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四 北の寒村にて

 ニユ達は、公爵邸より北にある幾つもの村で、尸を見た。

 死臭が立ち込め、人っ子一人いない村を、幾度通り掛かった事だろう。

 彼ら村人達が生き絶えたのは、魔獣のせいではない。

 飢餓だ。あまりにもの飢餓に苦しみながら、男も女子供も関係なく死に伏していたのである。

「ひどい……」

 それを見る度に、ニユの心はキリキリと痛んだ。

 ドッゼル王国に明らかに忍び寄る影――その理由は、まともに施す事を知らず、自由奔放に国を治めているドンにある。

 そう思うとニユは、ドンへ対して尽きない怒りを覚えるのだった。


 魔獣と戦い、街を幾つか越えて、ニユ達三人は宿を取ろうと思い、とある村に立ち寄った。

 その日はたまたま歩くのが長引いて、時刻は真夜中へ向かおうという頃。

 辺りはしーんと静まり返っていた。

 この村も、また死んでいるのではないか。

 そんな疑念を持ちながら宿屋へ足を運ぶと、その心配は無用だと分かった。

 宿主の女が、満面の笑みで出迎えてくれたのだ。「いらっしゃいお客さん。あら、お嬢ちゃんにお坊ちゃんじゃないかい。……良いのが来たものだねえ」

「ここで一泊しても、良いか?」

 金貨を見せながらケビンがそう尋ねると、女店主は喜んで部屋へ案内してくれた。

 その夜は、ニユもグリアムもケビンも疲れ切っていたので、すぐに眠りについた。


 朝方。

 ニユは怖い夢を見て、目を覚ましてしまった。

 まだ身震いがする。

 内容は、魔獣に食い殺されてしまうというもの。

 最近こういう夢が、随分と増えてしまった。でも、それは当然だろう。毎日毎日、ほとんど命の危険と向き合っているのだから。

 やっと心が落ち着き、また眠りに戻ろうと思った時、何かの足音が聞こえた。 

 ひたっ、ひたっ、ひたっ。

 それから押し殺した笑いの声もする。「くく。くくくくくくく」

 何か物騒な予感がして、寝ぼけた頭を無理矢理起こした。

「何だろう……?」

 耳を澄ます。足音が、どんどん近づいて来る。

 ひたっ、ひたっ、ひたっ、くく、くくく。

 そしてドアがギーっと開いて、現れた人物にニユは仰天する。

 それは、宿屋の女店主だった。

「おや。起きていなすったんだねお客さん。そりゃ、損な事をしたもんだ。――眠っていれば、そのまま死ねたのにさ」

 にたりと、かの鳥女に負けず劣らずのぞっとする笑みを浮かべた女店主の手には、金槌が握られていた。「これで頭を叩き潰すのさ。そしたら、苦しまずに死ねるだろ? あたしだって、良心はあるよ。ただ……、お腹が空いているだけで、ね!」

