2-3 イケメン令嬢は冒険者に恨まれても恨むことはせず
訪れた洞窟は、湿っており遠くから水滴のしたたる音が聞こえる。
入口で空気を吸い込むと、喉が冷えた。
「指定通り来たぞ」
人影が見えたので声をかけると、人影は揺らぐ。
赤髪の男がたいまつを持っており、近づくと顔が見えた。
「本気で来たのか? 愛しのヘイグに会いによ……」
「あぁ、そうだ。ヘイグが心配だったからな」
「……っけ! 照れもなく言い切りやがって」
男は唾を地面へと床に吐きつける。だがそのすぐ後に、にやりと笑った。
「だが……残念だったな。ヘイグはここにはいねぇよ」
「何……?」
「お前、騙されちゃったんだよ。ヘイグは今隣の家で巻き割り中だっただろうに、まんまと来やがって。ははははは!」
「よかった。ヘイグはさらわれていないんだな」
安心で胸をなでおろすと、赤髪の男は更に不機嫌になっていく。
「ふざけやがって……。女一人ぐらいどうとでもなるんだぜ……?」
そう言って男は、厚めの剣を腰から抜く。
赤髪の男は続ける。
「言っておくが、俺は騎士学校に通っていた。しかもただ通っていただけじゃねぇ。名門校であるヴァ―リア高第二十八回生の内二位だったんだ」
なんと懐かしい。それは兄と私が通っていた高校だ。しかも兄は首席だったので、この男は兄のライバルなのだろう。なんと立派な事だ。
男は剣を振りかざして私へと襲い掛かる……が、避けて足を引っかけると、そのまま地面へと倒れて行った。
何が起こったか分からなかったようで、倒れた男は目を白黒させている。
確かにこの男、技術は中々持っているようだ。だが、幾分か戦いの経験が足りないようだ。これだと、先日戦ったあの盗賊の方が強いだろう。
私が考えていると、倒れた男はよろよろと立ち上がって、再び剣を向ける。
「な……何がどうなってやがる……。俺は……俺はヴァ―リア高第二十八回生の内二位だ……二位だぞ……!」
「あの学校の順位は、そこまで執着する程のものじゃないと思うぞ。兄も第二十八回生一位だったが、私の方が強かったからな」
「なっ……!」
その言葉を聞いた男は、金魚のように口をぱくぱくと開けて、目を見開く。
「お前……まさか……。エリザベスか……? ヴァ―リア高第三十回生第一位にして歴代の騎士を超える成績を叩きだしたと言う……!」
「隠しているのだがな……。そうとも言う」
私は男の首に剣をつきつける。
「お前達が私を恨んでいることはよく分かる。だが、今後このような嫌がらせはやめてもらえないか?」
男は歯を噛み締めながら、頷いた。
「……分かったよ。このブスが」
吐き捨てるように述べた。
……ブス、か。前にも言われたな。
本来首に剣をつきつけている人間に吐く言葉ではない。だが、この男は私が抵抗していない人間に怪我をさせる気はないと分かった上で発言をしているのだろう。
実際そうだ。それに……。
「騎士として筋力ばかり鍛えてきた私は、不細工なのかもしれないな」
「そんなことはない!」
叫んだのは、聞き覚えがある。だがここでは聞こえないはずの声だった。
声の下方へ身体を向けると、そこにはヘンリーが立っていた。
相当急いで来たのか、彼の頬は汗が伝っている。
「ヘンリー……。何故、ここに……?」
「君は……」
彼は疲れで歩くのもおぼつかず、ふらふらと私の元に歩いて行くと、その暖かい手で私の肩を掴んだ。
「君は、可愛い。僕が知っている中で、誰よりも」
それは、言い過ぎだろう。お世辞で言ったのか。そう考えたのだが、ヘンリーの真剣な瞳を見る限りは、決して嘘やごまかしで言っているようには見えなかった。
ヘンリーは続ける。
「僕は保証する。君は可愛い。何度だって言ってやるさ。……むしろ、不細工なのは僕の方だ。婚約破棄で君を傷つけておいて、仕事も禄にできないし、いつだって君に支えられてばかり。僕は、君に見合っていないんじゃないかって、ずっと思っていたんだ」
目に涙を浮かべて、必死に述べる。
そんなヘンリーのことが愛おしくて、私は……。
「くく、ははははははは!」
笑った。
「な、何が面白いんだ……?」
「いやはや、実は私も同じことを思っていたんだ」
「えっ……?」
「私のような筋力ばかりの女、君に見合っていないと思っていた。君は今まで勉学に励んでいて、私よりもずっと賢いからな」
「そんな、そんなこと……」
褒められるのは予想外だったようで、彼は頬を赤らめる。私は続ける。
「だから、もし君さえよければ……そちらの方で村の役に立ってくれないか? 例えば、先生になるとか」
私の提案にも、ヘンリーは浮かない表情をする。
「でも、今の仕事から逃げるってのは……」
「不得意なことから得意なことへ移る選択肢は、決して逃げではない。自分を効率に使う上手な選択だ。無理に不得意なことを得意にかえなくていい。君は君のままでいいんだ」
涙ぐむヘンリーの目尻を私の人差し指の第二関節あたりで拭うと、彼の涙も、吐息も、暖かかった。
「なんだか僕、君に助けられてばかりだね」
「私もそう思っているぞ」
笑顔を向けあう私達。後ろにいる赤髪の男は、「もう帰っていい……?」と小さく呟いた。
これで私の強さは示せた。
赤髪の男も私達に絡むことはなくなるだろう。
そう思っていた。また、アンナ姫の名を聞くまでは。
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