2-2 イケメン令嬢は冒険者に恨まれても恨むことはせず
村に住んでから一週間。未だに困難は、特にない。
「エリー! 薪を割って頂戴!」
そう私に頼むのは、長い髪を頭のてっぺんでまとめる、50代程の女性。ちなみにエリーとは、身分を隠した私の偽名である。
私は女性の手に持つ斧を持つと、いつも通り薪へと斧を振り下ろした。
音を鳴らして割れる薪。薪をどかして新しい薪を置く。割る。その作業を何回か繰り返した後、女性は「いつもありがとうね」と笑ってその場から去って行った。
結論から言うと、私はあの冒険者の依頼を奪う形で、村人からの依頼をこなしている。馬小屋にだったら住んでいいとのことだったので、寝床も確保できた。
冒険者の「役に立たない」という発言はまったく当たらず、私は大変役に立っているようだ。
村人は優しい。困難はない。だが、悩みはある。それも二つ。
視線を左へとずらすと、目に入るのは二人の男性。私達を馬鹿にした冒険者だ。
私のせいで仕事がなくなって、たまにこうやって恨めしそうに私達を睨んでいる。早く他の村にでも行って、他の村で稼げばよいのに……女に仕事を奪われたことが気に食わないようで、私にライバル意識を持って未だに村から出ようとしない。
彼らは私を怒りと恨みの視線を向ける。一度私が「何か用か?」と聞いたことがあるが、「用なんてあるわけねぇだろブス!」と切れられたので、それ以後触れないようにしている。
これが悩みの種の一つ。
そしてもう一つは……。
視線を右へと動かすと、そこにはヘンリーの姿。彼は私に依頼を出した40代の女性の夫から依頼を受けて、同じように巻き割りを行っている。
だが……。
振り上げた斧はふらふらとして、振り下ろした際も案の定木を割ることはできず、地面へと斧を叩きつける。
「ヘイグよぉ本当に筋力がねぇんだな。彼女よりも弱いべ」
ヘイグというのは、ヘンリーの偽名だ。
男性の言う通り、私と同じ量の巻き割りを頼まれたヘンリーだったが、まだ三分の一も終わっていない。
ヘンリーは、筋力がない。それを補うよう、貴族として申し分がないほどに勉学に励んでいたから、決して努力をしてこなかったわけではない。
しかし、今はその知識を使う機会もなく……。毎日苦戦している。
「ヘイグ。私も手伝おう。私の作業は終わったからな」
「いや、いい。僕がやるよ」
「だが……」
「いや、いいから!」
いつもよりも大きな声が耳元に響いた。
ヘンリーは、心優しい。このようなことで怒鳴られるのは、長年一緒にいて初めてだった。
だが言われた私よりも、ヘンリーの方が自分の声の大きさに対して驚いた表情をしていた。
「……すまなかった。私は小屋に戻ろう」
止める言葉が見つからなかったようで、去り行く私を困った表情で見送った。
その後私は、ハリーと一緒に村の外に出て、村の外れにある木の実を取りに行った。
帰ってくる頃には、すっかり夜になっており、きっとヘンリーも寝ていると思ったので、足音を小さくするため、ハリーにゆっくりと歩くことを頼んだ。
だが、私達の住む小屋に近づくと……小屋の誰かが激しく息をしている音が聞こえてきた。
目を凝らすと、地面に倒れるヘンリーの姿が見えた。
肝が冷え、叫びそうになったのも束の間……。彼は、腕だけの力で身体を起き上がらせた。
そこで察する。あれは、腕立て伏せを行っているのだと。
驚いてその場で止まっていると、声が聞こえてきた。
「僕が頑張って……エリザベスを……楽にさせて……あげるんだだ……。その後……きちんと……愛してるって……」
……もう充分支えられているというのに。
私は笑みを零して、彼の邪魔をしないようにこっそりと小屋に戻って行った。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
次の日の朝。目が覚ますと、ヘンリーの気配がなかった。
いつもは一緒に藁を布団代わりにして寝ているのだが、横にはすやすやと眠るハリーの姿だけだった。
まさか、まだ腕立て伏せをやっていないかと考え小屋の外に出てみると……そそくさと去って行く冒険者の……四角い眼鏡をかけた方の男がいた。
疑問に思いながら周囲を見てみると、小屋の扉の前に一枚の張り紙が貼ってあることに気が付いた。
記載されている内容はこう。
「ヘイグは預かった。返して欲しければ、今すぐ一人で西の洞窟へ来い」
……なるほど。
私は一つ頷くと、すぐに駆け出した。その一瞬とも思えるような速さで走り、眼鏡の男の首ねっこを力強く掴んだ。
相当焦っていたのか、掴んだだけで手に男の汗がべったりとついた。
「ヘイグをさらったのは、お前達か?」
こんな状況であるにも関わらず、男は喋ることはない。と言っても、余裕があるからではなく、慌てるあまりに言葉が出てこないタイプの沈黙に見えた。
私が掴む手を離すと、男はびくびくとしながらこちらに体を向ける。
「ヘイグは無事か?」
男は頷く。
「そうか。それさえ分かればいい。一人で西野洞窟に向かおう」
私の言葉に、驚いた表情をされた。
「罠だと分かっても行くのか……。という表情で合っているか? 勿論だ。罠だろうが地獄の底だろうが、彼のためならばどこへでも行く。私は彼を、愛しているのだから」
男は、驚きながらも僅かに顔を赤く染める。どうやらうぶな男なようだ。
私は微笑みを向けると、男に背を向ける。そしていつものようにマントを羽ばたかせながら、西の洞窟へと向かった。
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