 女が涎を垂らしながら、金槌を振りかぶる。

 だが、「遅い!」

 目視できる程とろいそれに、目にも止まらぬ速さで棍棒を打ち付け、そのまま押し返す。

「ふぎゃあ」情けのない悲鳴を上げて吹っ飛ぶ女。

 トドメを刺す事もできる。が、あえてニユは女に近付こうとせず、彼女に問うた。「どうして、アタシ達を殺そうとしたの?」

 ゆっくり立ち上がり、女は舌なめずり。

「だから言っただろ? 腹が減ってるんだよ。だから、あんた達を食いに来たのさ!」

 また、衝突が起きる。だが今度も、女は手ぬるい。

「えいっ」

 ニユにあっけなく弾き飛ばされ、女はまた部屋の外、地べたに寝転ぶ。

 その戦いの凄まじい音で、ケビンとグリアムが跳ね起きた。「ど、どうした?」

 まだ寝ぼけているらしい彼らの事は一度頭から切り離し、ニユは女の繰り出す金槌を止め、そのまま女を投げ飛ばす。

 しかし、執拗い。立ち上がり、女はめげずに突進して来る。

「だからそれ、遅いってば!」

 叫び、埒が明かないのでニユはとうとう、女の背中を強打した。

 失神する女。わざと死なせてはいないが、背骨を骨折していてもおかしくはない一撃だが、ニユの巧みな手加減で骨折はない。凄技である。

「ごめんね」

 血塗れの戦いにならなかった事を少し安堵しながら、ベッドに腰掛けたニユはふと考え込んでしまう。

 女は言っていた。「腹が減ってるんだよ。だからあんた達を食いに来たのさ!」と。

 つまり彼女は食人鬼。人を食べ、生きている訳だ。

 しかしずっと彼女が人を食べていたとは思えない。――やはり、他の村と同じでこの村でも飢餓が起き、仕方なしに人を食う輩が出て来たに違いなかった。

 そうすれば……。

 悪い予感に思い当たったニユは、ぴょんとリボンを揺らして立ち上がり、まだうつらうつらしている他二人を叩き起こして、宿を飛び出した。

 お人好しなニユに、人々が死んでいくのを放って置くなど、できる筈がないのであった。


「に、ニユ、事情を説明してくれ。何が何だか分からん」

「そうです、お嬢様。話して下さいです」

 先を行くニユに向かって投げ掛けられる問いに、彼女は振り返り、一言で答えた。

「飢えて殺し合ってる人がいるかも知れないんだ。だから、助けに行かなきゃ」

 そのあまりにも説明不足過ぎる言葉だが、長年の付き合いであるグリアムは分かったらしい。「つまり、あの倒れていた女店主はお嬢様や私奴達を取って食おうとしていたので、他の村の人達も飢えて人を食らおうとしているのではないかと考えたです?」

「うん。そういう事。さっすがグリアム!」

 だが時刻はまだ、空が東雲色に染まり始めた明け方である。

「こんな時間に誰も起きていないだろう」

 ケビンがそう言うのと同時に、ニユの耳に怒声が届いた。

「ぐあおっ」

「お前。おれの大事な大事な大事な大事な女房食っただろ。食っただろ」

 男二人の争っている声。

「大変っ」叫び、ニユはすっ飛んで行った。

 そこには中年男と若い少年がおり、男が少年を押さえ付けて首を絞めていた。

「うぐう。うがっ、ごえっ」えずき、苦しみ悶える少年。

 そこへ茶髪の少女が待ったをかけた。

「ちょっと。そこの貴方達、ダメだよ。何があったかアタシに話して」

 二人がまだ寝巻き姿の彼女をじっと見つめ、それから同時に叫んだ。「旨そうな姉ちゃんだな!」

 そのあまりの合致具合に驚きつつ、不愉快さに思わず顔を顰めるニユ。「人の顔見て一番目に旨そうって言うのは失礼だと思うけど?」

「小僧、オメエは後回しだっ。この姉ちゃん食っちまおう!」

「この姉ちゃんはオラの物だ。おっちゃんにやるかよ!」

 同時に飛び掛かって来る男と少年。それを一緒くたに棍棒が薙ぎ払っていた。

「悪いんだけど、アタシを食おうとしたらただじゃ済まないよ? 大体、アタシ質問したでしょ。何があって揉めてるの? 話して」

 軽々と吹き飛ばされた男と少年は、やや強いニユの口調に気圧され、一瞬口をつぐむ。

 そして少年が恐る恐る茶髪の少女を見上げ、辿々しく話し出した。

「オラ、この村でずっと暮らしてんだ。まあまあ平和だったんだが、最近食べ物が全然手に入らなくてよう。父ちゃんも母ちゃんも死にそうなんだ。だからオラ、仕方なくおっちゃんとこの女の人を家族で食っちまったんだ。食べたくなんてなかった。でも食わないと死んじまうから、仕方ねえじゃねえか。そしたらおっちゃんが嫁を食っただろって殺しに来たんだよう」

