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二 洞窟迷宮

 真っ暗な洞窟の中を、蝋燭式ランタンの灯りだけを頼りに、一行は進んでいる。

「……、また分岐点よぉ。右か左かぁ、どちらへ行くのぉ?」

 エジーの一番前側に腰掛けるルーマーが、眠たい声で尋ねて来た。

「うーん。また、右行ってみよっか」

 ニユの当てずっぽうの答えに、彼女は溜息。「分かったわぁ。エジー、右ですってぇ」

 雌山羊はまた右へと体を向け、穏やかに歩いて行く。

 ニユ達が洞窟に入ってから、すでに三時間程。

 真っ暗な上、この洞窟はとても複雑で、あちらこちらに分岐点がある。

 今のところただひたすらに右を行っているがちっとも出口に辿り着く様子はなく、いい加減みんな疲れて来ていた。

「今までの分岐点の数は十。もしここが外れで、一つずつ確かめるとなると……。ここを抜け出すのは、無理に等しいな」

 ケビンの意見の通り、全ての分岐点を試していたらキリがない。

 この道が正しい道でありますように、とニユは願う事しかできない。

 と、グリアムが叫んだ。「エジー、止まってです!」

 急停止――と言っても、さほどスピードは出していないのですぐに止まる。

「どうしたのぉ、アム?」

 余談だが、アムというのはグリアムのあだ名らしい。ケビンの事もビンと呼んでいるし、自分の事もルーと呼んでいるルーマーだが、何故かニユだけはあだ名で呼ばないから不思議だ。

