6-2 イケメン令嬢は幸せを取り戻すために戦い
ピエロの被り物をした兄上の乗ったハリーは、縦横無尽に部屋の中を駆け回る。
時に嘶きを上げて、時に衛兵を蹴散らす。
綺麗に整われていた椅子は、ハリーが暴れまわったことで、殆ど蹴飛ばされた。
そしてそのまま、前脚で私に剣を付きつけていた男を蹴り飛ばした。
叫び声を上げながら倒れる男。
兄上は、私の手を掴むと、抱き寄せてハリーの上に乗せた。
「逃げておいて、ただで済むと……んぎゃ!」
姫はハリーの後ろ脚で蹴飛ばされて、壁にぶつかる。
衛兵が姫に注目している間に、私達を乗せるハリーは、割れた窓から飛び出していった。
ハリーを私が手綱を持たずに走らせるのは、もう十年以上にも前になる。
だからこのように抱きかかえられながら揺れるのは新鮮で、誰かに寄り添うということは、私の想像よりずっと安心感があるのだと初めて知った。
逃げながらも、衛兵から追われているのが分かる。その中には、馬に乗っている男もいた。
だが、追いつけない。ハリーは私が鍛え上げ、私の訓練に付き合わせた。一直線の道ならば他の馬に負けるだろうが、障害の多い道であれば他のどの馬にも負けることはない。
そのまま、兄上はハリーを走らせ続けた。
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人のいない森の中まで辿り着くと、ハリーを止まらせる。
そして、兄上は声をかける。
「エリザベス。お前は驚くだろうが、実は俺は……」
兄上は、ピエロの被り物を取ると、素顔を私に見せる。
「お前の兄、エリオ・エヴァンスだったんだ」
……そんな衝撃の事実のように言われても、私はずっと知っていたのだが。
ここは驚くのが優しさなのだろうか。
私が悩んでいると、兄上はぴくりとも表情を動かさずに、いつも通り冷たい表情のまま、ハリーから飛び降りる。
「驚いて声も出ないようだな」
「あ、兄上……。助けてくれて、ありがとう」
「礼を言う前に、まだやることがあるだろう」
兄上は、そのまま近くの木に背中をもたれさせる。
「本当にお前は昔からお人好し過ぎて、よく人に騙される。自己犠牲が美しいとでも思ったか? 二度と死のうとするな」
どうやら、バレているようだ。兄上が来る前、私が死んで終わらせようとしたことが。
「……すみません。兄上」
「一応言っておくが、別に俺はお前が死んでも構わない。ただマーガレットが帰ってきてうるさくなりそうだから言っただけだ」
長年の付き合いなので、これは嘘だと分かる。
兄上は続ける。
「エリザベス・エヴァンス。お前は現在あまりにも絶望的な状況だ。普通のやり方では誰も救うことができない。だから、ヘンリーと、マーガレットを救うために、二人を傷つける覚悟があるか? お前を大切に想う人間を、騙す覚悟はあるか?」
二人を救うために、二人を傷つける……? 騙す……?
兄上にどのような意図があって、このようなことを言っているかは分からない。
だが、二人を救えるのならば……。
「あぁ、覚悟はできている。私は、どんな手を使ってでも、全員を救って見せる!」
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