、漆黒の人狼はケビンに目掛けて振り下ろした大鎌を盛大に外し、その上肩を槍で、胸を包丁で抉られ、血に倒れ伏していた。

「口程にもない。生意気な口ばかり利くからこうなるんだ」

 少し鬱陶しげに吐き捨てる王子に、血を流して横たわる人狼はやはり気持ち悪く笑った。

「確かに。これはやられましたね。ははは、子供の割には強い。侮っていましたよ、悔しいです。でも僕は世界一の紳士ですからね。最後に、良い事を教えて差し上げましょう。……この城には、僕のような亜人が残り五人います。亜人というのは、まあ、人と動物の組み合わせ、といった所ですね。侮られちゃ困りますよ、魔獣なんかよりもずっと強いんですから。元々は僕を含めて七人いましたが、鳥女は王都でやられましたし、僕もこの様です。貴方達はきっと、残り五人に無惨に殺されるのでしょうね。ああ、残念だなあ。僕が裁きを下したかったのになあ。……ドン様、どうかお許し下さい。僕は、何のお力にもなれませんでした」

 そう漏らし、人狼ウィフは息絶えた。

「勝った……、みたいだね」

 グリアムの腕から降りたニユはひとまず勝利を確認する。

 だが、人狼の最後の言葉は、かなり薄気味悪かった。

「この半狼は、化け物……亜人が、後五人いると言っていたです」

「ああ。本当かどうかは不確かだが……、俺は、本当だと思う。妙にプライドが高そうな奴だ、わざわざ嘘を吐いたりはしないだろう」

 ケビンの意見にニユも同意だ。

 この手の敵が後五人。考えるだけで嫌になるが、だからと言って立ち止まる選択肢はない。

「……もっと先へ進もう」

 一行は人狼の遺体を置き去りにし、廊下の奥へと歩き出した。


 魔獣が、次々に襲い掛かって来る。

「グリアム!」

「ありがとうです、お嬢様」

 廊下中に肉片が舞い、咆哮が響き渡る。まるで血の舞踏会だ。

「こいつら、知ってはいたが執拗いな……」

 人狼と相対してから既に一時間弱。

 のべつ幕なしに魔獣が溢れ出て来て、ほとんど前に進めていない。

 また黒獣軍団を倒して、奥へ。

 だがすぐに出て来る。今度は黒い鼠の群れだった。

「ああもうっ」

 苛々と叫びながら、ニユが棍棒を振り下ろす。

「ぎゅっ」「ぎえっ」「ぎがあ」

 小さな鼠とは思えない醜い悲鳴を上げ、黒鼠の血肉が飛び散る。

 でもどんどんどんどん押し寄せて来るから、キリがない。

「鬱陶しい鼠です。ミンチにしてやるです」

 グリアムの包丁が、彼女の言葉通りに鼠を細切れにする。

 それから逃げ出した魔獣は、すかさずケビンが貫いて殺した。

 ようやく魔鼠を退治し終えると、どうやら魔獣の大波は引いたようで、いくら進んでも出て来なくなった。

「魔獣、尽きちゃったのかな?」

 首を傾げ、可愛く笑うニユにケビンは肩を竦めた。「相変わらずニユは楽観主義だな。多分、なりを潜めているだけに違いない。警戒を怠らな……」

 彼の言葉の途中、突然に大きな音がし、ニユは思わず身を固くする。

「何ですっ」

 グリアムが身震いしながら指差す先、そこには異様な魔獣――否、亜人がいた。

 その頭部と下半身は漆黒の馬なのに対し、上半身だけが人間という異質で世にも醜い生物。その名を、人馬人とでも呼ぼう。

 残り五人の中の一人に違いないそれは、突然に黒髪の少年目掛けて突進して来た。

「うわっ」

 咄嗟に身を翻し、跳んで逃げるケビン。もし仮に一瞬でも対応が遅れていたら、馬の前足に踏み付けにされていた所だろう。

 攻撃が空ぶったと知ると、人馬人がゆっくりとこちらを振り返る。

 その動作になんだか、ニユは身の毛がよだつ物を感じた。

 そして直後、人馬人がどこからともなく取り出した物を見て、息を呑まずにはいられなかった。

 弓矢だ。大きな弓矢が、人馬人の手に握られている。

 だがニユが驚いたのはそこではない。人馬人が放った弓矢が、激しい炎に包まれていた事に驚愕したのである。

 燃え盛る炎の矢が、真っ直ぐにケビンを狙う。

 再び危機一髪で避けるが、次から次へと炎を纏った矢が襲い来て、彼の腕の間を、胴の傍を通り過ぎて行く。

「あづっ。……こいつ、俺を狙っているな」

 彼の言う通りで、人馬人の目標はあくまでケビン一人。

 であれば、「こうしたらやっつけられる! エジー、走れ!」

 良案に思い至ったニユは、赤いリボンを揺らして亜人へと雌山羊を猛突進させ始める。

 人馬人の燃える矢の間を潜り抜け、そっと背後に回る。彼女の作戦はただ一つ。

「背後から、頭を割る事!」

 人狼は馬鹿だったが、こいつはそれに増して馬鹿だ。第一に、言葉を喋らないし、行動の単純さからも知能は動物並みだと思われた。

「えいやっ」高らかに叫び、白山羊から漆黒の馬の背中へと飛び乗ろうとした瞬間――。

「ヒヒィーンッ」

 突然に嘶き、振り返った漆黒の人馬人が笑い、ニユへと炎の弓矢を放っていた。

 橙色の火炎に包まれた矢が、真っ直ぐにニユへと飛んで来る。それを見ながら、彼女は自分が考え足らずだったとやっと理解した。

 人馬人を甘く見過ぎていた。そう、単純に言えば、油断していたのである。

 そして同時に死を覚悟した――。その時。

「お嬢様!」

 金髪の少女の声がし、直後、ニユの目の前に信じられない光景が広がっていた。

 グリアムが仰向けに倒れているのである。

 そしてその胸には深々と炎の矢が突き立ち、血が溢れ出していた。

 一瞬、ニユの頭が真っ白になった。

 何が起こっているか分からない。分かりたくもない。

 ドロドロ、ドロドロとグリアムの胸から血が濁流となって流れ出して行く。それと共に、魂すらも抜けて行くように思えて。

 嫌だ、と本能が拒む。信じたくなかった。だって、だって。

 メイド服の少女は力なく微笑むと、なんだか悲しげに、同時に幸せそうにこう漏らした。

「お嬢、様。ご無事で、良かった、です」

 そのまま四肢をだらりと垂らして――、金髪の少女、グリアムは息を引き取った。

「グリアムぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

 次の瞬間、茶髪の少女の悲痛な声が、城中に響き渡ったのだった。

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