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1-1 イケメン令嬢は婚約破棄されても微笑みを向け

 こうやって、彼からお願いをされたのは何年ぶりだろうか。


 私の婚約者であるヘンリーの屋敷には、小さな頃何度も遊びに行った。そんな思い出深い屋敷の裏で、五人の人間が立っていた。

 私と、ヘンリーと、この国の姫であるアンナと、アンナに付いてきたと思われる衛兵が二人。

 太陽は西側で照っているが、この場所は屋敷で日陰になっており、風が吹けば冷たい空気が肌を刺す。

 アンナは、ヘンリーと腕を組んで、身体をぴったりとくっつけている。まるで、「私達は愛し合っている」とアピールしているかのようだ。


「エリザベス・エヴァンス。貴方と婚約破棄をしたい」

「分かった」


 考える隙もなく言い切った私に対して、ヘンリーも、隣のアンナも驚いた表情をしている。

 ヘンリーは動揺して、言葉を詰まらせながら述べる。


「……な、何故即答できるのか、理由を聞いていいかな」

「困ったな。理由を聞きたいのは私の方なのにな」


 私は微笑みを浮かべて頭をかく。


 確かに、傷付かなかったわけじゃない。ヘンリーを一生愛するつもりだったし、できることならばこれからも婚約をしていたいと思っている。

 胸に痛みもある。もしも私の妹だったら、きっと涙を零して泣きすがっていたところだろう。

 だが……。


「私は、愛すると決めた人の選択を、蔑ろにしたくないんだ」


 その時ちょうど、風が吹く。ふわりと浮かぶ私達の服と髪。どこからか、甲高い風の音も聞こえる。

 私はその風を切ってヘンリーへ近寄ると、拳を作る。

 殴られると思ったのか、ヘンリーは身構える。……が、勿論私は殴ろうと思って拳を作ったわけではない。

 こつん。と、彼の胸を軽く叩いた。


「幸せになれよ」


 私は悔しくも悲しい想いを胸にしまって、笑顔を向けた。


 二人は、目を丸くしたままこちらを見ているだけだ。

 私は(きびす)を返すと、革靴で石畳を叩く音を響かせながら、二人の元から去った。




★☆★☆★☆★☆★☆★☆




 一週間後。


「おねええざまがわいぞうでずわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 束になった(わら)に座り込んだまま、耳に響く甲高い声で泣き叫んでいるのは私の妹であるマーガレットだ。

 まだ十三歳である彼女は、ツインテールの三つ編みを揺らしながら泣いている。今回泣いているのは私が婚約破棄をされたからなのだが……私よりも悲しそうだ。

 私は馬小屋の中でマーガレットの様子を横目で見ながら、我が家で飼っている白馬のブラッシングをする。


「マーガレット。泣くのは構わないが、少し声を落としてほしい。ハリーが怯えている」


 名を呼ばれた白馬のハリーは、小さく鳴きながら大きく頷く。この子は本当に賢い。


「だってぇ……」

「仕方がないだろう。ヘンリーが真剣にお願いしていたんだ。断れないよ」

「でも、でも、酷いですわ! お姉様との婚約を、簡単に破棄するなんて!」

「いいんだ。これからは、婚約前に夢見ていた騎士の道を目指そうと思う。騎士になるチャンスをくれたと考えれば、ヘンリーもいい選択をしてくれたのさ」

「……お姉様健気で可哀想でずわあああ!!!」


 マーガレットがこの状態になると、他の人ならば泣き止ませるのも中々難しい。だが、私であれば、簡単に泣き止ますことが出来る。


「じゃあ、私を慰めるために……ハリーに乗って、私と一緒にヒーミル湖まで行ってくれないか?」


 この地の観光名所の名を述べると、マーガレットの涙はぴたりと止まり、ぱあっと明るい表情を浮かべた。


「行きます! 行きますわ! お弁当を作りますからねお姉様!」


 私のためになることが出来るのが相当嬉しいのか、マーガレットはうきうきと肘を弾ませている。

 本当は私が慰められたかったわけではないが、マーガレットが嬉しいのならばそれで構わない。


「では今から行きましょう! お姉様!」

「今から行ったら帰る頃には夜になってしまう。明日の昼に行こう」

「では明日の昼に行きましょう! お姉様!」


 明るい笑顔で(わら)の束から降りると、マーガレットは「明日の準備をしますわ!」と言うと、スキップ気味に私達の住む屋敷へと走っていく。

 そんな姿が愛らしくて、自然と顔が緩む。その時気が付く。マーガレットの姿が、傷付いた私の心を癒しているのだと。

 慰められたかったわけではないと考えながらも、しっかり慰められている私自身におかしく感じて、私は白馬のハリーへ困ったように笑みを向けた。




★☆★☆★☆★☆★☆★☆




 次の日。私がマーガレットと出かけるために、動きやすい服装に着替え、マントを羽織る。

騎士として生きる証として、剣を腰に差していると、使用人が私に声をかける。

 どうやら、手紙が私宛に届いたらしい。私は使用人に礼を言い、去ったことを確認した後で、手紙の封を開けた。


 差出人の名に見覚えがあった。小さい頃ヘンリーの屋敷に行った時、よくマドレーヌを焼いてくれていた、ヘンリーの家の使用人だ。

 私は本文へと視線を下ろした。


「エリザベス様へ


この度は、このような結果になり大変悲しく思っております。


全てを読み切る前に、この手紙を破り捨てても構いません。

しかしもし許されるのならば今一度だけ、ヘンリー様のお話をさせてください。


婚約破棄は、ヘンリー様の望むものではございませんでした。


しかしアンナ姫に求愛され、断れば貴族としての立場が危うい状況でした。


ご主人様と奥様はヘンリー様へ婚約破棄をせがみ、ヘンリー様は受け入れること以外出来ない状況でした。


ヘンリー様は、決して他の人に目移りしたから婚約破棄を行ったわけではございません。


貴方はとても、愛されておりました」



 最後の行を呼んだ後、小さく息が零れる。

 私自身、この手紙をどう受け取っていいか分からずにいた。

 愛してくれて嬉しい気もする。愛し合っていたのにも関わらず、離れ離れにならなければならない状況に悲しくも感じる。そして、今更どうしようもないことを伝える手紙を送った使用人に対して、僅かに怒りを感じた。


 心を落ち着かせるために深呼吸をしていると、封筒に重みを感じ、まだ何か入っていることに気が付いた。

 中を見てみると、指輪が入っていた。


 封筒から手のひらへ転がしてみると、内側に私の名前が彫られていることに気が付いた。

 私の左手の薬指にぴったりの大きさだと分かったが、()めて試してみる気にならない。

 私は指輪を握りしめて目を閉じる。


 婚約破棄を宣言された時、私はすぐに承諾してしまった。

 それがベストだと考えていた。だが……。


「もう少し、泣けばよかったな」


 誰にも聞かれないように、呟いた。


「お姉様ぁ! 準備できましたわ! お姉様は準備できましたか!?」

「あぁ! 今行く!」


 指輪と手紙を近くの引き出しの中に押し込むと、目尻に浮かぶ滴を拭って、私はマーガレットの元へ走った。

この度は本小説をお読みいただき誠にありがとうございます。

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