「おれが食べようと思って大事に取ってた女房をこいつが食ったんだ。ひどい奴だ! おかげでおれの飯がねえじゃねえかっ」

 再び男が少年に掴みかかる。

 この村は、どこよりもひどい。ニユはそう思った。

 みんながみんな、飢えている。だから知らない人でも家族でも、人を食って生き延びようとしているのだ。

 そしてその全ての元凶は――。

「ドン。……どこまでみんなを苦しめたら気が済むんだ!」

 ニユの中に魔人への怒りと、そして目の前の争いをなんとかしなくてはという考えが巡る。

 とりあえず男と少年を、棍棒で殴り気絶させる。そしてニユは背後のケビンとグリアムに知恵を貸して貰う事にした。

 一瞬思案顔になってから、グリアムが頷く。「ひとまずは、食べ物を恵んであげるです。それから……」

 彼女の作戦を聞いて、ニユは腰を抜かした。「えっ、魔獣を食べさせるって?」

 この村へ来る途中、また魔獣に襲われたニユ達がそれらを皆殺しにしている場所がある。

 そこへ連れて行き、魔獣の死骸を食べさせれば良いのではないかという案だ。

「…………、確かに。人を食うよりは、魔獣の方が余程マシだな。よし、それを採用しよう」

 だが、ケビンが賛成してしまったし、彼らの言う通り人の命を奪い合うよりはその方が良いので、ニユも同意。

「そうだね。とりあえず、村の人達を説得しよう」

 

 あちらこちらで、残り少ない食べ物を奪い合い、他人を食らおうとして殺し合いが起きていた。

 血みどろの揉み合いの中、ケビンの槍が制し、それでもダメならニユの棍棒とグリアムの包丁が気絶をさせる。

 そうして争いを止めて行き、その度に、目覚めても暴れぬようにロープで縛った。

 それを繰り返し、村の片隅までやって来た。

「もう村の人はいないかな?」

 争いをしていなかった村の人達も、食べ物を恵んでやり、気絶している人達と一緒に村の中央広場に集めている。

「では、広場に戻るです」

 踵を返して立ち去ろうとしたその時、廃墟のような家の中から悲鳴が聞こえた。

「何だろう。行かなくちゃ」

 きっと誰かが死の危機に瀕しているに違いない。

 そう考え、一も二もなく開け放たれた窓の中へ飛び込むニユ。

「お嬢様、待って下さいですっ」

 メイドの少女の声など全く聞こえないまま、まだ薄暗い廃墟の中を突き進む。

 そして、蝋燭の明かりが灯る一室へ駆け込んだ茶髪の少女は、壮絶な光景を目の当たりにしてしまった。

 そこには、地面に押し付けられる少女と、凶悪な笑みを浮かべる老婆がいた。

「嫌ぁ。嫌ぁ」

 泣き叫ぶ少女の胸に、今にも老婆の手にする鋭い刃物が突き刺さる――。

 その直前、ニユは弾丸の如く走り出し、老婆の頭を棍棒が強打していた。

 ぐしゃっ。

 気味の悪い圧砕音が部屋を満たし、次の瞬間、横たわる少女の頭上に血の雨が降り注いだ。

 そして老婆の頭部だった肉片が、部屋を舞い散る。

 それを見て、大きな体に血の付いた棍棒を抱える少女、ニユは――。「あっ。またやっちゃった」と、可愛く舌を出したのだった。


 場所は変わらず薄暗い廃墟の一室。

 力加減を間違って老婆を殺してしまったニユだが、おかげで殺されかかっていた少女は救われた。

「ありがとぉ。貴方がいなかったらぁ、ルーは殺されてたわぁ」

 妙に間伸びした声で、栗毛の少女が感謝を告げた所だ。

「無事みたいで良かった。……、あのお婆さんちょっとした手違いで殺しちゃったけど、あの人って?」

 リボンを揺らし、可愛く首を傾げるニユの質問い、一つ括りにした栗毛の少女は少し俯いた。「…………。あれはぁ、ルーのお婆ちゃんよぉ。お父さんとお母さんが死んじゃって一緒に暮らしてたけどぉ、お腹がペコペコでぇ、ルーを殺して食べようとしてたみたいだわぁ」

