1-3 イケメン令嬢は婚約破棄されても微笑みを向け
そのまま、二階へと駆け上がる。
よく遊びに行った屋敷だ。ヘンリーの部屋は覚えている。きっと、そこにいるだろう。
二階に行くと黒い煙が多くなる。私は熱さで肌に痛みを感じながら、口を服で覆って走った。
扉の横に立つと、私はヘンリーの部屋の中を覗き込む。
家が燃えているにも関わらず、盗賊のボスと思わしき男が、悠長に部屋を漁って袋の中へ宝石を詰めて行っていた。
視線を横に動かすと、縄で手と口を縛られたヘンリーが座っていた。
彼は私の姿を見つけると、首を横に振る。「来るな。帰れ」とでも言いたいのだろう。勿論そう言われて、帰る私ではない。
すると突然、盗賊のボスが喋り始める。
「本当にここは貴族の家か? しけてんなぁ。もっとあるだろもっと。……おっと指輪の注文書発見。結構高いみたいだな。で、その指輪はどこだよ」
それはきっと、私のために作った指輪だろう。もうここにはない。
盗賊は、八つ当たりかのように手に持つ斧を振り回し、軽々しく窓を割った。
「かーっ。本当に最悪だぜ。リスクを負った価値がねぇじゃんか……よ!」
最後の発言と共に手に持っていた斧を、投げた。私の顔へと向かって。
迫りくる斧に気付いた私は、ギリギリの所で顔を引っ込める。
斧は、先程まで私の顔があった扉の枠へと突き刺さる。その衝撃で発生した風が私の鼻筋を撫でる。もう少し顔を引っ込めるのが遅かったら、私の顔がぐちゃぐちゃになっていたことだろう。
もう隠れるのも無駄かと判断した私は、勢いよく部屋へと入って、剣の先を盗賊へと向けた。
「なんだ? 随分可愛らしい騎士様が来たもんだ」
そう言う盗賊は、腰にもう一本斧を持っていたようで、腰から斧を取り出すと、両手で斧を握りしめた。
私は返答もせず、盗賊へと向かって走る。
「返事もなしかよこのクソガキ!」
盗賊が大きく振り下ろした斧を避けると、斧は床へと深く突き刺さった。その隙を、私は見逃さなかった。
私は全身を盗賊へとぶつける。体重を盗賊へと乗せ、足の筋肉全てを使って盗賊の身体を押した。
バランスを崩した盗賊は、よろけて後ろへと歩いて行き、割れた窓から外へ身体が投げ出された。
「うおおおあああああああ!」
暫くすると、身体が地面へとぶつかる音が聞こえた。
窓の外を見てみると、気を失った盗賊の身体を、外で待っていたハリーが楽しそうに踏んでいた。
安心したのも束の間。ヘンリーの咳き込む声が聞こえて、煙がどんどん増していることに気が付いた。
目に煙が染みるのを耐えながら、私はヘンリーの縄を切り、窓から壁伝いに外へと降りた。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
燃える屋敷から離れた私達に、ハリーと使用人が嬉しそうな表情をした。
だが、救われたはずのヘンリーは不満げな表情で、私へ問いかける。
「何故、助けに来た。死ぬところだったぞ! エリザベス!」
「言っただろう。愛すると決めた人の選択を、蔑ろにしたくないんだ。このままでは、選択をすることすらできなくなっていただろう」
それを聞いたヘンリーは、僅かに顔を赤らめる。それを隠すかのように顔を反らした。
私は困ったように笑って、この場から去ろうとハリーに乗ろうとするが……。ヘンリーが、言葉をかける。
「まだ、礼を言っていなかったね。ありがとう」
「……あぁ、どういたしまして」
「ねぇ。エリザベス。君に話が……」
「ヘンリー様!」
ヘンリーの言葉を遮って、見覚えのある女性が声をかける。アンナ姫だ。
汚れ一つないドレスを着ているアンナ。対して、ヘンリーの服は煙により黒ずんでおり、窓から飛び降りたことで泥も跳ねている。この差からアンナは、相当早くに逃げ出したことが分かった。
その上後ろで控えている汚れ一つない二人の衛兵を見ると、助けを呼びに行ったわけでもなく自分の身だけを守らせたのだろう。
「ヘンリー様! 心配いたしましたのよ! 無事で何よりだわ!」
アンナはヘンリーの腕を組んで、頬と頬を合わせて甘えた声をあげる。
私がこの場で出来ることはもうないだろう。そう考えて、私はハリーに乗る。
だが……。
「エリザベス! 君に話がある!」
今度は強い言葉で叫ぶかのように言う。私は驚いてハリーの手綱を思わず強く握った。
ヘンリーの方を見ると、アンナを強く押しのけて腕を振りほどき、私の方へと歩いて見上げる。
「僕は……。僕は、君との婚約を破棄して、アンナ姫と婚姻をすることが、正しい選択かと思っていた。でも、今回の件ではっきり分かった。僕は君と結婚したい……! 地位も名誉も投げ捨ててでも、一緒にいたいんだ!」
その発言で、顔をしかめるのはアンナ。彼女は先程までヘンリーに向けていた甘い声とは打って変わり、低く重い声で言う。
「……ヘンリー様? そんなことをしたらどうするか言ったわよね? 私、貴方の両親を失墜させることもできるし、この女を死刑に追い込むことだってできるのよ」
言われたヘンリーは、驚いた表情をして、拳を握りしめる。
あぁ、人のいいヘンリーのことだ。そのようなことを言われたら、例え腹に憎悪が渦巻いていようとも、アンナの言葉を受け入れてしまうだろう。
だから私は微笑んで、ヘンリーへと手を伸ばす。
太陽で逆光になっていたようで、彼は私を見上げて僅かに目を細めた。
「ヘンリー。私はお前の願いを、いつだって叶えたいと思っている。だから、一緒に駆け落ちしよう」
彼は、アンナの言葉の時よりもっと驚いた表情をする。
「……逃がさないわよ。私が望んだものを手に入れないだなんて、あり得ないんだから!」
アンナは隣にいる衛兵に私達を捕まえることを命令する。
ヘンリーは迷いながらも、衛兵から掴まれそうになると、悩む暇もなく私の手を取る。
私はヘンリーを引き寄せて、抱きしめる。久々に嗅いだ彼の匂いは、桃の花の香りがした。
「ハリー、行こう!」
ヘンリーを後ろに座らせた私がハリーへと声をかけると、ハリーは嘶き、走り出す。
「ま、待ちなさいよ! んぎゃっ!」
ドレスで馬に追いつこうと走ったせいか、アンナは顔面から地面へ転ぶ。汚れ一つなかったドレスも、今ので汚れたことだろう。
「ふざけんじゃないわよ! そいつはもう私の物よ! 私の物なのに!」
後ろで聞こえる声等、もう私は気にしていない。
背後から寄り添うように抱きしめられる。
「なんだ? 安心したのか?」
私が聞くと、拗ねているような、照れているような声で彼は言葉を返す。
「……君を安心させるのも、守るのも。本当は僕がやりたかったことだ」
「気にするな。強い方が守ればいい。だから、私がお前を守ってみせる」
言葉の返事はなかった。だが、彼が背中にくっつけている額が、僅かに熱くなったような気がした。
二人で幸せに暮らせる地を見つけたら、マーガレットに手紙を出そう。
そんなことを考えている間にも、ハリーは進む。
ぱから。ぱからと。
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