3-3 イケメン令嬢は誰かのために怒りを持ち
「な……何しやがるんだよっ!」
「私は別に貴方の愛人になりたいわけではない。妹の……マーガレットについて話に来た。何故、婚約破棄した。アンナ姫に頼まれたからか」
怒りが沸きあがり、思わず強い口調になる。
それに対して、アンドレはというと……要件を分かると、軽そうに頭を掻いた。
「あー。あー。あぁ。お前、あれか。前婚約者と駆け落ちしたって噂の女か。なら教えておいてやるよ。俺がお前の妹と婚約したのも、姫と婚約したのも、全部姫に頼まれたからだよ。別に好きじゃねぇぜ? ただ、国の金使って贅沢三昧ってのやってみたかったんだよ」
「……そうか」
この様子では、マーガレットと会わせるのも難しい。一度、気絶させて連れて行こうか……。
と、考える私に対して、アンドレの次の言葉は予想外だった。
「だが、俺もマーガレットと話がしたい。良ければ、連れて行ってくれないか? お前の妹の元へ」
「……ひ、一人でか?」
「おう。一人でだ」
これは好都合。あまりにも好都合過ぎて、罠を疑った。
だが彼は一緒に行くと宣言し、私が歩き始めるとついて来る。尾行もある気配を感じなかった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
辿り着いた街の外れ。
マーガレットとハリーがそこで待っていた。
「アンドレ……様」
「えぇっと……マーガレットだよな?」
「あら。元婚約者の顔なんてもう忘れてしまったのですか? アンドレ様」
彼女は、悲し気な表情をアンドレへ向ける。まだ緊張しているみたいで、拳を強く握りしめている。
もしもこれが罠だったら、マーガレットをハリーに乗せて急いで逃げよう。そう考えて、私は二人の様子を伺いながらハリーの上に乗る。
アンドレは微笑むと、すぐさま頭を下げた。
「悪かった! 俺と婚約しなおしてくれないか!」
「……はい?」
マーガレットは、困惑と怒りで声を震わせながら尋ねる。
「一体どういうことですの……?」
「あのアンナ姫という奴、どんでもないクソ女だ! 平気で嘘をつくわ、暴力を振るうわ……姫じゃなかったら殴っているぞ! あんな女と暮らすぐらいならば、お前と婚約した方がマシだ!」
「マシ……?」
彼女は、眉をぴくりと動かした。
次は私がアンドレと声をかける。
「すまないが、私の妹を姫の代わりとして提供したいとは思っていない。その話はなかったことにしてくれないか」
「姉の……ええっと名前なんだっけ? お前の家に行こう! 貴族が市民暮らしなんてするわけないし、どうせ別荘で暮らしているんだろ? 暫くそこで暮らさせてくれよ!」
「それは……」
「お姉様」
マーガレットが私の言葉を冷たい声で止める。彼女は、着ているワンピースをふわりとさせながら、アンドレに近寄った。
それを肯定と受け取ったのか、彼は笑顔を見せた。
……が、マーガレットが放った言葉は、勿論肯定ではなかった。
「うっせえええええええええええ! 黙れこの腐れチンポがっ!」
「なっ……!?」
「言うに事欠いて、お姉様の家に行くだ!? んなもん許せるわけねぇだろうがこのゴミ男! 死ね!! 冗談じゃなくマジで死ねええええええ!!」
マーガレットは、拳をアンドレの腹にめり込ませた。
一度や二度だけじゃなく何発も。的確に鳩尾に打ち込んでいく。
勿論アンドレは抵抗しようとするが……私譲りの。いや、私以上の喧嘩センスでアンドレの攻撃を避けて、的確に相手の弱点へ打ち込んでいく。
マーガレットの筋力は、ヘンリーより弱い。だが、その圧倒的喧嘩センスと弱い筋力が相まって、痛いのに気絶もできない状態になっている。
「ま、待て! マーガレット! もう充分じゃない……くっ!」
私が止めようとハリーから降りようとしたところ、ハリーは嘶きながら逃げ出した。
「ハリー! どこへ行く!? ハリー!」
手綱を引っ張っても止まることはなく、走り続けた。その時間10分。
戻ってきた頃には、アンドレは腹を抱えて涙と鼻水を垂らしながら蹲っており、マーガレットはすっきりした顔で私に笑顔を向けた。
「もう満足しましたわ。お姉様! 帰りましょう!」
彼女はハリーに乗ると、後ろからぎゅっと私を抱きしめた。
「やっぱり私は、お姉様と一緒にいるだけで幸せですわ」
先ほどまで、元気に人を殴っていた声とは思えない声だった。
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