 同居していた人に殺される。

 その恐怖を想像し、ニユは背筋がゾッとした。そんな体験をしておきながら正気を保てている少女に驚きだ。

 それが彼女の呑気さと鈍感さの為であると、ニユは後々知る事になる。

 一方、現場へ駆け付けたケビンとグリアムは、それぞれの反応を示した。

「その娘は誰だ?」

 平然として尋ねるケビンに対し、グリアムは老婆の無惨な遺体を目にして甲高い絶叫を上げ、震え出す。「お、お、お嬢様……」

「この娘、お婆ちゃんに殺されそうだったみたいでアタシが助けたんだけど、間違ってお婆ちゃん殺しちゃったんだ。てへへ」

「良いのよぅ。気にしなくてぇ」栗毛の少女は笑い、ニユと笑い合う。

「てへへ、じゃないだろ……」

「ひっ。……、も、もう、ほ、本当にお嬢様は困った人、です」

 呑気な二人を眺めながら、黒髪の少年と金髪の少女が、同時に小さく溜息を吐いたのは、当事者達には聞こえなかった。


「立てる?」

 栗毛の少女に、ニユは笑い掛け、そう尋ねた。

 彼女は薄汚れた緑の袖なしシャツに黄緑の半ズボンという格好で、余程の貧しさが窺える。きちんとすれば可愛いのにと、ニユは少し彼女を可哀想に思った。

 茶髪の少女に問い掛けられた少女は、申し訳なさそうに首を振る。「ごめんなさぁい。ルー、お腹が空いてぇ、力が出ないのぉ」

 見れば体はすっかり痩せ細っていて、何日食べていないのか想像も付かない程だった。

「そっか。ごめん、ちょっと待ってて」

 背負い鞄から慌てて食料を取り出したニユは、パンにチーズを塗り、それを栗毛の少女に手渡した。「どうぞ。食べてみて」

 軽く頷き、パクッと一口かぶり付いた彼女は、目を丸くして震え出す。

 何事かと心配してニユが声を掛けようとした時、少女は思わずと言った様子で叫んだ。

「これ、最高だわぁ! 美味しい! こんなに美味しいご飯を食べるのは久し振りよぉ!」そして目にも止まらぬ速さでパンを食べ終えた。

「良かった、喜んで貰えて」

 少女にあげたのはそんなに美味しい物ではないと、毎日のように絶品の料理を口にしていたニユ自身、はっきりと証言できる。

 だがずっとこの寒村で貧しい暮らしを送り、今など飢餓に悶えていたであろう少女にとって、そのパンはこの世のどの料理よりも美味しく感じられただろう。

 そのままの勢いで数枚をがっつき、ようやく腹が膨れたらしい少女は満面の笑みを浮かべて言った。

「ありがとぉ。こんなに美味しいのを食べたのはぁ、きっと初めてだわぁ。ありがとぉ。本当にありがとぉ。ねぇ、失礼だけどぉ、貴方のお名前を教えてぇ」

 そう言われて、ニユは笑顔で答える。「アタシはニユ。貴方は?」

「ルーことルーマーよぉ。十五歳だわぁ。ニユ……、良い名前ねぇ」

 栗毛の少女、ルーマー。

 満腹で元気一杯になった彼女と一緒に、ニユ達はボロ家を出て、村の中央広場へと向かったのだった。


 ルーマー含む村人達を引き連れて、ニユ、ケビン、グリアムの三人は魔獣がまとまって死んでいる草原に案内。

「ご馳走を用意するので、ほんの少しだけ待っていて下さいです」

 と言って魔獣肉を調理し始めたグリアムを待つ残りの二人は、彼らが旅をしていると知った村人達に寄り集まられ、次から次へと質問される羽目になった。

「どこから来たの?」

「どこの出身だい?」

「姉ちゃん。お名前はなんだい?」

「なんでそんなご立派な服着てるのさ?」

 あまりに多くて追い付かず、ニユもケビンも目を回してしまう。

 そこへ榛色の目を輝かせたルーマーが、興味津々で尋ねて来た。「ねぇ、ニユ達はぁ、何の為に旅をしてるのぉ?」

 答えを聞こうと、辺りの人々がしんと静まる。

 旅の目的。

 これは重大な事であり、そう誰にでも言って良いものではないのかも知れない。

