忌みこは哭けず愚のものに告ぐ
「ねえ、お前は自分が殺した人のこと覚えてる?」
たった一人、魔王城にたどり着いたケルンは、首を傾げて魔王に尋ねた。硝子のような空虚な瞳に魔王を映しながら、流水のように静かな声でそう言った。
「俺はみんな覚えてるよ。」
そんなもの覚えている筈が無いと言った魔王に向けて、どうしてとケルンは尋ねて告げた。希望も願いも何にもない、空っぽの表情をしたままそう言った。
「孤児院の兄貴分だったハイルは何度も殴られる俺を庇って殴られて、頭が潰れて死んだ。」
ケルンは一つ、右手の親指を折り曲げた。
「ベファレンの村に居たブラント、ムーレ、フルート、オルカーン、ラヴィーネ、メツェライは俺が村に帰るのが遅れたせいで魔物の襲撃を受けて、踏み潰されて死んだ。」
ケルンは二つ、右手の人差し指を折り曲げた。
「パン屋のブロートと靴屋のペルツは俺と仲良くするのが気に入らない人に襲われて、首を切られて死んだ。」
ケルンは三つ、右手の中指を折り曲げた。
「俺を拾ってくれたヤクトは俺の誕生日を祝うために買い物へ行って、盗賊に襲われて死んだ。」
ケルンは四つ、右手の薬指を折り曲げた。
「憧れだったローザは俺を精神的に痛めつけるために攫われて襲われて、それを苦にして死んだ。」
ケルンは五つ、右手の小指を折り曲げた。
「シスターのカッツェは俺の傷を治そうと薬草を探しに行って、崖から落ちて死んだ。」
ケルンは六つ、左手の親指を折り曲げた。
「好きになったヒュムネは俺と一緒に居たせいで俺を恨む人の襲撃ににあって、腹を刺されて死んだ。」
ケルンは七つ、左手の人差し指を折り曲げた。
「仲間だったマルス、ユピタ、メルクル、エーリデ、ヴェヌスは俺を殺すために盛られた毒のせいで、息ができなくなって死んだ。」
ケルンは八つ、左手の中指を折り曲げた。
「優しいアルトは俺を知らずに治療してそれを嫌う人達に、水に沈められて死んだ。」
ケルンは九つ、左手の薬指を折り曲げた。
「騎士のリヒトとシャッテンは俺が倒し損ねた魔物に襲われて、喰い千切られて死んだ。」
ケルンは十、左手の小指を折り曲げた。
「ライヒェの町ではビーネ、テルミーテ、グリレ、ミュッケ、ファルター、ヴルムが俺を気に入らない奴の使った魔術で、爆発に巻き込まれて死んだ。」
ケルンは一つ、魔王に近づいた。
「医師のヴァイスに看護師のブラオとグラオは俺を治療したと知られたせいで、首を絞められて死んだ。」
ケルンは二つ、笑みを浮かべた。
「神官のシュルトとユーベルは神殿から俺を逃がした罪で、首を吊って死んだ。」
ケルンは三つ、魔王に近づいた。
「魔術師のリート、シャル、タクトは俺を襲う魔物を倒すために自分の力量以上の大魔術を使ったせいで、魔力が尽きて死んだ。」
ケルンは四つ、邪魔な装備を捨てた。
「聖人のアルタールは逃げている俺を匿ったという罪で、炎に炙られて死んだ。」
ケルンは五つ、魔王に近づいた。
「戦士のアイゼンとシュタールは俺に向けられた呪いを受けて、闇に呑まれて狂って死んだ。」
ケルンは六つ、魔法を紡いだ。
「癒し手のヒルフェは俺が受けた呪いを浄化するための代償で、呪いの残滓に苦しみながら死んだ。」
ケルンは七つ、魔王に近づいた。
「召喚士のゼーレと召喚獣のトラオム、ヴフト、ツァイト、ヴィッセン、ムート、グリプス、シュッツは俺をここへ行かせるための盾となって、肉塊になって死んだ。」
ケルンは八つ、剣を抜いた。
「最後まで一緒に居てくれたヴェルトも、魔王の魔力に潰されて死んだ。」
ケルンは九つ、魔王に近づいた。
「みんな俺のせいで死んだんだ。」
ケルンは十、踏み込んだ。
「だから俺はお前を殺して償わなきゃ。」
ケルンはーー、
「大丈夫、俺もすぐに後を追うから。」
ケルンは一つ、エヒトを殺して泣いた。
ケルンは二つ、家族を思い出して泣いた。
ケルンは三つ、友達を思い出して泣いた。
ケルンは四つ、仲間を思い出して泣いた。
ケルンは五つ、人が愛しくて泣いた。
ケルンは六つ、世界が愛しくて泣いた。
ケルンは七つ、自分が嫌いで泣いた。
ケルンは八つ、泣き止んだ。
ケルンは九つ、嘘を止めた。
ケルンは十、リューゲを殺して笑った。
リューゲとエヒトは同じ姿をしていた。
こうして、世界は平和になりました。
めでたし、めでたし。
忌みこは哭けず愚のものに告ぐ
いなぐつ
つぐない
償い