表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/17

2-2 イケメン令嬢は冒険者に恨まれても恨むことはせず

 村に住んでから一週間。未だに困難は、特にない。


「エリー! 薪を割って頂戴!」


 そう私に頼むのは、長い髪を頭のてっぺんでまとめる、50代程の女性。ちなみにエリーとは、身分を隠した私の偽名である。

 私は女性の手に持つ(おの)を持つと、いつも通り薪へと斧を振り下ろした。

 音を鳴らして割れる薪。薪をどかして新しい薪を置く。割る。その作業を何回か繰り返した後、女性は「いつもありがとうね」と笑ってその場から去って行った。


 結論から言うと、私はあの冒険者の依頼を奪う形で、村人からの依頼をこなしている。馬小屋にだったら住んでいいとのことだったので、寝床も確保できた。

 冒険者の「役に立たない」という発言はまったく当たらず、私は大変役に立っているようだ。

 村人は優しい。困難はない。だが、悩みはある。それも二つ。


 視線を左へとずらすと、目に入るのは二人の男性。私達を馬鹿にした冒険者だ。


 私のせいで仕事がなくなって、たまにこうやって恨めしそうに私達を(にら)んでいる。早く他の村にでも行って、他の村で稼げばよいのに……女に仕事を奪われたことが気に食わないようで、私にライバル意識を持って未だに村から出ようとしない。

 彼らは私を怒りと恨みの視線を向ける。一度私が「何か用か?」と聞いたことがあるが、「用なんてあるわけねぇだろブス!」と切れられたので、それ以後触れないようにしている。

 これが悩みの種の一つ。


 そしてもう一つは……。


 視線を右へと動かすと、そこにはヘンリーの姿。彼は私に依頼を出した40代の女性の夫から依頼を受けて、同じように巻き割りを行っている。

 だが……。


 振り上げた斧はふらふらとして、振り下ろした際も案の定木を割ることはできず、地面へと斧を(たた)きつける。


「ヘイグよぉ本当に筋力がねぇんだな。彼女よりも弱いべ」


 ヘイグというのは、ヘンリーの偽名だ。

 男性の言う通り、私と同じ量の巻き割りを頼まれたヘンリーだったが、まだ三分の一も終わっていない。

 ヘンリーは、筋力がない。それを補うよう、貴族として申し分がないほどに勉学に励んでいたから、決して努力をしてこなかったわけではない。

 しかし、今はその知識を使う機会もなく……。毎日苦戦している。


「ヘイグ。私も手伝おう。私の作業は終わったからな」

「いや、いい。僕がやるよ」

「だが……」

「いや、いいから!」


 いつもよりも大きな声が耳元に響いた。

 ヘンリーは、心優しい。このようなことで怒鳴られるのは、長年一緒にいて初めてだった。

 だが言われた私よりも、ヘンリーの方が自分の声の大きさに対して驚いた表情をしていた。


「……すまなかった。私は小屋に戻ろう」


 止める言葉が見つからなかったようで、去り行く私を困った表情で見送った。




 その後私は、ハリーと一緒に村の外に出て、村の外れにある木の実を取りに行った。


 帰ってくる頃には、すっかり夜になっており、きっとヘンリーも寝ていると思ったので、足音を小さくするため、ハリーにゆっくりと歩くことを頼んだ。


 だが、私達の住む小屋に近づくと……小屋の誰かが激しく息をしている音が聞こえてきた。

 目を凝らすと、地面に倒れるヘンリーの姿が見えた。

 肝が冷え、叫びそうになったのも束の間……。彼は、腕だけの力で身体を起き上がらせた。

 そこで察する。あれは、腕立て伏せを行っているのだと。


 驚いてその場で止まっていると、声が聞こえてきた。


「僕が頑張って……エリザベスを……楽にさせて……あげるんだだ……。その後……きちんと……愛してるって……」


 ……もう充分支えられているというのに。

 私は笑みを零して、彼の邪魔をしないようにこっそりと小屋に戻って行った。





★☆★☆★☆★☆★☆★☆




 次の日の朝。目が覚ますと、ヘンリーの気配がなかった。

 いつもは一緒に(わら)を布団代わりにして寝ているのだが、横にはすやすやと眠るハリーの姿だけだった。


 まさか、まだ腕立て伏せをやっていないかと考え小屋の外に出てみると……そそくさと去って行く冒険者の……四角い眼鏡をかけた方の男がいた。

 疑問に思いながら周囲を見てみると、小屋の扉の前に一枚の張り紙が貼ってあることに気が付いた。

 記載されている内容はこう。


「ヘイグは預かった。返して欲しければ、今すぐ一人で西の洞窟へ来い」


 ……なるほど。

 私は一つ(うなず)くと、すぐに駆け出した。その一瞬とも思えるような速さで走り、眼鏡の男の首ねっこを力強く(つか)んだ。

 相当焦っていたのか、掴んだだけで手に男の汗がべったりとついた。


「ヘイグをさらったのは、お前達か?」


 こんな状況であるにも関わらず、男は(しゃべ)ることはない。と言っても、余裕があるからではなく、慌てるあまりに言葉が出てこないタイプの沈黙に見えた。

 私が掴む手を離すと、男はびくびくとしながらこちらに体を向ける。


「ヘイグは無事か?」


 男は頷く。


「そうか。それさえ分かればいい。一人で西野洞窟に向かおう」


 私の言葉に、驚いた表情をされた。


(わな)だと分かっても行くのか……。という表情で合っているか? 勿論(もちろん)だ。罠だろうが地獄の底だろうが、彼のためならばどこへでも行く。私は彼を、愛しているのだから」


 男は、驚きながらも僅かに顔を赤く染める。どうやらうぶな男なようだ。

 私は微笑みを向けると、男に背を向ける。そしていつものようにマントを羽ばたかせながら、西の洞窟へと向かった。

この度は本小説をお読みいただき誠にありがとうございます。

もしよろしければ、↓のブックマークボタンと☆☆☆☆☆ボタンを押下して頂けると喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