 だがお人好しのニユにとって、せがまれているのに無視するなんてできる筈もなかった。

「アタシ達ね、悪い奴をやっつけに行く為に旅してるんだ。その悪い奴ってのは……」

 ケビンが顔を顰めているのも構わずにニユが語り終えると、村人達は様々な視線を投げ掛けて来た。

 憐れみ、軽蔑、疑念、無関心、同情心、色々な感情が飛び交う。

 その中、ルーマーだけがただじっとニユ達を見つめて、「凄いわねぇ」と、感心に声を震わせていた。

「立派だわぁ。魔人を倒そうだなんてぇ。ルー達が今不幸になっているのもドンのせいだものぉ。尊敬するわぁ、ルーとほとんど同い歳なのにぃ」

 彼女が大袈裟に感嘆するので、ニユは驚きつつも首を振った。

「アタシは、別に立派じゃない。勝手に家出するし、人を殺しちゃうし……。でも、大事な物を、大事な人を守りたい。それで笑い合いたいんだ。だから、世界を救いたいんだよ」

 そう。ニユは決して褒められた人間じゃない。頭も良くないし冷静さもない。笑顔と明るさだけが取り柄の、普通の女の子。

 それでも彼女が『救世主』になる事を望むのは、大切な人達、両親やグリアム、それにケビンと笑って過ごしたいから。

 その為に、救世の旅路に出たのである。

「ふぅん。……あのぉ」

「何?」

 ニユの言葉を聞き終わったルーマーが何かを口にしようとした時、丁度グリアムが料理を手に戻って来た。「お待たせしたです。魔犬のスープです」

 草原に敷いた大きな布の上に置かれた鍋の中身を見て、それまで話していた全員が黙って涎を垂らさずにはいられない。

「美味しそう。よし、朝ご飯としよっか」

「そうだな。では、頂こう」

 時刻はまだ朝日が昇り切ったばかり。みんなは揃ってグリアムの作った食事を食べ始めた。

 魔獣の獣臭さを一切感じさせないスープは、誰もが舌鼓を打った。

 最近は彼女の手料理を食べる事もなかったが、グリアムは普段ニユと外出する時以外は男爵邸で料理メイドをしていたのだ。絶品なのも当然だった。

 パンと合わせて食べるとなおよし。ルーマーなど飢えていた村人達はおろか、幾つもの宮廷料理を食べた事がある筈のケビンですら美味しい美味しいと言って物凄い速さで食べているぐらいだった。

 こうして長閑な時間が過ぎて行った。


 久し振りに腹を満たしたであろう村人達は、口々にグリアムに感謝を告げた。

 照れ笑いしながらも、彼らを見回して忠告する金髪の少女。

「魔犬のスープが残ってるです。ので、しばらくは仲良く分けて食べて下さいです。食料が尽きてしまったら、獣を狩って食べるです。くれぐれも、人肉を食べようなどとは思ってはいけないです」

 それに反対する者は誰一人としていない。

 反対の声を上げられ、大騒動になる可能性もなくはなかったので、ひとまず安心という所だろう。

 村民達はぞろぞろと自分の家へ帰って行った。

「ニユ、俺達はそろそろ出発しよう」

 確かに彼の言う通り、いつまでもゆっくりしてはいられない。「うん」荷物をまとめ、草原を立ち上がったニユに、声が掛かった。

「あのぉ、ちょっと良いかしらぁ?」

 それはあの栗毛の少女、ルーマーだった。

「ルーマー、まだ残ってたの? 早く戻らないと」

 だがニユの言葉は少女に遮られる。「待ってる人なんかいないわぁ。貴方達ぃ、ちょっとぉ、お願いがあるのぉ」

 そして榛色の瞳に真剣な色を灯し、彼女はこう言い放ったのである。

「ルーをぉ、仲間に入れてぇ」

 その言葉にニユは、激しく驚いた。

 仲間に入れて欲しい。

 そんな事を言い出す者がいるなんて、想像もしていなかったのだ。

「ニユの話を聞いてぇ、ルー、とっても感動したわぁ。ルー、ずっと貧しい暮らしで、生きるので精一杯だったからぁ、貴方の事ぉ、素晴らしいと思ったのぉ。……、ルーもニユ達のお手伝いがしたいのよぉ。――お願ぁい、一緒に魔人を倒させてぇ」