 ――ルーマーが首を傾げた直後、何者かがこちらへ突っ込んで来た。

 それを見て、みんなが一斉に驚く。

 その突っ込んで来た物――それが、巨大な蚯蚓だったからである。

「やぁっ」

 直後、グリアムの放り投げた包丁が、恐らく蚯蚓の頭部と思われる部分に突き立っていた。

 噴き上がる鮮血が、ニユの赤いリボンをさらに赤く染める。

 即死した蚯蚓の亡骸は。そのままあらぬ方向へと落下した。

「よいしょっと」

 それを見届けるや否やニユはエジーから飛び降り、蚯蚓の死体に駆け寄る。

 彼女はこの正体が一体何であるのかを知りたかったのだ。

 ランタンを近付けてみると、それは確かに蚯蚓――。ただし、やたらとでかく、体が氷の針に覆われている事を除けば。

 ハリセンボンの針のように鋭く尖った氷針は、少し触れてみただけで手に血が滲んだ。

「これは……」

 魔獣なのだろうか。

 すぐさま人を襲って来る習性、そしてこの洞窟内で待ち構えていた事を考えれば明らかに魔獣だ。

 しかし一つおかしな点がある。

「黒く、ない……?」 

 体毛が黒くないのである。

 考えてみれば魔犬やその他の魔獣、そしてあの鳥女の羽すらも漆黒だった。

 魔獣の印とも言えるその漆黒を、巨大蚯蚓は持っていないのだ。代わりにあるのは、尖った氷の鎧。

 いつの間にか隣に来ていたケビンも、首を傾げた。「確かに、これは魔獣だろうが……、少し変だな」

「よしっ、確かめてみよう!」

 直後、蚯蚓の死骸を棍棒が叩き割っていた。

 そして氷の鎧の割れ目から見えたのは、漆黒の皮。――間違いなく、魔獣の印であった。

「やっぱり。でも氷の鎧を着てるって事は」

「雑魚の魔獣達とは、違うのだろう。グリアムが気づいてくれなかったら、きっと俺達は殺されていたに違いない。彼女に感謝だな」

「そうだね」

 後で聞いたのだが、やはりグリアムは嗅覚で魔獣を察知したらしい。彼女はなんと鼻が良い事だろうか。ニユなんて、何も感じないのに。

 そして、もう一つ重要な事が分かった。

「行き止まりだわぁ」

 この道には、これ以上先がない。

 つまりここは間違いだったという事だ。

「とりあえず、引き返すです?」

 グリアムの問いに、悩ましげにケビンが頷いた。「そうするしかないが……、やはり大変そうだな。もしかすると、数日かかるかも知れない」

「ならぁ、できるだけ急がなくちゃぁ。エジー、早めでお願いねぇ?」

 主人にそう命じられた雌山羊は、嬉々として走り出す。

 あまりに速いので振り落とされそうだ。ブルブル震えながら、ニユは絶叫を上げ続けた。


 分岐点に戻って来ると、左へ。

 さらに分岐点が現れ、また左へ。

 しばらく進むと今度は、変な遠吠え声がして、雌山羊は足を止めた。

 そろりそろりと進んでみれば、そこには氷の体毛の巨狼が。

「やるぞ!」

 ニユは大胆に棍棒で、ケビンは的確に槍で、グリアムは恐る恐る包丁で、ルーマーは楽しげな笑みを浮かべて鞭で、狼と相対する。

 一瞬にして猛烈な戦いが繰り広げられ、最後にニユの棍棒が狼の頭を叩き潰したのだった。

「ここもどん詰まりか……」

 落胆し、珍しく吐息を漏らすニユ。

 仕方なく、踵を返して今度は先程の分岐点を右へ。

 だがそこでも魔獣が待ち構えており、戦闘の後に行き止まりである事が判明。

「あぁ、ルー、疲れたわぁ」

「弱音を吐くな。まだ休むまで時間があるぞ」

 溜息を吐くルーマーをケビンが励まし、一行はもう二つ前の分岐点まで戻り、左へ。

 その先も分岐点。でもどちらも氷の魔獣がいるだけで、道は続いていなかった。

 そしてそれを何度も繰り返しているうち、最初の分岐点まで戻って来てしまった。

 相変わらず真っ暗だが、もう夜中の筈で、四人ともクタクタだった。

 晩ご飯を食べながら、金髪の少女と栗毛の少女は肩を落として呟いた。

「今日分かった事はぁ、右側がダメだって事よねぇ」

「骨折り損のくたびれもうけ、とはこの事です。……一体明日はここを出られるです?」

 だが、ニユはちっとも諦めていない。

「きっと出口はある。下を向いちゃダメだよ。いつも笑顔でいてたら、きっと幸せは来るんだから」

 楽観的過ぎるニユの言葉。だが、他の三人を勇気付ける事はできたようだった。

「そうだよな。……明日も、頑張ろう」

 ケビンの決意に、皆が同意した。が――。


 翌日、ニユとルーマー、ケビンとグリアムの二手に分かれて洞窟を捜索する事になった。

 まず、最も左奥へ突き進む。

 どこまでも、どこまでも続いているかと思われる程長い道のりを進むうち、ルーマーが突然口を開いた。

「ねぇ、ニユはぁ、お嬢様なんでしょぉ?」

 彼女が何を言いたいかが分からず、ニユは小首を傾げる。「うん、そうだよ。それが何?」

「どんな風に暮らしてたのかしらぁ、と思ってねぇ」

 どんな風に暮らしていたか。

 その問いを受けて、ニユはしばらく考え込んで、思い返しながらゆっくりと話し出した。

「そうだな……。結構長閑な暮らし、だったかな。いつも屋敷でのんびりしてて、でね、たまに父さんに許してもらって、グリアムと外に出るんだ。ラダラの街は楽しくってさ。そこでお買い物とかして、ぼうっと川を眺める。そんな毎日だったよ」

