4-2 イケメン令嬢の兄
兄上は、私を見下すような視線を送る。
初めてこの視線を浴びた人間であったら、この場で喋ることはできないだろう。
しかし、私は幼少の頃から兄上のこの視線を受けている。だから、物怖じせずに言葉を投げかける。
「兄上。突如家から離れたことを申し訳なく思っている。今この屋敷にいるのは、決して都合よくこの家に戻ろうとしているからではない。忘れたものを取りに来ただけだ。だから、この家で暮らすことは……」
「俺が一言でも、戻ってきて欲しいと言ったか?」
冷たい声で、兄上は私の言葉を遮る。
彼は続ける。
「屋敷に二度と戻ってこないのならば、随分と都合がいい。俺もエヴァンス家の跡取りであるエリオ・エヴァンスだ。お前やマーガレットのような、この国の姫に喧嘩を売るような奴は帰って来られても困る。どこへでも行け」
長い言葉の羅列を言い終わると、兄上は踵を返して部屋から出て行った。
兄上と交代で、ルクヴルールが部屋を覗く。人を止めるよう部屋の前で待機してもらっていたのに、速攻兄上が入ってきたのだ。申し訳ない気持ちもあるのだろう。
「あ、あの。エリザベス様……」
「大丈夫だ。用は済んだ。すぐに部屋から出ていく」
彼女は、私が気にしていないことに安心したのか、小さくため息をついた。
だがすぐに、別の言葉を紡ごうとする。
「あの、エリザベス様。エリオ様は……」
「大丈夫だ。それも分かっている」
それだけで察したのか、ルクヴルールは一度礼をしただけで、それ以上追及しなかった。
さて、ヘンリーがくれた指輪も手紙も手に入れた。この屋敷に心残りはない……。わけではないが、もう戻れないのだから仕方がない。
「ルクヴルール。これでお別れだ。今までありがとう。兄上にも、そう伝えておいてくれ」
「……はい。かしこまりました」
寂しいのか、微妙に声が上ずりながらも、いつものように洗練された礼を見せるルクヴルール。
だから私も、いつもと同じように微笑んだ。
このいつもが、今日で終わりになると知りながら。
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再びフードを深く被って、マーガレット達のいる所に向かって歩く。
これがお出かけ気分だったら、店にでも寄って、マーガレットの大好きなリンゴパイでも買っていたところだろう。
だが、今はアンナ姫に喧嘩を売った挙句、その婚約者であるアンドレにも暴力を振るった身だ。捕まったら死刑になってもおかしくない。
だからさっさとマーガレットの待つ街外れに行こう。
そう考えてマーガレットを待たせている場所に着いたのだが、彼女の姿はなかった。
「マーガレット……。マーガレット!?」
場所を間違えたのかとも思った。だが何度確認してもここはマーガレットを待たせていた場所。
もしかしたら、もう既に衛兵に捕まってしまったのかもしれない。一時でも離れるべきじゃなかったのか。後悔し、背筋に汗がにじんだ。
その時……素っ頓狂な声が遠くから近寄ってきた。
「おねええええええさまああああああああ!!!!」
声と一緒に、馬の足音が聞こえる。それだけで分かる。ハリーに乗ったマーガレットが、私へと近づいてきているのだ。
声のした方へと顔を向けると、ハリーの首回りにしがみついているマーガレットの姿。……と、その後ろから追ってくる衛兵の姿があった。
……状況は理解した。
ハリーは私の横で急停止すると、早く乗れとばかりに唸る。
私はハリーへしがみ付くマーガレットの手を離して後ろに移動させると、ハリーへと飛び乗った。
怒声を出しながら背後から迫りくる衛兵達。私一人だったら倒せる人数。だが、マーガレットを守りながら戦うには厳しい人数だ。
私はハリーを走らせて、逃げることを選択する。
……が、前方からも衛兵が迫ってくるのが見えた。
この人数では、逃げることも難しい……!
そう思った時……。
前方の衛兵が一人、倒れた。
そう認識した直後、一人。また一人と倒れていく。
素早過ぎてすぐには確認できなかったが、ピエロの被り物を被った男が前方の衛兵を切り倒していることが分かった。
私には分かる。あれが誰であるのか。
何故ならば、私と同じ太刀筋をしていたから。
「兄上」
呟き、微笑む。
私はハリーの腹を叩き、走らせる。そして、前方へと駆け抜けていった。
兄上とすれ違うも、言葉を交わすことはなかった。
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ハリーを走らせ続けて数十分後。
やっとマーガレットが言葉を発する。
「怖かったですわお姉様! 死んだかと思いましたわお姉様! 本当に……本当に……!」
「悪かった。マーガレット。もうこんな危険な目に合わさない。そう誓おう」
今回の件で、心の底から反省をした。
それと同時に、兄上の事が思い浮かんだ。
ルクヴルールが言いかけた、「エリオ様は……」の言葉の続き。
きっとこうだ。
「エリザベス様がいつでも帰って来れるように、エリザベス様の部屋の掃除を命じておりました」
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