 頭を下げ、懇願する彼女を見ながらニユは考える。

 彼女はずっと不幸だったろう。生き抜くだけで大変な毎日で、きっとニユには想像もできない苦労をして来た筈だ。

 惨めな思いをしただろう。自分が嫌になった時もあるかも知れない。

 だから彼女は、ニユに憧れを抱いたに違いない。

 力を振るい、世界を救おうとするその勇ましい姿に感銘を受けたのだ。

 そんな彼女に懇願されては――。

「悪いが、それはできない」

 だが、ケビンはキッパリと少女の言葉を真っ向から断ち切った。

「この旅は危険だ。お前のようなか細い娘にできるようなものではない。悪いが、お前は仲間にしてやれない。足手まといになられても困るのでな」

「大丈夫よぉ。ルーは戦えるわぁ。足手まといにもならないように頑張るからぁ、お願ぁい」

 瞳に涙をいっぱい溜め、再び頼み込むルーマーだが、やはりケビンは断固として首を振る。

 そこへ割って入ったのは、やはりニユだった。

「アタシは、ルーマーを仲間に入れても良いと思う」

 またまたお人好しな発言に、ケビンも、そしてじっと黙っていたグリアムも目を見開いた。

「お嬢様……」

「ニユ、だが」

 彼らの意見も分かる。しかし――。

「もし、今アタシ達が置いて行ったら、ルーマーは一人なんだよ。……一人で何もできずにじっとしてろなんて、アタシは酷いと思う。ルーマーはきっと、ずっと辛い思いをして来ただろうから、アタシは」

 そこでルーマーを茶色の瞳でじっと見つめ、ニユは笑った。「アタシはルーマーの、友達になってあげたいんだ」

 涙に潤む目で、俯いていた栗毛の少女が茶髪の少女を見上げる。「ニユ……」

 グリアムははっとなり、唇を噛み締めた。「お嬢様は……、お嬢様は本当に、優しい人、です。……私奴は、お嬢様に従うです」

 彼女とて、ニユの優しさに救われた一人。反対できる訳が、ないのである。

 残る最後の一人、ケビンは溜息混じりに肩を竦めると――。「ニユは本当に。……分かった。仕方ない、許してやろう。だが、妙な事をしたら許さないからな。俺はドッゼル王国第二王子、ケビンだ」と名乗ったのであった。

「私奴はグリアムです。ルーマー様、仲良くするです」

「ありがとぉ、ニユ!」思わずといった様子でニユに飛び付いて、「ありがとぉ。……ニユ、ビン、アム、よろしくぅ」とたちまち丸く可愛らしいかおに柔和な笑みを浮かべるルーマー。

 彼女を力強く抱きながら、ニユは元気一杯で微笑んだ。「よろしくね、ルーマー」


 一度ルーマーは廃墟に戻り、山羊に跨って鞭を手に出て来た。

「あっ、ルーマー、その山羊は?」

「この子はエジー。お父さんがくれたぁ、とっても仲良しで大事な大事な山羊ちゃんなのぉ。仲良くしてねぇ?」

 ケビンは白く美しい大きな雌山羊を見つめて、ポンと手を叩く。「俺達もこいつに乗ろう」

 それを聞いて、ニユは仰天。「えっ。でも」

「大丈夫よぉ。エジーは温厚だからぁ」

 そして、他三人に半ば強制的に雌山羊に乗せられたニユは、驚いた。

 本当に大人しくて、振り落とされなかったのだ。

「いけるっ……、これならいけるっ。やった! やったー!」

 大喜びのニユを見て、みんな少し安心したように笑った。

 こうして長く長く続いた徒歩での旅は終わりを告げ、山羊エジーに四人で乗っての移動となった。

 そうして、村を越えて、四人はさらに北の方へと向かう。

 目的地も徐々に近付き、辺りは寒くなって来ている。

 新たに村娘のルーマーを仲間に入れた一行は、大陸の最北端、スノーマウンテンを目指すのだった。


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