3-2 イケメン令嬢は誰かのために怒りを持ち
私はマーガレットを抱きしめたまま、言葉をかける。
「マーガレット。君に行われたことは理不尽極まりない。だから、君が望むならば私はなんだってする。復讐にしても、名誉の回復を図るにしても」
「婚約を命じたお父様は、私を見放しました。もう家にも帰れません。名誉を回復したってそれは同じです。それに私は……私は、お姉様と一緒にいられればいいんです」
マーガレットの連ねる言葉に、私は否定も肯定もせず、ただただ聞いた。
彼女は一呼吸置いた後、言う。
「でも……叶うならば、私の婚約破棄をした婚約者……アンドレを、一発ぶん殴ってやりたいと思ってますの」
彼女は、身体を離して私と目線を合わせると、目に涙を浮かべながら挑発的な笑みを浮かべた。
マーガレットは、強い。きっと私が思っているよりもずっと。
私は頷くと、立ち上がった。
「そうか。では、殴りに行こうか」
そう言って、マーガレットに手を差し伸べた。
「……はい!」
彼女は笑顔になって、手を取った。
その後私は眠っているハリーを叩き起こす。ハリーは眠そうな顔を私に向けるが、マーガレットの涙の跡から何かを察したのか、きりっとした表情でその四本足で立ち上がった。
ヘンリーに一声かけてから、ハリーに乗った私達は、再び私達が暮らしていた街へと戻ることになった。
今まで隠れていたことが全て無駄になってしまうかもしれない。それでも、私はマーガレットの復讐を手伝いたかった。
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街から抜け出した時のように。ハリーを走らせ続けて三日三晩。
今回、抜け出した時と違うのは二つ。
一つは、準備が万全であり、途中で食料を調達する必要がないということ。
そして、後ろに乗っているのが私の妹であるマーガレットであるということ。
彼女は、私の背中にぴったりとくっついている。表情は見えないが、きっと楽しそうな表情ではないだろう。
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辿り着いた私の街では、以前私が見た日常が広がっていた。
大きな街だ。貴族である私達の顔を覚えている人間は少ない。
普通に歩いても問題ないはず……だが、念のため特徴的であるハリーは街の外れに待機してもらい、私達はフードを深く被って街を歩く。
「アンドレの居場所は分かるか?」
「はい。一度屋敷に行ったことがありますの。案内はお任せくださいませ」
自信満々に胸を叩くマーガレットに私は軽く頭を撫でた。
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マーガレットに案内されて、辿り着いたのはある屋敷。
前回元姫の婚約者となったヘンリーが襲われたこともある。警備はきっと厳しいだろう。
私達はやや近くの飲食店の壁に隠れながら、屋敷の様子を伺う。
待っていると、アンドレが複数の衛兵と使用人を連れて屋敷から出てきた。馬車に乗って、これからどこかに行くようだ。
「馬車を追うのは目立つな……。マーガレット。あいつの行き先は想像できるか?」
「おそらく、貴族同士の会食に向かっていると思いますわ。場所も分かります」
「分かった。では、そこへ一緒に……」
そう言いながらマーガレットへ振り返ると、目に涙をためていることに気が付いた。
本人を目の前にすると、色々思い出して悲しくなってしまったのだろう。
「……悪かった。マーガレット。帰……」
「帰りませんわ。帰りませんとも。一発殴るまでは」
そう言うマーガレットだが、声も手も震えている。殴りたい気持ちは本当だろう。だが、身体がいう事を聞いていないみたいだ。
私は、彼女の肩にそっと手を置く。
「マーガレット。私が後を追って、アンドレと話を付けてくる。君はハリーの元で待っていてくれないか。ハリーと一緒ならば安心だ」
彼女は、こくりと頷いた。
私は彼女からアンドレのいつもいる場所を聞いて、そのままフードを深く被って駆け出した。
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辿り着いたのは、高級料理店だ。
貴族が何人か入っているからか、衛兵も多い。だが、人の出入りは自由だ。念のために持ってきた、貴族としての服に着替えると、堂々と入ることが出来る。
中に入ると、アンドレの姿は見えない。きっと個室にいるのだろう。
この店で彼が一人になる場所……つまりは、用足し場の入口で、彼の姿を待った。
もしも来なかったら別の作戦を考えよう。そう思いながら待っていると……予想通り、彼は一人で現れた。
「アンドレさん」
扉に入ろうとした時、私が声をかけると、彼は動揺しながら私に言葉をかける。
「な、なんだよ……。用を足しに来た男に何か用かよ」
「一つ聞きたいことがあります。何故アンナ姫と婚姻したのですか?」
怪訝そうな顔をするアンドレだったが、すぐ何かを思い浮かんだような表情をすると、私に近づく。
そしてそのまま、私の顎に手を添えた。
「なーんだ? 俺に惚れた貴族の子か? いいぜ。中々可愛いし、愛人にしてやるよ」
そのままキスをしようとするアンドレ。私は……。
思い切り、彼の頬を殴った。
ぱしり。と、いい音がする。
手加減はした。だが、かなり痛かったようで、彼はすぐに歯を噛み締めながら自分の頬に手を添えた。
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