1-2 イケメン令嬢は婚約破棄されても微笑みを向け
白馬のハリーが前へと足を動かす度、マーガレットと私と二人共揺れる。蹄鉄が土を踏む音を聞きながら森の中を進んでいく。
鳥の鳴く声も聞こえたが、私達を見つけると羽ばたいてどこかへ行った。
暫く進むと、まるで穴が開いているかのように、木々が生えていない箇所が見えてくる。
更に馬を歩かせると、そこはヒーミル湖だ。
魚の姿が鮮明に見える程に綺麗な湖で、近くにそびえ立つ木が反射して映る程の透明感。
「わぁ! やっぱりヒーミル湖は最高ですわ!」
マーガレットがハリーから飛び降りると、ヒーミル湖の近くまで走る。
私が微笑んで、ハリーから降りて近くの木に繋ぐと、マーガレットの隣に並んで、一緒に湖を眺める。
湖では微笑む私達二人が映っており、時折アメンボが私達の姿を揺らした。
そこからはいつも通りのお遊び。湖を眺めたり、足を入れて遊んだりして、二人で楽しんだ。
マーガレットの作った昼ご飯を食べ終わり、片づけをしている頃。
遠くから、複数の足音が聞こえた。
ここは観光地だから、他の人が来るのも何らおかしくはない。しかし、盗賊である可能性も考えて、私はマーガレットへ向けて人差し指を立てて唇に触れさせると、息を潜めた。
声が聞こえてくる。
「兄貴。俺達明日には億万長者になっていますかね? ぐへへへへへへぐへ」
「バーカ。ボスが億で俺達が万だよ。逃走経路の確保だけの役割の下っ端がそこまで金貰えると思うな」
「でもでも、ボス達が今襲いに行っているのは、姫の婚約者の屋敷ですよね? やっぱり宝石がっぽがっぽあるんじゃないですかね! ぐへへへへへへぐへ」
「そりゃあ、あるんじゃねぇの? 王国から大量に金銀財宝を受け取ったらしいからよ。だが、あそこ姫の婚約者って立場を分かっていないのか、衛兵一人いやしねぇんだ。最高に穴場って奴だよな」
会話を聞くことで夢中になっていると、急に頬を引っ張られ、痛みが走る。
「お姉様」
マーガレットが小声で話しかけた。
「ど、どうした急に」
「ずっと呼んでおりましたわ! 逃げますわよ。騎士道に励んでいたお姉様でも、わざわざいらない戦いをすることありませんもの」
私が迷った表情をしていると、彼女はびしりと人差し指で私の鼻を押す。
「ま、さ、か。お姉様を捨てた男を助けるなんて言い出しませんよね? あんな男、不幸になって当然ですわ!」
私のために真剣に怒るマーガレットの姿を見て、私は微笑みを見せる。
「マーガレット。すまない」
その謝罪だけで察したのか、彼女はやれやれと肩をすくめる。
「……分かりましたわ。お姉様。ちょうど盗賊さんもどこかへ行ったみたいですし、私、一人でお家に帰りますわ」
「……だい」
「大丈夫かなんて聞かないでくださいませ! 私仮にもお姉様の妹ですもの。その代わり、さっさと助けに行ってくださいませ!」
言うが早いと、マーガレットはつんとそっぽを向いて、街へ向かって歩き出した。
この場所は馬で来たものの、道は舗装されているので歩きで来る人が大半だ。だから、マーガレット一人でも帰ることができる。
先ほどの盗賊は反対方向に歩いて行った。とはいえど、心配ではある。
それなのにこういう時、マーガレットは強情だ。いくら私が送っていくと言っても聞かないだろう。一体誰に似たんだか。まったく。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
それからというもの、白馬のハリーに乗って森を駆け抜けて、橋を駆け抜けて、街を駆け抜ける。
ヘンリーの住む屋敷の近くにある、身長の五倍程の高さの崖へと辿り着くと、一度ハリーを止まらせる。肩で息をしながら屋敷の状況を確認した。
窓は何枚か割れており、中から煙が出ている。この位置からでも焦げ臭い。おそらくどこかで火が出ているのだろう。
すると、使用人が足を引きずりながら扉から出てきた。それを追ってきた、盗賊がゲスい笑みを浮かべながら、斧を振り上げる。
「ハリー!」
私が太ももでハリーの腹を叩くと、ハリーは嘶き、崖を飛んだ。
私達へ向かってくる風を押しのけながら、ハリーはその蹄を盗賊の頭へとめり込ませた。
「げふひ」
ハリーを着地させながら後、聞き取れない声で倒れる盗賊を確認すると、私は使用人へと声をかける。
「他の皆は?」
「エ、エリザベスお嬢様……! あ、あの。ご主人様と奥様は出かけていらっしゃいました。ヘンリー様とアンナ姫いらっしゃったのですが……。アンナ姫は、連れてきた衛兵と一緒にヘンリー様を置いて逃げて……」
「……ヘンリーは、まだ中にいるんだな」
使用人が頷いたことを確認すると、私はハリーから降りて、ハリーの背中を撫でる。
「悪いが、ここで彼女を守っていてくれ。私は中へ行く」
ハリーは大きく頷く。
私は一度ハリーをぎゅっと抱きしめて礼を言った後、屋敷へ身体を向ける。
そして剣を抜いて、走った。
リビングを覗くと、二人の盗賊が金品を物色していた。
私は剣を振り上げると、完全に油断しているその背後から、男の背中を切りつける。
「ぐあっ!」
「な、なんだお前!」
私の姿に気付いた、切られていない方の男は斧を持とうとするが、それよりも素早く、私は男の首筋に剣先を添えた。
男は身体を震わせながら、精一杯笑みを浮かべた。
「お、お嬢さんがそんな危ないの持つもんじゃねぇぜ……?」
「聞きたいことがある。ヘンリーはどこだ?」
「ここに住んでいた坊主なら、二階で縛られているぜ。身代金の要求のため暫く使うらしい」
「なるほど。他に仲間は?」
「いないぜ。なあお嬢さん。見逃してくれよ。なんなら分け前もあげるぜ?」
「結構だ」
確認を終えた私は、剣の柄で男の頭を思い切り殴る。ばたりと私に寄り掛かるように倒れた男。私はその男の身体を持ち、床へと下ろした。
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