 それを聞き終わったルーマーは、榛色の目を閉じ、開いてから笑った。「楽しそうねぇ。羨ましいわぁ、そんな生活ができるなんてぇ」

 その言葉に、ニユは少なからずの驚きを得た。

 男爵令嬢である事が、羨ましい。

 そんな事を言われたのは、初めてだった。

 いくらお嬢様と言えど、貴族の中では最下級。だから、庶民と大して変わらない暮らしを営んでいるのだ。

 それに、外出制限がある為、ニユはいつも不満だった。ずっと屋敷に籠っているというのは、活発な彼女にとっては辛い事である。

 なのに、栗毛の少女は憧れの目で茶髪の少女を見つめている。

「お嬢様だって、楽じゃないんだよ。ずっと檻の中で閉じ込められてるみたいでさ」

 誤解を正そうとするニユ。だがルーマーは激しく首を振った。

「いぃえ。やっぱり羨ましいわぁ。きっとぉ、ニユは幸せだったでしょぉ? ルーなんてぇ」

 そして、自分の境遇を語り出したのである。


 ルーマーは、寒村の百姓の娘として生まれた。

 それはそれは何もない村だったが、植物と、父から貰った雌山羊エジーと戯れ、そこそこの暮らしを送っていた。

 しかし、十三歳の時、病気で両親がほとんど同時に死んでしまった。

 割合近くにある祖母の家に引っ越し、ルーマーは楽しい事があるのではと思っていた。

 しかし祖母のボロ家では、ひもじい生活が待っていた。

 虐待され、ご飯もほとんど食べられない日々。ルーマーはだんだん痩せ細ったが、でも、こう思っていた。

 きっと、なんとかなるわぁ。

 でも村に飢餓がやって来て、とうとう何も食べ物が手に入らなくなった。

 そして祖母がナイフを持ち出し、ルーマーを殺そうとした所へ、ニユが現れて貧しい暮らしは幕を下ろした。


「だからルーはぁ、ニユが羨ましいわぁ。ご飯が沢山食べられてぇ、それでぇ、色んな自由が許されるぅ。それはルーにとってぇ、幸せそのものよぉ。……羨ましいわぁ」

 話し終わった彼女の言葉を聞いて、ニユは思わず吹き出した。

 そのまま笑った。笑って笑って、笑った。

「どうして笑うのぉ?」

 嫌そうにルーマーに見つめられ、笑いながらニユは首を振る。「ご、ごめん。あは、はは、だ、だって、だってさ、もう、叶ってるじゃん。今、お腹空いてる? 今、不自由?」

 問われ、ルーマーははっとなったようだ。「……食べられてるわぁ。それにぃ、自由。自由だわぁ。確かにルーはぁ、自由だわぁ」

「でしょ? だからルーマーは幸せなんだよ、今。この旅が終わったら、もっともっと楽しい事が待ってるよ、きっと」

 前に座っているルーマーの頭を撫でてやりながら、ニユは思った。

 彼女は幸せを、自覚できていないのだ。ずっと不幸だったから、幸せというのに対し、ひどく鈍感なのである。

 しかしそれもきっと、いつか分かるようになるだろう。――そう、この旅が終われば、もっと自由に生きれば良い。そしてもっともっと、幸福を知れば良いのだ。

「ありがとぉ、ニユ。……、ルーはもっと幸せになってみせるわぁ。だからニユ、友達でいてねぇ?」

 ずっとずっと、友達。

 そう。この旅が終わっても、大人になったとしても、ずっと。

「決まってるじゃん。あ、そうだ。ドンを無事にやっつけたら、ラダラの街へおいでよ。きっと楽しいからさ」

「そうねぇ。楽しみだわぁ」

 少女二人は笑い合っていると――。

 突然、ランタンで薄ぼんやりと照らされた暗闇の中を蠢く物が見えた。


 それは、氷のサイだ。鋭い角が額から突き出し、氷に覆われた体は岩の如く大きい。

 間違いなく、魔獣だ。

 表情を引き締めるニユ。「……またか。ルーマー、やるよ」

「分かってるわぁ」

 雰囲気はぶち壊しになったが、仕方ない。

 ――戦闘開始。

 まずは勇猛果敢に雌山羊から飛び降りたニユがサイへ突進。相手方も突進して来て、衝突になるかと思われたが、ぴょん、と赤いリボンを揺らしてニユは跳躍。サイの背中に飛び乗った。

