一 吹雪の山
寒い、寒い、凍えてしまいそうな吹雪が辺りに吹き荒れていた。
目前に、雪で真っ白に染まった高山が聳え立っている。その名は、スノーマウンテン。
大陸最北端のこの雪山地帯に、ニユ達一行はとうとう辿り着いたのである。
ここへ来た目的は、北の島へ渡る為。
近隣の村で聞いた所によれば、スノーマウンテンのどこかに洞窟への入り口があり、そこを通って行けば北の島へ行く事ができるという噂があるらしい。
だが同時に、ここは古くより禁忌の場所とされていて、この山に入った者は、大半が帰らぬ人となったとか。
でも山を目前にしてニユはむしろ、恐怖を感じるどころか少しばかり安心していた。
「ここさえ越えれば、ようやく北の島へ行けるんだから」
だが彼女の呟きを聞いたケビンが溜息を吐いて注意した。「ニユ。この山に何が待ち受けているか分からないぞ。気を抜くな」
「分かってる。じゃあ、行こう!」
「了解です、お嬢様」
「よぉし。ルーも大活躍しちゃうんだからぁ」
女性陣のなんだか楽しげな叫びと共に、四人は難所、スノーマウンテンへ足を踏み入れたのだった。
一寸先も見えない、猛烈な風雪の中、山羊エジーに乗った一行は順調に進んでいる。
と、一番前に座っていたルーマーが突然に声を上げた。「何かぁ、黒いのが見えるわぁ」
ニユが彼女の肩越しに前を覗けば、真っ白な雪に覆われた地面の上で、黒い点が蠢いているのが見えた。
そして彼女はすぐに悟る。「……、魔獣だ」
種類はよく分からないが、ともかく何かの魔獣が正面に屯していたのである。
無論彼らは、ニユ達を撮って食おうと考えているに違いなかった。
迂回する事もできなくはない。だが――。
「全員、戦闘準備に入れ。視界が悪い、気を付けろ」
逃げても追われる危険性が高い為、ケビンは率先して戦う事を決めた。
それにはニユも同意だ。すぐさま背負い鞄から棍棒を抜き出し、エジーから飛び降りる。
他の面子もしっかり構え終わったようだ。
雪の隙間にチラチラと見える黒い点が近付いて来て、咆哮を上げた。
ワンピースの上に羽織った赤いコートを翻し、ニユが魔獣の群れへと真っ先に走り出す。
飛び掛かって来る魔獣。雪に阻まれてよく見えないが、恐らく熊だろうと思われる巨体の魔獣群団だった。
直後、打撃音が静かな雪山に響き渡り、棍棒で叩き潰された魔熊の頭部の破片と共に、深紅の鮮血が辺りを舞い散る。
続いて戦場に飛び込んだのは、栗毛の少女、ルーマーだ。
彼女は鞭を振るい、一気に黒熊を薙ぎ払う。その巧みな鞭捌きは、隣でそれを横目で見ていたニユを驚かせた。
「ルーマー、凄いじゃん」
「お父さんに仕込まれた鞭なのぉ。さぁ、黒熊ちゃん達ぃ、たっぷりルーの鞭の罰を味わいなさぁい」
鞭に投げ飛ばされた魔獣達は次々に地面へ激落し、グシャリと音を立てて潰れ、白雪の上に真っ赤な血の花を咲かせる。
初戦にして大活躍のルーマー。だが他二人も負けてはいない。
遅れて乱入したケビンはその槍を振り回し、魔熊どもの胸、腕、足、頭部関係なく刺し貫いて、容赦なく死体へと変えて行く。
グリアムは、「ひっ」とか「わっ」とか叫んで跳び回りながらも、包丁を振るって黒熊をズタズタに引き裂いた。
豪快で輝かしい戦闘は、だが、ニユの悲鳴に遮られる。
吹雪のせいで真横に迫る熊の存在に気付けなかった彼女が、鋭い爪に脇腹を抉られたのだ。
そして次は腹を引き裂こうとして魔獣が迫り――。
「ニユ!」駆け寄って来たルーマーが、ニユを襲う魔熊を、遠くへ跳ね飛ばしてやっつけていた。
「あ、ありがとう……」
脇腹から溢れ出す血は止まらないが、なんとか大丈夫そうだ。出血する部位に手を添えて立ち上がり、再び戦おうとする茶髪の少女を、栗毛の少女が制した。
「その傷じゃぁ、ちゃぁんと戦えないわぁ。ここはルー達に任せてぇ、ニユはエジーと待っててねぇ?」
確かに、脇腹がズキズキ痛むこの様では、満足に棍棒を振るえないだろう。ニユは仕方なく、ルーマーの言う通りに待っておく事にした。「ごめん。応援してるから、頑張って」
エジーの上で座るニユは、仲間達の戦いっぷりを初めて遠目から見て、映画か何かのような素晴らしさに感激せざるを得なかった。
黒い魔物と踊る華やかな舞は、ケビンが最後の熊を頭から尻まで槍で貫いた事によって幕を下ろした。
「凄い凄いっ。みんな凄過ぎじゃんっ」
思わずはしゃいだニユの脇腹から、鮮血が流れ出す。
「お、お嬢様!? 大変です、今すぐお手当てをするです」
それを見たグリアムは仰天し、慌てふためきながらニユに精一杯の手当てを施す。
おかげで随分と良くなったニユは、仲間達に感謝しかなかった。
――少しばかり負傷はあったものの、スノーマウンテンでの第一戦は無事に済み、一安心である。
それからは次々に襲い来る魔獣達と幾度も戦い、極寒の中で野宿をしながら進む。
そして入山五日目、四人はとうとう奇怪な巨石を見つけた。
「どかしてみよう」
一時間かけてやっとこさ石を移動させてみれば、そこには人がやっと通れるぐらいの小さな穴が存在していた。
「ここって、もしかして……」
ニユの呟きに、他三者も顔を見合わせて頷く。
「ここがぁ、噂の洞窟の入り口って訳ねぇ。……、躊躇う必要なんてないわぁ、早く入りましょぉ?」
「そうだね。じゃあ、行こう!」
ルーマー、山羊のエジー、グリアム、ケビンが穴に消える。
そして最後となったニユも、意を決して穴の中に飛び込んだ。
そして曲がりくねった穴の中を滑り落ち、気付くとそこは暗く湿っぽい土の中にできた空洞だった。
ここは死の洞窟――。熾烈な血で血を洗う戦いが、今、始まろうとしていた。