 突然目標がいなくなったのでサイは驚き、勢いを止められずに洞窟の壁に激突。

 魔獣の額の角が折れ、だらだらと血が。

「あらぁ。可哀想ねぇ」

 ルーマーの呑気な声を背後に聞き、ニユがトドメを刺そうと棍棒を振り被って――。

「うがおっ」

 その時、物凄い勢いでひっくり返ったので、背中の上に立っていた状態のニユは逃げられずに押し潰された。

 サイの体にのしかかられ、全身が強く痛みを訴え掛ける。重い。重い。息が詰まる。全身の骨が悲鳴を上げ、あまりの重さに意識が遠のく。

「ごめんなさぁい。……サイちゃん、悪いけどぉ、死んでねぇ?」

 次の瞬間、非常に穏やかな甘い声がし、ニユに乗り被さっていた魔獣が、彼方へ吹き飛ばされていた。

「びぎゃあっ」巨サイは地獄の叫びのような奇声を上げて、肢体をバラバラにして即死した。

 それを成した少女は、黄緑色の半ズボンを手で軽く叩きながら、「ニユ、無事で良かったわぁ」と微笑む。

 そんな彼女を見て、息も絶え絶えながらにニユは思わず笑顔になった。「ありがとう、ルーマー。アタシ、いっつもみんなに助けられてるな」

 仲間に助けられ、こちらも助ける。そして笑い合って、生きて行く。

 これ程素敵な事が、あるだろうか。

 もしかすると現在こそが、今までの人生の中で一番幸せなのかも知れないと、ニユは思う。

 そしてこの幸せが続きますように、と、願った……のに。


 結局この道もどん詰まりで、一つ前の分岐点へ引き返し、もう一つの道に入って突き進む事半時間。

 また、行き止まりにぶち当たった。

 今度は魔獣の姿がなく、しんと静まり返っている。

「あぁ、出口は一体どこなのかしらねぇ」

 ニユもルーマーも困り果て、疲れたのでひとまず昼食休憩を取る事になった。

 パンを貪りながら、ニユは辺りを見回す。

 来た道以外、三方向は土壁で覆われている。

「あああ、いつになったら」

 この洞窟を抜けられるのだろうと思い、ふと正面の土壁を凝視したニユは、突然、何か異物に気が付いた。

 光っている。何か、光っている。――宝石だ。薄黄色の宝玉が、壁に埋め込まれていた。

「あれ、見て」

 ニユが指差すと、ルーマーも目を丸くする。「まぁ、何かあるわぁ。……ちょっとぉ、触ってみましょぉ?」

 昼食のパンを急いで口に詰め込むと、少女二人は立ち上がって土壁の前に立つ。そしてほとんど同時に手を触れていた。

 ギギギ、ギギギ。

 洞窟の中に、轟音が響き渡る。

 ニユもグリアムも、息を呑まずにはいられなかった。

 なんと壁がまるでドアのように開き、向こうに道が伸びていたのだ。

「ここが……」

 出口へ続く道に、違いなかった。

「ビンとアムを呼んで来ましょぉ?」

「そうだね。……疲れたけど、でも頑張らなきゃ。だって、ここを抜けたら」

 念願の、北の島なのだから。


 そうして他二人に声を掛け、四人で扉の前まで戻って来た。

「こんな仕掛けを見つけるなんて、ニユ、凄いな」

 ケビンに褒められ、ニユは少し照れ臭くなって笑う。

「お嬢様、なんかひんやりするです」

 確かにグリアムの言う通り、開いた扉の向こうからは刺すような冷気が流れ込んで来ていた。

 それは、北の島が近い証明でもあった。

「……。さあ、行くよ」

 ニユ、ケビン、グリアム、そしてルーマーを乗せた山羊エジーは、道の奥へと颯爽と駆け出し――。

 一本道を三時間程進んで、不意に視界が明るくなった。

 見上げてみれば、硬い土の天井はなく、代わりに穴があり、その先には灰色の雲で覆われた空が見えた。

 そして、同時にニユは目前に立ちはだかるそれに気付く。

 そこには、氷の巨像があった。否、巨像ではない。生きて蠢き、その漆黒の瞳をギラギラさせている。

 その姿はまさしく――。

「ドラゴン……?」

 長い長い洞窟の末に待ち構えていたのは、氷の体の巨竜であった。

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